08-終末へと傾く世界
俺たちは屋敷の応接室に導かれた。
終始、レオールさんは俺を睨む。
「……すみません、レオールさん。あの人の事を、守れませんでした」
「言わんでいい。多良木もこっぴどくやられたんだ、仕方ねえことだったんだ。
お前を殺してあのお方が戻ってくるわけでもなし。だからそれ以上喋ンな」
はっきりとした否定の言葉だった。
俺はそれに頷くことしか出来ない。
「湿っぽいね。こういうのは苦手なんだけど……」
「橡、黙っていろ。本来お前がここにいることすら許されないぞ」
「それはコワイ。ならば黙っていることにしよう。さあ、どうぞ始めて?」
おちょくるような口調で言いながら、橡は壁に背中を預けた。
「チッ……状況は深刻だ。上空に出現した黒い物体のことは知っているな?」
「あれから化け物どもが出て来た。最近暴れ回っていたマーブルどもが……」
「恐らく全世界規模であの化け物が出て来ていることに間違いはないだろう。
人類に対して悪意を持ち、転移者を退けるほどの力を持った怪物の集団だ。
王国始まって以来の危機、否、世界開闢以来の危機と言っても過言ではない」
ハルの口調には僅かな恐れが滲んでいるようにも聞こえた。
「参ったねえ、厄介なことになっているとは思ったがそんなに……」
「我々も協調して対策を取らなければならないでしょう。この危機に……」
「待ってくれ、ハル。協力して? 要するに、他のところも助けるのか?」
「そうだ。こんな事態を捨て置いていいわけがないだろう」
「冗談じゃない、ごめんだね。こっちはこっちのことで精一杯だ、でしょう?」
俺はレオールさんに会話を振った。
しかし、反応は芳しくない。
「武彦、シオン様を失った悲しみは分かるが、しかしそれとこれとは……」
「分かる? 分かるか、冗談じゃない。目の前で死なれたんだぞ、俺は二度も!
こんな御大層な力を持っていながら俺は、あの人を守れなかったんだぞ……
そんな気持ちが分かるか? 分かってたまるか。この、悔しさが分かるか!」
この圧倒的な無力感。誰にも分からない。
同じ力を持つ者以外には。
「どうやら久留間くんは錯乱しているようだ。ちょっと休んだ方がいいね」
「……そうだな。色々あって疲れただろう。ちょっと、心を落ち着けろ」
「疲れてなんかいない。そうだ、疲れるはずがない。全員始末してやれるんだ。
全力で対処すりゃあ、あんな奴ら物の数じゃない。俺はまだッ……」
「武彦、いいから落ち着け! お前の精神は精彩を欠いている!」
ハルが叫んだ。
精彩を欠いている?
俺が? そんなバカなことが。
「頼むから休んでくれ、武彦。いまのお前は痛々しくて見ていられない」
疲れている、のか? 少なくとも俺自身はそんなことを感じない。だがハルからそう見えるということはそうなのだろう。俺は頭を下げ、退出した。気付いた時には部屋にいた。ベッドに転がっていた。いつこうしたのかも思い出せない。
「……すみませんでした、シオンさん。守れなくて、ごめんなさい……」
俺の言葉がどこか遠くで聞こえる。
俺の意識が闇へと落ちて行く。
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幽鬼のような足取りで部屋から出て行く武彦の背中を誰もが見た。
「あいつ、大丈夫か? いや、大丈夫なはずがないな。よっぽどあいつ……」
「後悔したってどうなるもんでもねえ。そこに気付きゃあ、立ち直るだろうさ」
レオールはそう言ったが、ハルの脳裏には漠然とした不安があった。それは武彦が今回の件を受けてこじらせてしまうのではないかと言う不安だ。
久留間武彦は身内の死や不利益に否定的な反応を示す。それも極端なほどに。それは幼少期の体験が元になっているのだろう、とハルは推測していた。彼は身内が痛い目を見ないようにやって来た、だが失敗してしまった。
そうなると、武彦は更にその方向にのめり込んで行ってしまうのではないか? 自分が戦うことでは誰も助けられない。そうなると、対象を社会から隔離さえしてしまうような……いまの彼の精神状態ならば、そんなことだってあり得るとハルは思ってしまった。
「話をしないかい? ずっとここで突っ立っているのは疲れたんだ」
ハルの思考は、橡の軽薄な声によって遮られた。ハルは彼を睨む。
「なぜ貴様がこんなところに来る? 社会不安を煽っていたお前のような奴が」
「仕方ないだろう。扇動者はえてして本当の社会変化には弱いものだ」
橡は両手を上げて『やれやれ』とでも言うような仕草を取った。
「僕にとっても、『界渡りの連合』にとっても、この国や隣の国にとっても。
あのまだら色の獣の大量発生は憂うべき事態だと思ったからねえ。
だから恥を忍んでここに来た。むしろ感謝して欲しいくらいだけどなぁ」
「お前に恥と言う概念があるのならばな。それに、お前はやっぱり……」
「こんな世界でたった一人で生きて行けるほど、僕は超人ではないからね」
そう言うと橡は佇まいを正し、少しだけ真剣な表情を作った。
「怪物の存在を知って、実際に対峙して分かったことがあるんだ。
あれは僕たち転移者の敵対者たるものだとね。
僕の力はあいつに乗っ取られた」
「能力を……乗っ取る能力を持っているということか? あの化け物は」
「そう言えば、転移者の持つ力を使ったともあの小僧が言っていたな」
マーブルは転移者を殺すために現れた、と言うことかとハルは思った。
「王国も西方開拓連合も、僕たちもない。あれは全員の敵となりえる」
「そうだな。あいつらの正体は、お前たちにも分かっていないのか?」
「そうだね。僕は元より愛する女王も敬愛する王様も知らないさ」
橡は肩をすくめて言った。ハルは不服そうにため息を吐いたが、ふと。
「ところで、キングってのは何者なんだ? プレーンウォーカーズの盟主……
そいつはいったい何者なんだ? 王国でさえも正体を掴めない奴は、いったい」
「気になるかい? そりゃそうだろうね。彼は――」
そこで、勢い良く扉が開かれた。アルフ=エードが息を切らし入って来る。
「報告します! エラルド領東方より救援要請が入りました!」
「ノースティング……! 向こうに現れた怪物がこちらに来たか」
ナーシェスは立ち上がるが、すぐに脇腹を押さえた。
「無理をしないで下さい、ナーシェス様。我々が向かい、確認します」
「我々ってのは、もちろん僕も含まれている……んだよね。ハァーッ……」
橡は嘆息したが、本気で嫌がっているわけではないとハルは判断した。
「ナーシェス様、レオールさん。この村のことはお任せします」
「ここにいてどれだけのことが出来るかは分からないけどね」
「行って来てくれ。お前らに頼らなきゃならんのは情けない限りだが」
ハルは頷き、橡を伴って屋敷から出た。未だ夜は明けず、世界を包み込む闇は深い。だが果たして、陽が昇ったところで何が変わるというのか……ハルの胸中には、言語化できぬ漠然とした不安が依然として横たわっているのだった。




