08-黒い翼の悪魔
防御のために掲げられた爪に、宮城東子は剣を振るった。剣は黒い炎に飲み込まれ消え去る。だが久留間の体には7本の傷跡が確かに刻まれた。
怒りに満ちた咆哮を上げながら、久留間は逆の爪を振り上げた。しかし倉石知美がキネシス能力を発動させ、振り上げた腕を拘束する。もがく久留間の顔面と胴体に、大江美優は光の球体を投げつけた。爆炎と衝撃でグラリと揺らぐ久留間の体が仰向けに地面に押し倒される。美河早苗が発動させた重力フィールドだ。
「禍々しい見た目をしているが……どうやら見かけ倒しみたいだな」
八木沢六郎は自分に酔ったような猫撫で声で言った。5人の女性転移者は得意顔で久留間を見下ろす。その姿を見て警戒していたのはハルたちだけだった。
「待て、妙だ。ファンタズムの、久留間の力はこんなもんじゃないはずだ……」
「警戒し過ぎじゃないのか? いままでどんな奴を倒して来たのか知らないけど」
大江は光の球体を作り出し、久留間の顔面に投げつけた。
特に意味はない。
「アタシらはこいつがいままで戦って来た奴より強え。それだけだろ」
「安仁屋さんを殺した奴だ。侮るべきじゃないと僕は思うけどなぁ」
「こいつは知美が拘束していて、6人も周りに控えているんだぞ?」
橡の言葉も飛江田に一蹴される。
久留間は尚ももがき続ける。
「大人しくしてろよ。この場で殺されたくなかったら……うん、何だこりゃ?」
サディスティックに笑っていた大江が久留間の胸元についていた剣に気付いた。
「何だ、こりゃあ……剣? おしゃれだね。何でこんなもんを……」
大江はそこに座り、剣を取り上げようとした。
すると。
『恨みを。恨みを、恨みを、恨みを、恨みを!』
久留間の体が黒い炎に包まれ、燃え上がる。見えない縄が飴のように溶ける。大江は身を引き炎をかわし、バックステップで距離を取る。恐ろしい獣のような咆哮を久留間が上げると、炎が半球状に広がり周囲に襲い掛かった。
「危ないッ! 由美ィーッ!」
飛江田勝美は両手を突き出し、半透明のエネルギー・オーラを放出する。濁ったガラスめいた壁が大江の前に発生し、黒い炎の奔流から彼女たちを守った。
(……!? 防げた? ファンタズムの攻撃を?)
勝美の防御能力がどれほど強力なものか、ハルには分からない。だがこれまでの戦いの中で、ファンタズムの恐るべき能力を目の当たりにしている。ありとあらゆる転移者を圧倒していたファンタズムの攻撃を、受け止め切れるものなど本当に存在するのだろうか? 少なくとも今のファンタズムは弱体化しているのではないか。ハルにはそう感じざるを得なかった。
橡は両手から光の獣を作り出し、黒い炎が晴れるのと同時に突撃させた。獣は立ち上がった久留間の甲冑に鈍い傷をいくつか作るが、すぐに振り上げられた黒い炎の爪によって切り裂かれ、消える。転移者たちは再び距離を取って対峙した。
「制御が奪われるようなことはないようだ。これならもう少しマシかもね」
「ああ、見るからにこいつは弱体化している。叩くのはいましかないな……」
危険すぎる。ハルは久留間が引き起こした破壊の痕跡を見て戦慄した。建造物が破壊され、山肌すらもえぐり取られるほどの破壊力。それを制御するどころか、喜々として振るっているのがいまの久留間だ。放っておけばすべてが滅びる。
久留間は構えを取り、突撃しようとした。と、いきなり弾かれたように横へ飛んだ。そして自分の周りを黒い炎の爪でなぎ払う。何をしているのかハルには分からなかったが、倉石が悔しげな表情を浮かべているところから考えると見えない縄が消されているのだろう、と理解した。宮城がもはや柄だけになった剣を大上段に構え、突撃した。
やや距離を取って宮城は剣を振るう。防御を固めた久留間の体にいくつもの剣線が刻まれた。宮城の能力は見えない斬撃を7度振るうこと。並みの反射神経と知覚能力では、振るわれる剣を認識することさえも不可能だ。
「いい加減、さっさとくたばっちまえよ! 手前ェーッ!」
大江が光球を投げる。美河が重力場を展開する。倉石が見えざる縄を再び展開する。会費は不可能。だが久留間は避けることをせず、爪を地面に突き立てた。宮城の背後にあった地面が泡立ち、黒い火柱が立ち上る。力は遮られた。
「しまっ……! 東子!」
火柱は3秒ほどしか存在出来なかったが、残念ながら宮城東子はその3秒間生存することも出来なかった。炎が晴れた時、宮城の背中からは炎の爪が生えていた。久留間はそれをこともなげに投げ捨てる。宮城東子は爆発四散した。
「てっ、めえ……! よくもあたしの友達をッ!」
勝美と由美は怒りを露わにする。
だがそれは久留間も同じこと。
『混沌をもたらすものに死を! 秩序を知らぬ豚どもに裁きを!』
轟、と音を立てて久留間を中心とした炎の火柱が上がる。炎は久留間の背中に収束し、翼のような形を取った。禍々しい鷹の翼のような形を。
「なあ、ハルちゃん。本当に彼を生かしておかなきゃいけないかな?」
橡の口調には、かつての飄々とした感じは存在しない。
「……やらなければならないということか、これは……!」
黒い翼が威圧的にはためく。
誰もが終末を感じざるを得なかった。




