09-新たな(敵の)力! ウォーフォーム!
激烈な変化が目の前の2人に起こった。鹿立の体は花崗岩めいた複雑な模様を描いた硬化物質に変わった。両肩と両膝からは象牙質の角が生えている。全身はより太く、より強靭に。いまや鹿立は2m50cmを越える巨体になっていた。
古屋はカメレオンめいた姿に変わった。緑色の鱗に固い背びれ。腹は白い節をいくつも重ねたようになっている。ギョロリとした目が俺たちを睨んだ。
「オイオイ、人間が真性態になるなんて聞いたことないぞ」
「俺も初めてだ。つーことはこいつら人間じゃないのかな?」
鹿立が深く息を吸うと、花崗岩質の体が一層膨れ上がった。見た目通りのバカ力と強固な装甲を持っているのだろう。こいつに対抗するためには一撃で首を落すか、衝撃を蓄積させるのが良さそうだ。鹿立が力強く踏み込んで来た。俺は回避のため地を蹴ろうとしたが、残念ながら出来なかった。足下が凍り付いていたからだ。
「……あー、なるほど。お前の力はこういう奴なのね?」
高熱を発しているバイソンは氷に囚われなかったが、俺はダメだった。鹿立が放った左フックの直撃を喰らい、俺は足元の氷ごとふっ飛ばされた。
「久留間!? テメー、あっさりと喰らってんじゃねえぞボケが!」
「無茶苦茶言ってくれてンなぁ。初見であれ避けろって無茶な……」
タンブリングの要領で停止し、立ち上がろうとした。その瞬間古屋が長い舌を伸ばし、地面に手を突いた腕に巻き付けて来た。小癪な、だがこの程度ならばどうということはない……と、思った瞬間横っ面を叩かれて吹き飛ばされた。
「グエーッ! っそ、どうなってやがるんだ……!?」
確か2人だったはず……と思ったが、違った。いや、これは違ったと言っていいのか? まず舌を伸ばし俺を拘束しにかかった古屋がいる。そして、俺の横っ面をぶん殴った古屋がいる。更に吹っ飛ばされた俺を追って来る古屋がいる。
つまり俺は、都合3人の古屋に襲われていることになる。
「ゲェーッ! 何じゃこりゃ、さすがに気持ち悪いぞこれはッ!」
「気持ち悪いとは心外だな! 傷ついた、殺してやる! どこの誰か知らんが!」
「どこの誰だか知らない奴をいきなり殺そうとするんじゃねえよ手前ーッ!」
古屋は口を開いた。そこから猛烈な勢いで炎が飛び出して来た。両腕のガントレットで防御するが、その隙に古屋はサイドステップを打ち俺の左側面に。繰り出された回し蹴りを防御しようとしたが、しかし蹴りは俺の防御をすり抜け脇腹に突き刺さった。痛みをこらえて膝蹴りを放つが、古屋は柔軟な動作で避ける。
「マジでどうなってんだ……? てか、増える速度が……」
古屋はどんどん増えて行く。俺の拳は空を切り、古屋の攻撃は面白いように俺に当たる。何か仕掛けがあるという程度は朧気ながら分かるが、いったいどういうトリックを使っている? ディメンジアにはこういうタイプが少なかった。
ディメンジアと言えば、バイソンは鹿立の相手に手間取っているようだ。ウェイトで勝り、防御力も極めて高い鹿立はバイソンの重い連撃を喰らっても平然としている。対するバイソンは一撃でも貰えば大ダメージを受ける。回避に意識を割かねばならず、自然と攻撃の手数も減って行く。このままでは追い詰められる。
(相性がいい相手を瞬時に選んでいる。こればっかりは経験がないと出来ない。
あいつら、俺たちが思っている以上に慣れていやがる……さて!)
側面に回った古屋を肘打ちで迎撃しようとするが、攻撃が当たった瞬間古屋の姿が掻き消える。いきなり目の前に現れた古屋は、両足を揃え強烈なドロップキックを繰り出して来た。甲冑が歪むほどの衝撃を受け、俺は後方にふっ飛ばされた。
「やられっぱなしってのもナンだからな。ちと足掻かせてもらうぜ!」
マジシャンROMを取り出し交換、再変身。0と1の風、そしてデスメタル調の音楽が流れ出し、俺の装甲色が黒へと変わる。手の内に生じた漆黒杖マジノマンサーを振り回す。青白い光の帯が魔法陣を描き出す。
「……行け!」
数百発の魔法の矢が10×10mの空間を埋め尽くす。手数重視で大量に作り出した矢は、威力こそ極めて低いがそれなりに効果があった。弾幕によって増殖した古屋は掻き消され、本体にいくらかの矢が突き刺さった。苦し気な呻きがその証明。どうやら俺は古屋の作り出した幻影を見せられていたようだ。
「どんどん行くぜ、クソ野郎。これまでのお礼をたっぷりくれてやる!」
増設アダプタを取り出しシーフとマジシャンのROMをセット。0と1の奔流、そして三味線の音の中俺はニンジャへと変わった。古屋は再び幻影を作り出し、逃げようとしているが無駄だ。手前の種はもう割れちまったんだからな。
前転跳躍で足下から張り出した氷を回避。敵は2人ではなく、3人いたのだ。開脚蹴りでトラップめいて空中に配置された氷の棘を割り砕き、逃げようとする古屋に向けてシュリケンを投げた。研ぎ澄まされた知覚は惑わしをを打ち破り、俺の望むものへと牙を届かせる。古屋は背中を抉られ、悲鳴を上げた。
「こいつで止めだ。喰らえッ……!」
ベルトのボタンを押す。『マジック・ストライク!』の機械音声が流れ出し、俺の両手にファズマが収束する。これで印を描けということだ。イメージするのは舞い。その場でくるりと回転、右足を振り上げ飛んで来た氷柱を砕き、反動で跳ね上げた左足で次弾を迎撃。上体を屈めて炎を避け、跳躍。フロントフリップ気味に飛び、地面を埋め尽くす氷を回避した。その動作の中でニンジャの印は完成した。
俺の手にはシュリケンがある。これまでとは比べ物にならないほど大きい、人の体ほどあるシュリケンが。全身のバネを使ってそれを投げる。チェーンソーめいた勢いで回転しながらシュリケンは飛び、古屋を両断した。
「バッ……バカな、この俺がァーッ!?」
古屋は爆発四散して消えた……
わけではない。爆炎の中から生身の古屋が投げ出され、地面に転がった。さすがに驚かざるを得ない、いままでこんなダメージを負った転移者が生きていたことなどなかった。結果は変わらないだろうが。
「こいつでとどめだぜ――!」
シュリケンを投げようとしたところで、射線上にバイソンが飛んで来た。
「久留間、手ぇ貸せ! こいつは結構ヤバイタイプの相手みたいだぜ!」
バイソンは鈍重な巨人相手に苦戦しているようだった。俺がシュリケンを投げそこなった一瞬を見計らい、古屋は逃げる。クソ、あと一歩だったってのに!
「この苛立ちは手前に向けさせてもらうぞ、鹿立!」
振り下ろされたハンマーパンチをステップで避け、反動で跳躍。首筋に蹴りを繰り出し、そこからシュリケンを発生させた。このやり方で同様の能力を持っていた西村を殺すことは出来た。だが、今回ばかりはそうならなかった。
放ったシュリケンは内側で弾かれた。こいつの能力はあれよりも優れていて、内部にまで防御効果を及ぼせるようだ。機動性は向こうより低いが……
「面倒臭ェな、手前……! これ以上やるってんなら……」
その時、後方から赤い花火が上がった。
王国軍の撤退信号、まさか失敗したのか?
いや、俺たちが前線を押さえきれなかったために……
「どうやらこれ以上戦いを続ける意味はないようだな……」
鹿立は言い、下がった。
戦いを好まない男だったが……しかし。
(どうして敵である鹿立が王国の撤退信号を知っているんだ?)
それを聞く前に、鹿立は後退した。そこかしこで騎士たちが撤退していくのが見える。俺たちもここに留まる理由はなくなった。後退しなければ……
「随分あっさりやられちまったな。単に競り負けただけなのか?」
「そうじゃなさそうだ……あいつらの対応も、ちょっと迅速過ぎる気がする」
まったくの予感だが、ドラコさんなら別の理由をつけてくれるかもしれない。
「とにかく、俺はこう思う。味方の中に裏切り者がいる、って」




