09-退く場所がないのはどちらも同じこと
連合軍が一時撤退したタイミングを見計らい、俺たちは城門の中に通された。騎士たちはいまも外周で待機し、斥候からの連絡があればすぐにでも動ける体制を取っている。入ってすぐの住宅街には人気がなく、バリケードなんかも築かれている。
「住民たちは中枢部に避難させた。街の外に逃がしてやりたいが、そうもいかん」
「例のマーブルどものせいですね。他の地域はどうなっているんですか?」
「よくはない。だが、他に人員を割けるほどの余裕がないのが現実だ」
一番大きな建物、酒場は臨時の本部となっているようだった。兵士や魔法使い、役人たちがせわしなく出入りする。中心になって指揮を執るのはオルクスさんだ。彼は俺たちに気付くと事務的に頭を下げ、すぐ仕事へと戻った。
「キミたちが異界からの来訪者か。シオン義姉から話は聞いているよ」
「ところで、ドラコさん。シオンさんのことでお話があるんですが……」
こんなタイミングで話すことではなかったか、といまになって思う。
だが言っておかなければならない。
彼女が死んだことを、俺は彼に伝えた。
「……そうか。いつかはこのような時が来るとは思っていたが、そうか……」
「いつかは? ドラコさん、あなたはいったい何を言って……」
「ナサニエルを喪ってからの彼女は、どこか生き急いでいるように見えたのだ。
あるいは1人生き残ってしまったことが、彼女の心に影を落としたのだろう。
彼女の態度はどこか自罰的でさえあった。そのような事情があるのならば……」
……誰かに罰して欲しかったのだろうか?
自分たちの『罪』を。
「……後ほどその件に関してはゆっくり聞かせていただこう。いまは戦いだ」
「ディメンジアもこの戦いには全面的に協力させてもらうよ」
バイソンは拳を打ち付け合った。手の内で火の粉が舞った。
「実に心強い援軍だ。キミたちがいてくれて、本当によかったよ」
「お待たせいたしました、兄上。少しよろしいでしょうか?」
話を終えたオルクさんが俺たちに話しかけて来る。
「今回の戦いで全兵力の8%を損耗しました。
敵側にも相応の被害は与えましたが、何分敵の主力はダークですからね。
数を削ったからと言って、どれほどの効果があるのかは未知数です。
2度目の接触が起これば前線を支えられなくなるでしょう」
「工兵に馬防柵を作らせろ。敵の中心は陸戦戦力だ、足止めにはなろう。
矢の攻撃に対する防御効果も期待出来るからな。増援は期待出来るか?」
「各方面に書を送っていますが、芳しくありません。都でさえ難航している」
オルクスさんは不思議なことを言った。
王都の戦力を集められないのか?
「いや、しかし……そんなことってありえるんですか?」
「騎士は国ではなく家に付く。上がイエスと言わなければすべてノーだよ」
「でも、ここが落ちれば次は自分でしょう? そんなことが……」
「分からないはずはないが、自分たちのメリットにならない戦いはしない」
俺も個人的にはそう言う考えなので、大きいことは言えない。
しかしメリットはないがデメリットだらけな気がする。おかしいぞ。
「敵の工作に乗ってるってことじゃないんですか? 敵ですよ、それじゃ」
「かもしれんな。だが奴らに構っているだけの余裕がないのも確かだ」
ドラコさんは深々とため息を吐き、一瞬考えるように唸った。
「呼びかけは続けておけ。だが期待はするな、助力を得られれば儲けものだ。
騎兵を哨戒に出しているな? 引かせろ、あいつらは攻撃の要になるからな。
空いた穴は……イーグル殿、あなたに埋めていただきたい。空からの偵察だ」
「もちろん。アタシはそのために生まれて来たようなもんですからねー」
イーグルは逞しい胸板を叩いて応じた。
「それならば僕もお手伝いしよう。獣を使えば長距離でも感覚を共有出来る」
「あら。でもあなたが作り出すものって目立っちゃうんじゃないのかしら?」
イーグルは疑問を呈するが、橡は指先に小さな、ネズミほどの獣を作った。
「やろうと思えば、こういうことだって僕には出来るんです」
「なるほど。空と陸、2つの方向から偵察が行えるわけだ。使わん手はない。
イーグル殿、橡殿、偵察は任せた。ただし、橡殿は私と一緒にいてもらおう」
何かあったら切る、そういうことだろうか。橡は深く頷いた。
「久留間くん、キミには前線を支えて貰いたい。それから、バイソン殿も」
「来る敵をすべてぶん殴ればいいんだろ? だったら簡単じゃねえか」
「そうだ。キミたちが撃ち漏らした敵はこちらが担当する」
となれば少しも撃ち漏らせない、ってことだ。漏らす気もないが。
「了解だ、ドラコさん。ところで、ダークの件なんだが……」
「うむ、密偵の報告にもそんなものはなかった。新技術か、あるいは……」
転移者の力か、だ。どうにもきな臭い感じがする。マーブルといい、ダークといい、何らかの力が働いているように思える。世界を変えようとする力だ。
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西方開拓者連合、前線基地。国境線にあった砦を即座に制圧し、村落を潰して物資を補給。万全の態勢を整えて侵攻を行った……はずなのだが。
「あれだけの大部隊に襲われても健在とは。
老いてもなお大国、ということか」
厚いミリタリーコートを纏った男はため息を吐いた。深く刻まれたしわ、垂れ下がった肌、縮れた白髪は彼がこれまで過ごして来た時間の長さを感じさせるものだ。だが老いてなお彼の肉体には力が漲り、瞳には気力が満ちていた。
「悪いことばかりじゃないだろう。新兵器もある程度成果を上げているようだ」
「もともと兵力に乏しい我々にとっては、福音にも等しいものなのだがな……」
老人は懐にしまい込んでいた羊皮紙を取り出した。そこには血のように赤い塗料で魔法陣と文字が描かれていた。魔法使いたちが開発した新兵器、呪符。魔法の才能がないもののために自らの、あるいは動物の血を触媒とした生きている式を刻むことで作り出す呪文兵器だ。ここに刻まれているのは生体を制御する術式であり、これによって開拓者連合はダークという力を手に入れた。しかし。
「やはり心情としては納得しかねるよ。我々の仲間もこいつらに殺された」
老人は忌々し気に呟いた。西方開拓の歴史は死と搾取によって赤黒く彩られている。僅かな糧を得るために命を賭け、そうして得たものも王国によって簒奪される。彼らの忍耐と郷土愛とが限界を迎えるまで、その体制は温存された。
「心と実利とは分けて考えろ。それが出来なければ指揮官とは……」
「分かっている。だが兵士にも同じことを考えている者はいるだろう」
もはやそんな段階は過ぎた、と老指揮官は思っている。理想と正義を信じて戦うには自分も、そして周りの人間も年を取り過ぎたのだ。
「どれだけの期間戦線を維持出来る? 人も物資も、両方含めてだ」
「物資だけを考えれば2月、と言ったところか。我々の手持ちは少ないからな。
農民どもは畑を焼いてから脱出してしまった。よく訓練されているよ」
2月。それだけの期間があれば十分に攻め入れる……
「元々我らに帰る場所など存在しない。勝たなければ死ぬ、それだけだ」
「その通りだ。これは神の意を無視した我々に与えられた罰なのだから……
なに、心配することはない。我々には彼らにはない隠し玉もあるのだから」
老指揮官2人――西方開拓者連合代表、ウルク=ハールと『自警軍』大将バルサ=ダナンは頷き合った。彼らに、そして西方開拓者連合に退路はないのだ。
なぜならまだら色の獣が首都に襲来し、蹂躙してしまったのだから。




