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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第六章:そして始まる変革の時
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08-怨嗟に燃える漆黒の炎

 痛みがレニアの全身を駆け巡った。右上腕を弾丸が掠めた、イーグルが割り込んだ一瞬にも意味があった。ほんの僅かながら、弾道を逸らすことが出来たのだから。


「ちょっと、あなた大丈夫!? 傷は……深くないわね」


 イーグルはレニアを助け起こした。レニアは痛みに顔をしかめる。

 だが、それよりもイーグルの背後で起こっていることが信じられなかった。


「あれ……なに? あの人は、どうなってしまったの(・・・・・・・・・・)?」


 久留間武彦の姿は数秒前のそれとはまったく異なっていた。まるでダークの如き漆黒の闇が彼の全身を包み込み、新たな輪郭を形作っていたのだ。


 闇は両腕、そして両足に収束した。闇が晴れた時、ファンタズムの姿はそれまでの物とは違っていた。白と金で彩られた神聖な、しかし鋭角を多用した禍々しい鎧。面頬の部分など金のラインが恐ろしい乱杭歯の如き刻印を形作っている。両腕はカイトシールドめいた巨大なガントレットに覆われており、先端からは鉤爪のような闇が溢れ出す。


「んだ、手前!? ちっと姿が変わったからってよォーッ……」


 高柳が挑発的な視線を向け、地を蹴る。そして、目にも止まらぬ連打を繰り出した。甲冑を打つ重く鈍い音が何度も響き、拳型のへこみがいくつも鎧の上に刻まれた。打撃の衝撃に耐え切れず、久留間の体は後方にふっ飛ばされて行く。


「実力が伴わなきゃ何の意味もねえだろうがよ! アーン!?」


 高柳は久留間を追う。

 西方の転移者は歓声を、そうでない者は悲鳴をあげた。


 吹き飛んで行く久留間の目が、高柳を睨んだ。それを見て、さしもの強者も怯んだ。視線に込められた深き憎悪と殺意は、言葉よりも雄弁に彼の意志を伝えた。

 久留間は手首を返し、右の爪を振り払った。漆黒の線が高柳の体と重なり、それを切断した。否、それを果たして切断と呼んでいいのだろうか? 爪の一撃を受けた高柳の体は、まるで押し潰されたか削り取られたかのようにそこから消えていたのだから。呆然とおのれの体を見下ろす高柳の体が、漆黒の炎に包まれた。


「なん……だ? これは、何なんだ!

 助けろ、助けてくれ! 禰屋!」


 分断された高柳の上半身と下半身がサイコキネシスによって繋がれる。しかし、それだけだ。もはやそれは肉体の損傷などと言う生やさしいものではない、肉体の消滅だ。傷ついた体を癒すことは出来ても、無くなったものを取り戻すことなど誰にも出来はしない。全身を黒い炎に包まれ、高柳は爆発四散した。


「化け物……!? そんな力見たことがないぞ! 何なんだ!」


 吹き飛んだ久留間は右足を大地に打ち下ろし、無理矢理停止した。仁王立ちになり、爪を広げ咆哮を上げる。天地が揺らぎ、爪先から溢れ出す黒い炎が勢いを増したように見えた。久留間は両腕の爪を構え、十字を描くように振り下ろした。

 巻き込まれて染井が爆発四散した。20mは遠くにいた染井が、だ。なぜなら黒い炎の爪は鞭のようにしなり(・・・)ながらも伸び、軌道上にあったものをすべて飲み込んだからだ。もちろん、その軌道上にはシャドウハンターも含まれている。ギリギリのところでシャドウハンターは避け切れず、左腕を炎に飲み込まれた。


「ヌゥーッ……! 久留間、貴様! 何をしている、ふざけるな!」


 シャドウハンターも久留間のただならぬ気配を感じた。全身から迸る黒い炎、尋常ならざる姿形、そして胸元に輝く黒い剣。並大抵のことではあるまい。


『コロス……俺の邪魔をする者は、すべてこの手でコロシテヤル!』


 久留間の声、そして怨嗟に満ちた女の声が二重音声となって周囲に響き渡る。何らかの精神操作能力によって操られているのか、とシャドウハンターは考えた。だがそれらしい反応はないし、何よりも敵が狼狽していることと辻褄が合わない。

 久留間は出鱈目に腕を振るい、黒い軌跡を残しながらも周囲にあるものすべてを蹂躙した。攻撃の対象には屋敷も、そして領土も含まれている。


「止めろ、久留間!

 貴様、自分がいま何をしているのか分かっているのか!」


 久留間の動きが一瞬止まった。シャドウハンターの声に反応してではない、背中から剣で貫かれたためだ。大垣の哄笑とくぐもった悲鳴が重なり合う。


「はっ! ハハハハ! どんな奴でも心臓ブチ抜かれりゃ死ぬだろ……!?」


 しかし、残念ながらいまの久留間は例外の1つであった。傷口から黒い炎が零れ出し、剣に纏わりついた。それはまるで質量を持つようにガッチリと剣先を固定した。引き抜こうともがく高垣、一瞬の行動停止が命取り。久留間は背中に向けて爪を振るい、高垣を消し飛ばした。残されたパーツが炎に包まれ爆発四散。


「久留間、武彦。お前は本当に……何になってしまったのだ……!?」


 シャドウハンターはバチバチと火花を散らす左腕を押さえながら問いかけた。久留間は弓なりに体を逸らしながらシャドウハンターのことを見る。そこにいるのは人間ではない、恐ろしいモノだ。シャドウハンターは瞬間的に理解した。

 非人間的な動作で久留間はシャドウハンター目掛けて飛びかかる。不吉に揺らめく黒い炎の爪を、シャドウハンターは紙一重のタイミングで回避した。いまの剣では受け止め切れないと判断したのだ。2度、3度と振るわれる爪。


(遅い。だが、この力。まるですべての力を破壊に転化しているようだ)


 度重なる戦闘でファンタズムの力を完全に理解していたシャドウハンターは、いまの車の持つ歪さを理解していた。根本的にこれはファンタズムとは違う。

 4度目の攻撃が放たれかけた時、山頂が鈍く輝いた。横合いから放たれた質量弾は久留間のヘルメットに直撃した。上体が揺らぎ、黒い炎の勢いが弱まる。その瞬間を見計らい、シャドウハンターは跳んだ。体を掠めるようにして黒い炎が空を薙ぎ、ドロップキックが久留間の甲冑を砕き、彼の体を後方にふっ飛ばした。


『コロス、コロスコロスコロス! 転移者は、すべてコロス!』


 不快な二重音声が響き渡る。久留間は空中でくるりと回転し、黒い炎の爪を地面に突き立てた。不吉な地鳴り、危険を察知し連続側転を打ったシャドウハンターを、黒い火柱が追う。それは山頂で狙撃を行った転移者も同様だった。


「オイオイ、なんだこれは。大変なことになっているじゃないか」


 軽薄な声に久留間は反応し、視線を向けた。そこにいたのは橡光満。久留間は即座に黒い炎の爪を伸ばし橡を襲う。彼は見事な側転でそれを回避した。


「多分その姿、久留間くんだね。けど、話し合いなんて出来そうにないな」


 橡が指を鳴らすと、久留間を包囲するように空間が歪んだ。その中から現れたのは7人の転移者。つい先ほどまでノースティング境界線で戦闘を行っていた面々だ。彼らは突然の事態に戸惑いながらも、戦闘態勢を整えた。


「手加減してたら多分やられるよ。全力でやっちゃってください」


 転移者が駆け出す。

 久留間が爪を構える。


 レニアたちは怯えた。


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