11-エラルド領強襲、目覚める邪悪な意志
長い長いまどろみの中で、それは憎悪を鍛えた。憎き者に施された封印。意識を向けることが出来ても干渉することの出来ないもどかしさにずっと耐えていた。このままでは世界が終わる、そう感じていても何も出来なかった。
やがて、それは世界に干渉する術を覚えた。現代風の表現をするならば、封印のバックドアを使い時たま拘束を逃れた。ごく自然に、ごく小さな力を行使した。抑圧への憎しみを煽り、いまの世界を呪い、新たな秩序を築けとささやいた。
そして、時は来た。
それは封印をこじ開ける術を得た。
宵闇の使徒を操る術を得た。
別世界からの力を得た。
いまこそ、世界に復讐する時。
混沌の光を滅し、秩序の闇を世界に広く遍く行き渡らせる時が来たのだ――!
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南方より武装した兵団がエラルド領に迫って来ている、と聞いてナーシェスは酷く動揺した。そんな兆候などほんの少しも察知出来なかったからだ。
「何かの間違いなんじゃあないのか? その……あまり有り得ないと思うんだ」
『現実に武装集団が村に近付いている。対応すべきだ、ナーシェスさん』
見張り役を買って出たシャドウハンターのサイバーアイが、3.5km離れた地点から近付いて来る一団に気付いた。彼らはたいまつを持ち、粗末な武装と衣服で雪道を越えていた。数はそれほど多くなく、それだけに必要とする物資も運搬出来ていないのではないかと思えた。それだけでも驚くべきことだが、更に不自然な状態にシャドウハンターは目を疑った。彼らの表情が尋常な人間のそれではなかったからだ。
うつろな表情、見開かれた目、色つやのない髪。連日の行軍で明らかに疲弊しているようだったが、速度は非常に速かった。ものの数十分でエラルドまで到達するだろう、シャドウハンターたち守備隊は判断を下さねばならなかった。
「……一応投降を呼びかけろ。それで止まらなければ、撃て」
弓隊に指令を出しつつ、シャドウハンターは失った左腕をそっと撫でた。あれから次元城のあるアイバルゼンに何度かアタックを仕掛けたが、近付くことさえも出来なかった。イーグルたちの話では城を湖深くに沈め、誰の目にも止まらないようにしたという。だが果たして、それがいつまで保つだろうか。
「止まれェーッ!
お前たち、許可なくこちらに近付くことは許されないぞ!」
よく通る声が響いた。風もなく声は全員が聞いたはずだ。だが誰も止まらない。強硬手段に出なければならない、シャドウハンターはそう一瞬のうちに判断し動いた。片腕であろうともディメンジア最強の戦士、その動きは誰の目にも止まらず、そして止められない。鋭い峰打ちが先頭の男性を無力化する。
そのはずだった。
しかし、シャドウハンターの剣はあっさりと受け止められた。
「これは、何だ……!? その姿は、まさか……!」
何の変哲もない男だったはずだ、一瞬前までは。だがそうでないことにシャドウハンターはすぐに気付いた。彼の手は、肌は、間近で見るとよく分かる。白と黒、その間に肌色が混じり合ったおかしな色をしているのだ。あの時、森で遭遇していた彼はその正体にすぐ気付いた。村人ではない、マーブルだったのだ。
シャドウハンターは素早く後方に跳び、反撃の一打を避けた。シャドウハンターは人々の目が怪しく煌めき、黒く染まるのを見た。白黒まだらの影は彼らの全身に纏わりつき、彼らを化け物へと変貌させた。人間がマーブルになったのだ。
「ッ――! 撃て、こいつらは人間ではない! 怪物だーッ!」
シャドウハンターの叫びに兵士たちは応射した。幾百もの矢がマーブルたちに飛来し、突き刺さるが、彼らはそれを意にも介さない。人間ともダークとも比べ物にならないほど強い力を持つマーブルたちを前にすれば、矢弾など豆鉄砲も同然だ。シャドウハンターを取り囲むようにしてマーブルが立ち、残りは村に向かう。
(……! やはり、こいつらは知能を持っているのか!)
最大戦力を足止めし、戦いやすい方に行く。シャドウハンターはハルに短く通信し、目の前の脅威に集中した。片腕を失った状態でマーブル3体を相手にする。無謀とも思えたが、彼の目には迷いなど一片もなかった。
「来い。時間が惜しい……さっさと決めさせてもらうぞ!」
シャドウハンターは強化反射神経のリミッターを解除した。主観時間が泥めいて鈍化し、肉体が軋む。脳と体に強いダメージを与える限界機動、長くはないその時間の中で、シャドウハンターは敵を殺し尽くすと決めた。
一方、バルオラ村。
急襲に対し避難も間に合わず、戦場は混沌に包まれていた。敵は雪で行軍速度が落ちるようなことはなく、逆に味方は避難に手間取っている。それほど敵の数は多くないが、しかしその力は味方の兵力を上回っていた。レオールとハルは獅子奮迅と呼ぶに相応しい活躍をしたが、それでも間に合わない。
「皆の者、屋敷に逃げろ! 堀もある、塀もある、時間は稼げよう!」
レオールは二刀を構え、マーブルの猛攻を凌ぐ。あまりのスピード、そして手数を前に、中々攻勢に転じることが出来ない。それはハルも同じだ。
「……応援を要請しておきたいんだ、頼む!」
ごくごく簡易的な魔法陣を形成し、マーブルの牽制を行うので精一杯だった。とにかく手が足りない。マーブルと真正面切って戦える人間は多くない。すべてが軋み、やがて限界が訪れる。レオールがマーブルの太い腕で打たれた。
「レオールさん! くっ、こいつらぁっ……!」
寸でのところでガードを固めたが、それでも衝撃を殺しきれずレオールは吹き飛ばされた。それを追うマーブル、レオールは死を覚悟し目を閉じた。だがその間に飛び込んでいく影が一つある。金属と金属がぶつかり合う重い音。
「レオールさん、しっかりして下さい! いま、助けますから!」
マーブルの盾となったのはアルフ。だが力が足りず弾き返され、地面を転がる。だが一瞬の隙を突きレオールは体勢を立て直し、マーブルの喉を突いた。
「バカ野郎、屋敷の守りを手放してどうすんだ!」
「すいません! でも、居ても立ってもいられなくなっちゃって……!」
言い合い、一瞬の隙。その隙をマーブルは目聡く見つけた。彼らの両脇をすり抜け、人型の怪物が屋敷へと向かう。レオールは迎撃しようとするが、彼を遮るようにして四足歩行の小型獣が飛びかかる。頸動脈を狙った一撃を防ぐため立ち止まらざるを得なくなり、当然追うことは出来なくなる。レオールは歯噛みした。
(どうなってんだ、こりゃ。さっきから何もかもが――)
考える暇もなく、彼の思考を押し潰すかのように次の敵が襲い掛かって来た。
背の低い柵は、マーブルにとってないも同然だった。容易く飛び越え邸内に侵入し、内部に逃げ込んだ人々を品定めする。そこに跳びかかる影があり。
「これ以上、手前らにやらせるかってんだよーッ!」
神の力を宿した多良木が1体の顎先を蹴り上げる。驚異的なタフネスで耐える人型のマーブル、その脇からそれよりも細身なマーブルが躍り出た。まるで格闘家のようにしなやかな動き。それは多良木の脇腹に掌打を打ち込み、吹き飛ばした。
「多良木さんーッ!」
子供たちが悲鳴を上げる。邸内からだが、そのような障壁などないも同然。ナーシェスが庇うように立つが、それさえも誤差の範囲。上体を弓のように逸らせ、マーブルが飛びかかる。力強き、ありとあらゆるものを引き裂く腕が振り下ろされる。




