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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第一章:異世界転移したのに何の力もない!? 当たり前だろ
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01-転移者を殺す者

 圧倒される、これほど巨大な都市を人間の手で作り出すことが出来るとは。


 馬車で揺られること数時間、既に逢魔が時を迎えており、空は徐々に黒く染まりつつあった。毒々しいまでの夕焼けに照らされながら、丘の向こうからその都市は姿を現した。碁盤の目のように統一された区画、遠目から出も人でごった返していると分かる目抜き通り、外界からの侵入者を阻む高い塀。屋根の色が違うのにも意味があるのだろうか?

 だが、何よりも目を引いたのはそんなものではない。恐らくは王城であろう、白亜の外壁といくつもの尖塔によって構成された建造物。それすらも見下ろすほど、否そんなものを歯牙にもかけないほど巨大な塔がそこにあった。


「アレが七天神教の本拠地、『天翅(てんし)の塔』だ」


 天翅の塔。緩いカーブを描き、天辺に近付くほど広がったその塔は、なるほど広がる羽根に見えないこともない。だが、雲を突くほど巨大な建造物を作り出すことが出来るとは。この世界の技術力はいったいどうなっているのだろうか?


「初めて見た方は、だいたい驚きますね。

 私たちもどうやって作られたのか分からないんです。

 ですからあれはまさに、神の作りたもうたものだと考えられています」


 ああ、なるほど。剣と魔法のファンタジーの世界において、あれは有り得ざるものなのか。俺たちの世界でも、綿密な計算と地理的条件、そして技術なくば実現出来はしない。度量衡では到底実現しえないだろう。だがそれならば……あんなものを作り上げた古代人と言うのは、いったいどういう存在なのだろう?


「今日はもう遅いですし、諸々の手続きは明日にしましょう。

 宿は取ってあります」

「……む? シオン様、あなたは王都に……」


 リニアさんが何かを言い掛けたが、シオンさんが首を振って制した。何だ?


「……あなたのお考えであるのならば、こちらとしては何も言いません。

 ですが、お節介ながらに忠告させていただければこのままにしておいては……」

「申し訳ありません、リニア様。ですが、これは家の問題ですから」


 口調は穏やかだったが、断固とした態度だった。リニアさんもそれ以上踏み込むのを止める。シオンさんにも、何か解決できない悩みがあるのだろうか?


 馬車は街の四方に設置された門のうち、もっとも大きなものに向かって行った。よく訓練された兵士が馬車を止めるが、リニアさんが身分を説明するとすぐに退く。さすが、王都を守る任を担っているだけあって迅速な動きだ。

 馬車は日の落ちかけた道を進んで行く。多くの人が暮らしているためか、やや薄汚れているがそれでもまだ清潔なレベルだ。少なくとも、俺たちの世界の歓楽街よりはよっぽど。道行く人々はこちらに見向きもしない、あまり珍しくもないのだろう。


 馬車は賑やかな繁華街を抜け、閑静な住宅街へと進んで行った。同じ世界ではないのではないか、と錯覚してしまうほど静かだった。少し気の早い鈴虫たちがリリリリ、と清涼感のある音色を響かせる。街は先ほどの繁華街以上に綺麗だった。


「着きました、久留間さん。ここが本日泊まる宿でございます」


 降りた俺の目に入って来たのは、二階建ての洋館だ。一階部分が共用スペースで、二階が客室なのだろう。あまり大きくはなさそうだが、その分品の良さが各所に出ている。例えばそれは丁寧に刈り揃えられた花であったり、さりげなく配置された調度品だったりする。なるほど、シオンさんがここを選んだのも分かる気がする。


「それでは、また明日お会いしましょう。シオン様、久留間くん」


 リニアさんは頭を下げ、歩きここから去って行った。俺もシオンさんに促され宿の中に入って行く。ほとんど同時に陽が落ち、世界を闇で包み込んだ。




 部屋に荷物を置いて飯を食い、食後のお茶を楽しんで今日はお開きだ。食べるものも飲むものも美味いと来れば文句のつけようもない。しかしシンプルな味付けでなぜあれほど美味くなるのか。ソースに秘密があると思うのだが……


「二度も助けていただいたのに礼の一つも言っていませんでしたね」


 えっ、と間の抜けた声を上げて振り向くと、アルフさんが直立不動の姿勢で経っていた。彼は腰をほとんど90度近く曲げた。


「ありがとうございます、久留間さん。

 俺が生きているのはあなたのおかげです」

「いや、いいんですよ。別に目の前で人死にがあるのが嫌なだけで」


 こうまでかしこまられると、逆に申し訳なくなって来る。特に、アルフさんのように俺よりも年上の人に感謝されるのは。栄養状態が違うせいか、年上だが俺と同じくらいの背だ。ただ精神的には非常に落ち着いているのが分かる。


「アルフさんこそ大変ですね。もしもの時はあなたも戦うんでしょう?」

「はあ、しかし訓練はしているのですが、あまり芽は出なくて」


 そう言って彼は申し訳なさそうに後ろ髪を掻いた。最初にあった時戦ったのを見ただけだが、お世辞にも洗練されているとは言えなかった。まあ、こちらもファンタズムの助けがなければ似たようなことしか出来ないので、何とも言えないが。


「よろしければ稽古をつけていただけませんか?

 転移者の方みたいにはなれなくても、俺は奥様を助けられるようになりたい。

 どうかお願いします、久留間さん!」

「そんなこと言われても……俺だって上手い戦い方なんて……」


 ちょっと困ってしまう。

 彼の熱意を見るに、あまり半端なことは言えない……


 そんなことを考えながら視線を逸らすと、月明りに照らされた屋根の上に人影を見つけた。それも、2つ。盗賊の類かと思ったが、違う。戦っている。


「……アルフさん、その申し出お受けいたしましょう」

「本当ですか!? ありがとうございます、久留間さん!

 いえ、久留間師匠!」

「なので、シオンさんには俺がここから出てったってこと秘密にして下さいね」


 驚くアルフさんを無視して俺は窓を開き、桟を蹴って飛び降りた。着地の衝撃を膝で吸収、殺しきれない衝撃は前転で散らす。体勢を立て直し立ち上がり、走り出した。静かな夜に剣戟の音だけが響く、誰も気付いていないのが不思議なくらいだ。

 俺は空を見上げた。半月をバックにして、2人が不安定な屋根の上で戦っている。彼らは頻繁に飛び、位置を変え、攻守を目まぐるしく入れ替えている。何者だろうか、俺も変身して上に行った方がいいのだろうか? そう考えているうちに決着が付いた。


「あっ!」


 思わず声を上げてしまった。首を狙ってなぎ払われた剣を最低限の動きでかわし、懐に潜り込むようにしてもう一人が突き上げた。くぐもった悲鳴が上がり、暗闇のシルエットの腹から刃が生え、血が噴き出した。一人は剣を抜き、もう一人の脇腹を蹴った。蹴られた方は体勢を崩し、屋根瓦の上を転がって軒下へと落下していった。


 俺の方に気付いた生き残りが、こちらを見た。黒い布に隠されて、相手が男なのか女なのか、どんな武器を使っているのかも判然としない。だが、どこかで見たことがある気がする。この佇まいは、どこかで……そいつは煙のように消えた。


「……!? クソ、どうなってるんだ?

 いや、まずはあっちの確認を……」


 この期に及んで人が出てくる気配はない。この時間になると、この街は眠りについてしまうのだろうか? 俺はもう一人が落ちた軒下へと慎重に歩を進めた。


「おーい、アンタ大丈夫か? まだ生きているか?」


 我ながら間の抜けた質問だ。腹を貫かれ、5mばかりの高さを落下して生きている方が残酷だ。しかし以外にも、落とされた男はまだ生きていた。


「ゲホッ、ホゴッ! 誰ッ、か……いるのか? 助け、て……」


 とは言っても半死半生だったが。暗闇で相手のことがほとんど見えないのが幸いしている、見えていたら気の弱い人間は卒倒していただろう。だが俺は、それよりも落ちて来た人間の人相を見て驚いた。彼のことを俺は知っている。


「……水田くん!? そんな、どうしてこんなところに!」


 俺の知っている水田くんよりも少しばかり精悍な顔つきをしているが、間違いない。大きな泣き黒子は彼の大きな特徴だ。片手で腹を押さえながら、片手を出してくる。

 その指先から黒い炎が立ち上り、彼の体を包み込んだ。やがて炎は全身から噴き出して来た。危険を察知し後ずさった俺の目に、爆発四散する水田くんの影が映った。あとに残ったのは、濁った色の灰だけだった。


「水田くん……キミはいったい、どうなってしまったんだ?」


 水田くんが転移者であることは、俺たちのことから考えても間違いはないだろう。もしそうだとするのならば……転移者を保護しようとする者がいるように、転移者を殺そうとする者もいるのだろうか?


 俺は水田くんの灰を掴み、握り締めた。

 死の真相は必ず突き止める。

 そして必ず、キミの仇を取ってやる。


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