10-守りたいものを守るために命を投げ出す覚悟
俺、鹿立、織田くん。
綺麗な三角形を描く立ち位置。
「……織田。お前も俺たちと共に戦ってくれるのか?」
「僕が戦うのは、ローズマリー様のためだ……! 僕の命はッ!」
全身から黒い炎が迸り、彼の体を包み込む。
あの力は戦闘態か。
「行ってくれ、鹿立くん。キミの力が、きっとあの人の助けになるから」
「……いいのか、織田。その女性を守るのはお前でなければ……」
「いいんだ。俺は所詮奴隷だから。あの人に傅く多くの一人でしかない」
織田くんの皮膚が炭化した木材のようなものに変貌する。頭部には炎を模したような冠が付けられ、両手首と足首には黄金のリングが着けられている。織田くんは白い眼を俺に向け、鹿立にここから立ち去るよう手で促した。
「邪魔ァするってんなら容赦はしねえぞ、織田くん」
「知ってるよ。僕だって手加減してもらえるとは思ってない……!」
掲げた手から黒い炎の剣が生じた。刃渡り2m近い、立派な鍔の付いた剣だ。普通ならば片手では上げられないほどだが、炎ならば問題ない。
織田くんは上体を落とし身構える。なかなか様になっている、と思った瞬間彼の背中が爆発した。黒い炎によって後押しされ、織田くんのスピードは瞬時に音速を越えた。咄嗟に側転を打ち攻撃を回避、振り下ろされた剣が雪を焼き溶かした。
このパワー、スピード。シーフでは相性が悪い。ファイターROMを取り出し再変身。鹿立が逃げていくが追い掛けている余裕はない。織田くんが剣を薙ぐような動作をしたからだ。炎の剣は真っ直ぐ伸び、瞬時に10m以上の長さに変わった。盾を掲げて攻撃を防ぎつつ身を屈め、炎の剣をかわそうとした。
剣、というよりはバーナーのようなものなのだろう。盾にぶつかった炎はそこだけ途切れた。ただ単に防いでいたならばバーベキューにされていただろう。距離を取っての戦いは不利、ならば近付いて殺すしかない。
盾を正面に持ち、突撃。逆の手から黒い炎が飛んでくるが、それは盾にぶつかり消散する。生身の肉体を燃やし尽くすほどの炎もファズマの力には敵わないらしい。
「僕は、こんなところで負けられないんだ! あの人のためにもッ!」
「俺だって止まってられねえんだよ、織田くん! 俺のためにッ!」
勢いを殺さず突進。織田くんは両手でそれを受け止めた。雪の上に轍が描かれる。何という膂力、ファイターを押さえるとは。これが戦闘態の力……!
「あの人は僕を助けてくれたんだ……! あの人のためなら命も捨てられる!」
両肘から炎が迸り、ブースターの如く拳を加速する。外部出力が加われば織田くんの力はファイターをも上回る。跳ね飛ばされるのを嫌い、俺は自分から後ろに跳んだ。一瞬体勢を崩すも織田くんはすぐに持ち直し、両手に火炎弾を形成する。
「何の取り柄もなく、生きている楽しみさえも向こうじゃ見いだせなかったッ!
そんな僕でもあの人の役に立つことだが出来るんだって分かったんだよ!
向こうの世界には一欠片の未練もない。ここが僕が生きて死ぬ場所だ!」
いくつもの火球が俺に向かって飛んでくる。織田くんには共感出来る。俺だって似たようなものだ。向こうの世界に置いて来た未練は、せいぜい続きが気になる漫画くらいのものか。大切なものは向こうにはほとんど残っていない。
「キミと俺とはよく似ているのかもしれないな、織田くん。
だが、だからこそ」
彼の攻撃は極めて単調。剣と盾で容易に防ぐことが出来る。火炎弾を切り払い、盾で致命的な攻撃を防ぐ。着地と同時にその場で反転、トリガーを引きながら剣を薙ぐ。拡張された斬撃が織田くんの胸を切り裂いた。短い悲鳴が上がる。
「負けないよ。お前よりも俺の方が強いから」
ぶつかり合えば弱い方が負ける。
それが当然の理。同じものなら尚更だ。
身を低くして駆け出す。織田くんは苦し紛れに火炎弾を投げるが、その軌道を読むことは容易かった。ファイターのスピードでも十分に対応出来る。そして先程のダメージを受け、織田くんは足を止めている。簡単過ぎる仕事だ。
走りながらベルトのボタンを押し込む。『スラッシュ・ストライク!』の機械音声が流れ出し、刀身にファズマが収束する。織田くんの闘志は尚も萎えず、突進してくる俺に合わせて拳を打ち込む。俺は盾を掲げ、そして放した。
低く、もっと低く。織田くんは盾を打つ、打たれた盾が水平に吹っ飛んで行く。すれ違いざまに剣を薙ぎ、織田くんの胴体を真っ二つに切断する。
「ごめん、なさい……ローズマリー、お嬢様……!」
剣を鞘に戻すと同時に、織田くんは爆発四散した。彼の生身の肉体が雪の上に投げ出される。生きてはいるが指一本動かすことは出来ない、という様子だ。
こうしてはいられない。織田くんにとどめを刺し、追い掛けなければ。そう思った時、雪を蹴る音が聞こえて来た。それも複数、速い。木立の中から何体ものダークが飛びかかって来た。剣で迎撃、何体ものダークが一瞬で爆発四散する。
「暗殺じゃ無理だって気付いたわけだ。こりゃ厳しい戦いになる」
飛びかかって来るダークに紛れて、カメレオンめいた戦闘態を取る古屋が現れた。彼は倒れた織田くんの体を引きずって逃げて行こうとする。行かせるか、そう思うがダークが俺の足止めをする。物理的に1人じゃどうしようもならない。
「久留間ッ! 手間取ってるみてえじゃねえか、なぁっ!」
森が赤い光に照らされた。真性態となったフレイムバイソンが空から舞い降り、地面に拳を突き立てた。凄まじい熱量によって雪は一瞬にして溶け、ダークたちは赤々とした炎に飲み込まれた。木を巻き込まないとは凄まじい精密さだ。
「殺し屋と転移者を追い詰めるチャンスだ。ここで詰めるぞ……」
その時、通信が入った。
こんな時に誰から?
『武彦……!? 無事か、そっちは! こっちは、少し、面倒な……』
「ハル!? いったい何があった! どうしたんだ、こんな時にッ!」
切羽詰まった声。
あの時とはまったく逆になってしまった。
『南方部族が武装蜂起した……! いま我々で押さえているところだ』
「武装蜂起!? そんな兆候なんてなかったはずじゃあないのか!?」
『そのはずだったが情勢が変わった。いまは私たちで何とかしているが……
手が足りなくなるかもしれない。応援を要請しておきたいんだ、頼む!』
それだけ言って、ハルは通信を切った。
エラルドが襲われている、このままでは滅びる。
俺の中でいろいろなものが弾けた。
駆け出そうと力を込める。
「待て、久留間くん。どこに行こうというのだね?」
その前に立ちはだかったのはドラコさんだ。
退いてくれ。
「俺の助けが必要な人がいるんだ。だから行かないといけない」
「いまから向かったとして、それは間に合うのかね? 久留間くん」
間に合わないかもしれない。
それでも、俺は……
「行けよ、久留間。行きてえんだろ?
お前はそんなところで遠慮するタマか?」
バイソンは巨大な火球を作り、辺りをなぎ払いながら言った。
「行かせてください。俺はもう二度と、大切な人を亡くしたくないんだ」
俺は駆け出した。ドラコさんは追わない。
今度こそ間に合ってくれ、俺。
あの人が守ってくれと願った人を、どうか俺に守らせてくれ――!




