10-追う者と追われる者、そして待ち受ける者
ファンタズムに変身し、シーフに再変身。シーフの使用頻度が一番高いんだから、こっちをデフォルトにしてくれと何度も博士に頼んだことがある。しかし『何事もすっぴんから始まる』などと意味不明の供述をして彼は跳ね除けた。
(足跡があるな。この雪の中で気付かれずに侵入することは不可能……)
目印代わりとしてたいまつを置いておき、俺は森の中へと入っていった。起伏の激しい雪道を越え、河を越え、そして気付く。誘導されているということに。敵は二段構えの策でドラコさんを殺そうとしている。用意周到だ。
(とはいえ、追い掛けて来たのが俺だけというのは拍子抜けだろうが……)
追跡を続けていると、雪原の中にあった足跡が唐突に途切れた。よく見てみるとその足跡は少しだけ深い。どういうことか考えてみよう。
木々が揺れる音。まあこうだよな、反射的に跳んで上空から急襲を仕掛けて来た暗殺者たちをかわす。これだけの身体能力を持つ連中だ、木に登るくらいなんてこともないだろう。西方側の森にはいくつもの雪溜まりがある。木の上を飛んで移動し、その時落ちた雪だろう。追うことは出来るが、そちらは後回しだ。
ファズマシューターを構え、発砲。暗殺者は不安定な雪道であるにも拘らず驚異的な速度で走り出した。ほとんど雪に体が沈んでいない、特殊な歩法を学んでいるのか、体が軽いのか。どちらかは分からないが驚くべき力だ。ファズマの矢を避け俺の懐に潜り込みナイフを突き立てようとする。だがこの鎧は貫けない。
「悪いけど……あんたに殺されるワケにはいかないんだ!」
潜り込んで来たところに膝を合わせ顔面を砕き、浮かんだ体をぶん殴る。暗殺者を退け、振り返った。こいつらは2人で逃げていた、ならばローズマリーさんを連れてもう1人が逃げているはずだ。追い掛けなければ……
その瞬間、月が陰った。今度は何だ、なんて言っている暇はない。シーフの脚力を全開にして地を蹴る。雪の絨毯が衝撃で爆ぜ舞い飛ぶ。俺がつい先ほどまでいた空間で爆発めいたことが起こり、遥かに大きな雪柱が立ち上る。
「……鹿立かよ。そのカッコ、目立って仕方ねえんじゃねえのか?」
「暗殺が失敗した以上、コソコソしている理由もなし」
生身の鹿立は仁王立ちになり、俺を睨んだ。
意志の強さを感じさせる眼差し。
「お前も俺たちとともに来ないか、久留間。お前は知らないのかもしれない。
だが、この戦い正義があるのは俺たちの方だ。王国はこれまで不当な……」
「いいんだ、鹿立。そういうのは。俺にとってはどうでもいいことなんだ」
こうやってグダグダ言い合いをさせることで時間を浪費させようとしている。その手には乗らない。速攻でこいつを倒して、ローズマリーさんを奪い返す。
「どっちが正義だとか、悪だとか、そんな手あかのついた議論に興味はない。
俺は俺が守りたいものを守るために戦う。なあ、鹿立。お前もそうだろう?」
「……俺は、俺が信じるもののために戦っているのだ!」
鹿立の全身に力が漲り、膨張する。
恐るべき戦闘態が顕現したのだ。
「その姿はさっきも見せてもらったけどなぁ、鹿立ィッ!」
真正面から鹿立に向けて突っ込んで行く。
鹿立は迎撃のジャブを放つ、遅い。
「そのスピードで俺を殺せるわけがねえだろうが!」
脇をすり抜け、蹴りを放つ。完璧に入ったと思った回し蹴りは、しかし鹿立の装甲によって弾かれる。しかも、俺が予想していたよりも遥かに硬い。バイソンとの戦いではまだ加減をしていたということか。いまの鹿立の防御力は西村のものをも上回る。ならば、急所を狙って一撃で殺さなければならない。
伸ばした腕を振り払い、鹿立は裏拳で俺を狙う。屈みなぎ払われた腕を避け、逆の腕による攻撃をバックステップでかわす。ファズマシューターを放つが、強固な装甲を前にして矢は弾かれる。まったくノーダメージでは撃つ意味もない。
「時間かけてらんねえんだ、速攻で潰すぜ。鹿立!」
ベルトのボタンを押し込む。『シュート・ストライク!』の機械音声が響き、周囲のファズマが矢に収束する。込められた圧倒的な破壊力を前にして、さすがの鹿立も身を固くする。両腕を盾のように掲げて攻撃を防ごうとする。
ここまでは予想通り。俺はトリガーを引き、同時に走り出した。巨大なエネルギー球体とかしたファズマの矢が鹿立に向かって迫る、俺はそれを追い越し背後に回った。鹿立は俺の接近に気付くが、対応出来ない。俺に対処しようとすれば矢をまともに受けることになるからだ。逆もまた然り、最適解は避けることだった。
狙うは一点、頭部。どんな転移者でも首を捩じ切られれば、頭部を潰されれば、死ぬ。俺は鹿立の頭を蹴り飛ばすべく顎を蹴った。しかし。
(硬ってえ!? シーフの全力でも蹴り抜けねえのかよ……!?)
中西の能力は青銅色の甲冑を作り出すことだったが、鹿立のそれは違う。肉体そのものを硬質化させるのだ。ダメージを受けた部位を捨てられないというデメリットはあるが、隙間を狙われることもない。総合的な防御力はこちらが上だ。
ファズマの矢が鹿立に激突する。鹿立はその衝撃にも耐えた。熱量に変換されたファズマが彼の表皮を焼くが、痛みをこらえ鹿めいたバックキックを放ち俺を迎撃。寸でのところでそれを回避。
「正直お前のことナメてたわ。転移者の中でもトップクラスだぜ、マジで」
「お前ほどの力を持つ者が、理想を解せないとは。残念だ、久留間……!」
デュアルROMで殺す。だがこいつの防御力を突破する手段はあるのか? 一瞬の思考、それは闇の中から放たれた攻撃によって遮られた。周囲の景色と同化する黒い炎が飛んで来ていると気付いたのは、体表に炸裂する寸前のことだった。身をかわし、防御するが防ぎ切れない。爆音とともに俺の体は吹き飛ばされた。
「黒い炎……!? こいつは、そうか。お前も裏切るのか……!」
ローズマリーさんが抜けると聞いて、予測しておいて然るべきだった。
「裏切る? そうじゃない。僕はあの人を守るって決めたんだ……!」
決意を込めた言葉を俺に投げかけるのは、織田正和。




