01-戦士、盗賊、僧侶、魔法使い
どうして往年の名作ファンタジーRPGをモチーフにしたのか?
博士に一度聞いてみたことがあった。
彼はこう答えた、『私の趣味なんだ、いいだろ?』と。
ファイター、シーフ、クレリック、マジシャン。俺が持つ4形態はそれぞれ優れた性能を持ち、特定分野においては他に並ぶもののない力を発揮する。ジョブ:シーフが持つ特殊能力は、知覚力の増大。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚――いや味覚は試したことはないが――すなわち五感を強化する。特に聴覚は優れており、音が見えるようになる。
弓を持ったソルジャーが矢を番え、放った。その直前で俺は身を屈め走り出し、そして跳んだ。低高度でほとんど地面と平行になりながら飛び、矢を潜り抜ける。そしてソルジャーの胸を蹴った。この機敏で柔軟な動作もシーフの持ち味の一つだ。
胸を蹴り、反動で再跳躍。空中で身を捻り、ボウガンを構えた。俺の耳には樹上でほとんど仮死状態になっていたソルジャーの呼吸音が届いていた。そして、俺が馬車から離れるとともに息を吹き返したことも。跳び降りて来たソルジャーに向けて『矢』を放つ。
光の矢、とでも言うべきものだった。ファズマエネルギーを細長く成形し、放つ。高い穿孔力を持つそれは厚さ1mの鉄板を容易くぶち抜く。スピードはやや遅いが、いまの知覚力と合わされば空中で身動きが取れない相手を仕留めるくらいワケはない。
1、2、3。予想していた通りの位置にダークの頭が来て、そこを矢が通過した。ダークの頭はスイカめいて弾け、そして肉体は影の粒子となって大気に溶けた。だがのんびりしてもいられない、敵は強硬手段を取ろうとしているのだから。
叢に隠れていたダークが一斉に飛び出した。さすがのリニアさんもそれは察知していなかったのか、一時攻撃を中断し後退した。ダークは一斉に矢を番え、弓を構えた。あれだけの弾幕に晒されれば、幌張りの馬車は瞬時にバラバラになってしまうだろう。
俺は地面に手をつき体を跳ね上げ、馬車の梁に猫のように着地した。ホルスターから白いラベルを貼ったROMを取り出し、シーフROMと交換した。
「リニアさん、馬車の方に戻ってください! 早くッ!」
ROMを差し込みボタンを押す。神聖なる讃美歌がベルトより流れ出し、0と1のそよ風が俺の体を撫でる。厚手の服は重厚な白の鎧へと変わり、ヘルメットはバケツめいたものへと変わった。中心に十字が描かれ、それが俺の視界と呼吸とを確保する。ジョブ:クレリックを展開。
すぐに俺はベルトのボタンを押した。『ホーリードメイン!』の機械音声が鳴り響き、半透明の白いフィールドが周囲に展開された。フィールドは馬車をすっぽりと包み込み、守る。放たれた矢はホーリードメインに弾き返され、消えて行った。
ダークたちが狼狽するのが見える。姿をさらしたお前たちの負けだ。俺は黒いラベルの貼られたROMを取り出し、クレリックROMと交換。ボタンを押した。おどろおどろしいデスメタルがベルトから流れ出し、身の内から0と1の嵐が吹き荒れる。
白の鎧は瞬時に黒いローブへと変わった。裾の当たりはボロボロになっており、ねじくれた角を思わせる形の帽子と合わさり、コワイ。手の内のダブルメイスは白い粒子となって分解され、代わりに長い杖が現れた。ジョブ:マジシャンだ。
「楽しい楽しい魔法のカーニバル。
拝んで楽しんで逝けや、化け物ども!」
ベルトのボタンを押してから手元で杖をクルクルと回し、周囲を旋回させる。『マジック・ストライク!』の機械音が流れ出し、周囲に恐ろしい旋律が轟く。杖が円軌道を描いた場所に青白い魔法陣が浮かび上がる。リニアさんが息を飲むのが聞こえた、あなたの魔法体系とは違うが、しかし見た目は同じだ。ちょっとした類似性を発見した気になる。
「……行けッ!」
体の周りに大小10の魔法陣を作り出し、それを叩いた。魔法陣から青白い光の線が伸び、それがダークたちを襲った。マジックミサイル・オールレンジ。本来は杖の先から数発発射するものを、時間をかけることで広域に対して発射する兵装だ。相手の場所はシーフの時に調べているし、マジシャンも知覚能力が低い形態ではない。
マジックミサイルが周囲のダークたちを打ち爆発、あるいは地面を打ち爆発した。いずれにしろ、爆発の衝撃によってダークたちは次々と倒れて行く。これで終わり……
いや、そうではない。森の中から力強く、そして高速で疾走してくる影があった。それは力を貯めて踏み込み、馬車上にいる俺を襲った。飛んで来るそれを目掛けてマジックミサイルを放つが、しかし通常のダークとは桁違いの耐久性が攻撃を防ぐ。
「チッ、バカ力とスピード型かよ……! いやだなァッ!」
杖で攻撃を受け止めようとした。だが、両腕で俺を押し倒すようにして放たれた一撃はなかなか受け止められるものではなかった。電車と正面衝突したような衝撃――あれは痛かった――が全身を駆け巡る。幸い、吹き飛ばされたので空中で体勢は立て直せたが。
地面に降り立ち、改めて襲撃者を観察する。ゴリラめいた巨体と黒い毛に覆われた皮膚、そして滅茶苦茶肉厚な体格。あのデカさがあのパワーを生み出しているのだろう。
「それなりに速いみたいだが、本当に速い相手と戦ったことはあるか?」
俺はシーフROMを取り出した。マジシャンは多対一には優れているが、いかんせん火力を集中出来ないため強敵との戦いには向かない。ROMを交換しシーフに戻る。
ゴリラが両拳を地面に打ちつける。いわゆるナックルウォークと呼ばれる歩行だ。両足に力を込めて加速、更に両腕でそれを押し出す。弾丸のようなスピード、だが俺はそれに先んじる。ゴリラの斜め前方に向けて走る、奴の視界の端にも映らなかったはずだ。
飛びかかって来たゴリラが困惑するのがよく分かった。シーフの持つ最大の力、それは短距離高速移動。ほんの一秒程度だが、1000倍程度まで加速出来るのだ。移動によって生じる衝撃波はファズマエネルギーが上手いこと相殺してくれるので、周囲を傷つける心配もない。シーフの知覚能力を持ってしても制御が難しいので、多用は出来ないが。
ゴリラの背中目掛けてボウガンを放つ。無防備な背中を打たれ、ゴリラは悲鳴を上げた。とはいえ、矢は貫通したが致命傷には程遠い。むしろゴリラは闘志と殺意を漲らせ俺のことを睨んで来る。まあいい、一撃でやれない相手がいると分かっただけ収穫だ。
「次からはもっと慎重に戦うことにするよ。
それじゃあ、そろそろ止めだ……!」
俺はベルトのボタンを押した。『シュート・ストライク!』の機械音声が流れ、ボウガンにファズマエネルギーが収束する。ハープーンめいた巨大な矢を、ゴリラに向けて放つ。矢はゴリラの胸を円形に貫き、そして消滅させた。
「エンドロール、と。シオンさん、リニアさん!
怪我はないですか!」
変身を解除しながら俺は叫んだ。シーフの強化知覚にも、もはや何も感じない。どうやら襲撃を仕掛けてきた敵は全滅したようだ。馬車の影からリニアさんが顔を出す。
「私もシオン様も平気だ。それにしても、やはりすさまじいな。転移者の力は」
「……別にこれ、カミサマの加護ってわけじゃあないんですけどね?」
こっちの世界でも通用するような力を作ってくれたことを、俺は博士に感謝した。見た目マッドサイエンティストの趣味人なのに、作るものはことごとくスゴイ。趣味に走っていなければ何度ノーベル賞を受賞していたか分からないという。
「しっかし、本当に物騒な世界ですね。移動も命懸けなんて……」
「うむ……王都周辺であの規模のダークが出るとは、ちょっと異例だ。
向こうについてみたら調べてみることにする、もしかしたら何かあったのかも」
どうやらこれはこちら側の世界でも異例のことらしい。幸い、戦いの余波に巻き込まれて馬車が損壊したり、馬が死んだりすることはなかったようだ。アルフさんは何事もなかったかのように手綱を握り、馬車を動かした。
「また命を助けてもらってしまいましたね。ありがとうございます」
「当然のことをしたまでです。あなたに怪我がなくてよかった、シオンさん」
本当に怪我がなくてよかった。と、同時にある懸念が浮かび上がって来る。もしかしたら、ダークは転移者である俺を狙って来たのではないだろうか? リニアさんは異例なことだと言っていた、ならばその異常を発生させている原因はなんだ? 俺かも知れない。
(……近付いてくる危険は、全部ぶっ壊す。
そのために俺はここにいるんだ)
必ず守り抜かなければ。俺は決意を新たにし、馬車に揺られるのであった。ただし、決意したと言っても乗り物酔いが綺麗に解消するわけはないのだが。




