08-ノースティング壊滅
まだら色の化け物を掃討し、俺たちはノースティング城へと急いだ。橡は大柄な光の獣を生み出しその背に乗り、シーフの脚力に追いつこうとする。
「オイオイ、待ってくれよ久留間くん。キミ、ちょっと速すぎるよ」
「っせえな、お前のためにやってんじゃねえんだ。着いて来たいんなら追いつけ。
っていうか、お前そいつを使ってて大丈夫なのかよ?」
「安心してくれ。さっき取り込まれたのは僕とのリンクを途絶させた奴だけ。
途絶体はこっちが命令を下さなくても勝手に動いてくれる便利な奴なんだ。
でも、こうなってしまった以上接続体を増やさないとやってられないよ。
面倒なことをしてくれたものだ」
橡は嘆息し、光の獣を叩いた。
鞭で叩かれたように獣が加速する。
「……なんであんなことをしていたんだ、橡。この世界を壊そうなんて」
「キミはそうじゃないのかもしれないけど、僕はこっちの世界が嫌いだ」
前方から犬型マーブル。
射撃で数を減らし、漏れたものを橡が切り裂く。
「いきなりこっちの世界に呼び出しておいて、力をあげるから戦いなさい、だ。
冗談じゃない、こっちの人生設計を壊しておいてよく言うよ、ホント。
向こうの世界にいれば手に入れられたはずのものが、こちらでは手に入らない。
せいぜいが鉄砲玉扱いだ」
橡は左手を掲げ、そこから何羽かの光る鳥を出現させた。それらは弾丸のような勢いで飛んで行き、遠方にいるマーブルの頭部を粉砕した。
「どうせ帰れないなら、好き勝手にしたっていいだろう?」
「俺の大切なものに指一本触れないなら、お前のやることに文句はつけん」
「西方を狙っておくべきだったかな、これは。とにかくそれが僕の意志」
連行された時の感覚からすると、そろそろ城が見えてくるはずだ……
そう思った時、空に黒煙がたなびいた。あの火柱が作り出した物、城は近い。
森から飛び出した俺たちは、燃える城を見た。煉瓦が燃えるはずはない、だが燃えている。何らかの火種が仕掛けられたか、それとも。分かることは城を覆う外壁は無残に破壊され、火の手は城の方まで伸びているということだ。
「相当強力なマーブルがここに来たってこと、かな!」
橡は獣の背を蹴り跳んだ。光の獣は城壁に纏わりついていた小型マーブルと激突し、爆発した。エネルギーを暴発させて、あんなことも出来るのか。
俺もROMを移動用のシーフからファイターに変更する。デュアルROMシステムは肉体への負担が強い、あまり乱用することは出来ない。0と1の光の中剣を構え、跳びかかって来たマーブルを盾で跳ね除ける。剣を振り上げ、小型マーブルを倒そうとしたところで横合いから光の獣が乱入した。
「城の中に行きたいんだろう? 行ってらっしゃい、ただし戻って来てね」
「手前のこと放り出して、さっさとこんなところから抜け出してやる」
そんなことをしても、意趣返しにもならないだろうが。俺は崩れた外壁から内部に侵入した。壁の内側は、外側よりも遥かに凄惨な状態だった。
もともとこの城には警備と呼べるものがほとんど存在していない。あるとすれば訓練を行っていない兵士と非戦闘員のメイドくらい。戦える人間はバウラの爺さんくらいか? そうなればどうなるか。明白だ、虐殺が起こるのは。現に芝生の上にも石畳の上にも、あるいは窓の桟にも死体が引っ掛かっている。
(この状態、この数。生き残っている人間の方が少なさそうだな……)
猿のように身軽なマーブルが四方八方から飛びかかって来る。トリガーを引き斬撃を拡張、それらを真っ二つに切り裂く。もはや城の損害など気にしている暇もないのはラッキーだ。化け物を殺すためなら何をすることだって出来るのだから。
城の正面に回る。それなりに素晴らしかった庭園は完全に破壊され、燃えている。入口はとっくのとうに破られ、無残な穴をぽっかりと開けている。城の中に入っていた瞬間、両脇に控えていたマーブルが飛びかかって来る。剣を袈裟掛けに振り下ろし1体を切り、返す刀でなぎ払いもう1体を2つに分割して倒した。
(待ち伏せ……知能があるみたいだな。こいつらは……)
階段を昇って行く。こうしている間にも城の調度品がパチパチと音を立てながら爆ぜている。もうもうと煙が立ち込める、生身の人間が立ち入れないような、生きていられないような状態になるのも時間の問題だ。まずは執務室。
ドアを蹴破ると、そこには2人の男がいた。1人は真っ青な顔で床を見る男、ラウル=ノースティング。もう1人はかっと目を見開き、天を睨みながら仰向けに倒れるバウラ=ノースティング。バウラは腹部からの大量出血で死んでいる。
「私が、私がここに来た時には、もう……もう、死んでいたんだ」
「ラウルさん、落ち着いて下さい。俺です、久留間武彦です」
あまりよろしくはないが、彼を落ち着けるために変身を解除する。途端、凄まじい熱を伴った煙が肺を焼く。思わず咽てしまったが、彼は正気を取り戻した。
「……久留間さん? どうして、あなたがこんなところに……」
「黒い彗星がこちらに落ちて来るのを見ました。シオンさんの指示でここに」
「黒い、彗星……あッ、そうだ! ミーア、ミーアを見ませんでしたか!?」
ラウルさんは殆ど狂乱したような様子で言うが、俺は首を横に振った。こう言うのもなんだが、この状態で生きていたらそれこそ奇跡としか言いようがない。
「ミーア、ミーア、ミーア! ああ、ああ! どこにいるんだ!?」
ところがラウルさんは俺を跳ね除けて飛び出してしまった。追い掛けようとした、その時シャンデリアにぶら下がる化け物が見えた。それは反動を巧みに使ってこちらに飛んでくる。3連バック宙で距離を取りつつ後退、バウラの爺さんが使っていた剣を取る。地面に降り立ち、反動で跳躍して来たマーブルを串刺しにする。
「チッ! さすがにあれを見捨てちゃあ、寝覚めが悪いよな……」
面倒なことをしてくれやがって。俺は剣を投げ捨て、ラウルさんを追い掛けた。彼は2階の隅にあった部屋に入り込み、叫んでいる。
「ミーア、ミーア! どこにいる、どこにいるんだい!?」
様々なものをひっくり返し、彼は子供の名前を呼ぶ。と、そこでクローゼットが動いた。そこにはメイドが寄りかかるようにして倒れ込んでいた。
行こうとするラウルさんを制し、俺がメイドを退けた。つっかえのなくなった扉が開く、俺は身構えた。だが、そこから出て来たのは1人の少女だった。
「ゲホッ、お父様……どうして、これはどうして……」
「あっ、ああ! ミーア、生きていたんだね!? よかった……!」
ラウルさんはミーアに抱き着いた。
2人とも現実を認識し切れていない。
「再会を喜んでいる暇はない。さっさと逃げるぞ、いいな?」
「あな、たは……どうして、こんなところに?」
崩壊が始まった。天井が崩れ、入り口が閉鎖される。ファンタズムに再変身、俺はラウルさんとミーナの体を掴んで窓から飛び出した。2階から飛び降りつつ足下にいたマーブルを踏み潰し、反動で再跳躍。城塞を走り城からの脱出を図る。
「お、戻って来たね? 荷物が2つ増えているような気がするけど……」
「デリバリー、頼んだぜ。2人抱えて越えるには辛すぎる山だからな!」
「参ったね、人使いが荒すぎるんじゃないの? まあ、いいけどさ」
橡はパチンと指を鳴らした。格好をつけた動作の後に出て来たのは、いくつもの浮遊する光の長剣。それは橡の周りをローターめいて高速回転し、周辺にたむろするマーブルを次々と切り裂いていった。黒い霞が血煙めいてあたりに撒き散らされる。
「それじゃあ、離脱することにしよう。ここはもうダメだろう?」
頷くと、橡は光の獣を作り出した。俺はラウルさんとミーナをそれに乗せた。
死がどんどん遠ざかっていく。地獄から逃れることができる。終わった。
「ありがとう、ございます。私たちを、助けてくれて……」
ミーナが小さく礼を言う。お前たちのためにやったわけじゃない。これで――
甘かった。
世界は闇に包まれた。
ならば、この程度で終わるはずはなかった。




