11-願いは距離も場所も超えて届く
走った。
足が千切れるまで。
息が止まるまで。
心臓が止まるまで。
いまも通信機から悲鳴が聞こえる。きっと村は酷いことになっている。急がなければ。もう二度と俺は大切な人を失いたくない。3人目なんてにごめんだ。
俺が幼い頃、母親は亡くなった。父親は浮気相手と一緒にどこかに消えた。俺に残ったのは胡散臭い『親戚』だけ。しかもそいつらは『当然の権利だ』とか抜かして、母がこの世に遺した物の大半を――もちろん俺は含まれない――をかっさらって行った。俺の手に残ったのは、母の遺影と位牌しかなかった。
この世界には敵と味方しかいなくて、敵は俺たちが大切にしているものを1つ残らず奪い取ろうとしてくる。それを防ぐためには戦うしかない。あいつらはそんな大事なことを俺に教えてくれた。それだけは感謝する。俺はもう迷わない。
俺は戦った。自らを傷つけようとするものと。鍛え、学び、ねじふせて来た。俺の世界を壊そうとする連中を倒すために、この力を手に入れた。ずっと戦って来て――それでも今になって思う。俺は向こうの世界では、空虚だったのだと。
守るべきものなど何もなかった。
強いて言うならば俺の命くらい。
本当に大切なものは向こうの世界にはなかったかもしれない。
人も、物も、何もかも。
それでもこっちの世界に来て、本当に守りたいと思えるものが出来た。
守りたいと思って戦った。けれど守れなかった。
だからきっと、俺のやり方は間違っていたのだ。
それをいまは、本心から認められる。
だからどうか、俺に少しでも運が残されているのならば。神様って奴が本当にいるのならば、聞いてほしい。間に合わせてください。俺に守らせてください。
その時、視界が白く染まった。攻撃が、そう思ったが違う。体の自由が利かなくなり、水の中に浮いているような感覚。危険なはずなのに、まるで不快感がない。これはいったい。いや、分かる。ここには優しい願いが満ちているからだ。
(お願い、誰か――助けて下さい!)
小さな願いが聞こえる。
心配しないでくれ、俺がすぐにそっちに行くから。
そう思った瞬間、俺は見慣れた場所にいた。
バルオラの屋敷に。そして……
「!? マーブルぅ!?」
いきなり目の前にマーブルが現れた。振り上げられた腕、振り下ろそうとしているのは子供たち目掛けて。ならばやらせるわけにはいかない。落ちて来る化け物に合わせて、俺は拳を振り抜いた。化け物の腹が爆発し、吹っ飛んだ。
「出て来るなりこれとか。マジで何がどうなってんだよ、これは……」
振り返り、俺は子供たちを見た。
2人の目には希望の色が浮かんでいた。
「久留間、さん。戻って来て、くれたんですね?」
「武彦……! 信じてたよ、戻って来てくれるって!」
2人の言葉に、俺はサムズアップで答える。もう1体のマーブルが飛びかかって来るが、それは多良木が迎撃する。腕が治ったのか、よかった。
「久留間。化け物どもは外にいる。三浦たちも戦ってるぜ」
「オッケー、全部片付ける。多良木、みんなのことを頼んだぜ」
ああ、心地いい。
俺は俺の願いで、俺の守りたいものを守ることが出来る。
増設アダプタを取り出し、クレリックとマジシャンのROMをセットし再変身。禍々しいギターハウリングとともに俺の姿がリッチのそれに変わる。浮かび上がった俺は戦場を見下ろす、彼らが戦っている、俺の愛すべき仲間たちが。
手元のロッドを回転させ魔法陣を描き、空中から魔法の矢を発射する。当たった物も、当たらなかった物もある。だが化け物どもの動きを止めるには十分だった。空を蹴り地上目掛けて加速、その最中に俺はクレリックのROMをファイターのものに交換した。清浄なる讃美歌が流れ出し、黒い襤褸布が強固な鎧に変わる。
地上に降り立つと同時に剣を地面に突き刺し、フィールドを展開。落下を察知し近付いて来た化け物を吹き飛ばす。タイムラグを読んで飛びかかってきたものは剣で切り伏せる。瞬時にいくつもの爆炎が上がり、化け物が消える。
「武彦!? バカな、どうやってここまで辿り着いたんだ!?」
「いンだよ、細けぇことは! 大事なのはいまだ、そうだろ!?」
シーフROMを取り出し、マーブルをいなしながらマジシャンROMと交換し再変身。警戒で清涼なフルートの音が流れ、鎧の一部が軽装に変わる。左手に生じたファズマシューターをなぎ払い、解き放つ。シーフの知覚能力によって捉えた敵目掛けていくつもの矢を放った。化け物どもの悲鳴が上がった。
「ッハッハッハ! 泣け、喚け化け物ども! ファンタズムのお通りだ!」
「何だァ、小僧!? 手前、いい加減狂っちまったのか!?」
「狂っちゃいませんよ、レオールさん! ただ嬉しくて仕方ないだけだ!」
ノーモーションで飛び上がり、アルフさんと鍔迫り合いを演じていた人型の首筋にソバットを叩き込む。反動で着地、その力を殺さぬまま1回転しつつ剣をなぎ払う。迂闊にも跳びかかって来た四足獣が真っ二つに切り裂かれ絶命した。更にアルフさんの背後から近付いて来た人型の顔面にファズマの矢をくれてやる。
「守りたいと思えるものがある! それを守れるだけの力が俺にはある!
それはきっと、とても素晴らしいことなんだ! 当たり前のことだよな!
でも俺はいま分かったんだ! 俺がこの世界に来た意味が、俺がいる意味が!
俺はみんなを守るために来た!」
危険だと怒られるかな、ハルには。だけどそれが俺の偽らざる本心なんだ。世界の命運も、何もかも知ったことか。俺は俺が守りたい人を守り、守りたい人が守りたい大切なものを守る。それは独りよがりじゃなく、大きな『輪』になって続いて行く。そう思う。
次々マーブルを倒す。
だが、強烈な違和感が側頭部にもたらされた。
反射的に剣を振り下ろす。ガキン、という金属音が響き何かが地面にめり込んだ。それは黒い靄のようなものを発する黒い剣だった。
「これは……何だ? どこかで見たことがあるような気が……」
どこかで見たことがあるような気がする。だがいい思い出がない、これを見ているとイライラして来る。こういう時は直感を信じるに限る。
スラッシュ・ストライクを発動させ、飛んで来た黒い剣を粉々に粉砕した。
「ええっ……!? それって壊せるのか? っていうか、大丈夫なのか!?」
「え、何が? 普通に壊せたけど……何かこれやばい奴だったのか?」
……朧気ながら思い出して来た。この黒い剣、俺はこれを使ってエレオーラさんを殺した。確かあの時、剣は俺の体の中から出て来た。つまり……
「なるほどな、あの時俺の体の中に仕込まれていた、ってことか」
こんなものを仕込むことが出来て、そしてそうする理由がある奴を俺は一人しか知らない。砕けた刀身の輪郭がぼやけ、黒い靄へと変わっていく。靄は段々と立ち上って行き、人間大にまでなった。
「なぜです? あの時、私とあなたは確かにリンクしたはずなのに……」
凛とした力のある邪悪な声。
俺は一度、この女の声を聞いている。
「私の願いをあなたは聞き届けてくれないのですか? 久留間武彦よ……」
俺をこの世界に送り届けた女神が、そこに立っていた。
「久しぶり。また会えて嬉しいよ」
それだけ言って俺は女神の顔面をぶん殴った。




