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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第六章:そして始まる変革の時
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07-負けを認めて生きていく

 俺たちは言葉もかわさず、シオンさんたちのところに戻って行った。エレオーラさんと多良木が準備を進め、ささやかな昼食会が開かれようとしていた。


「どこ行ってたんだ、お前ら。探しに行こうか迷ってたところだぞ、オイ」

「悪い悪い、どこか行くんだったら先に行っておくべきだったな」


 多良木はそれ以上追及しなかった。レニアとファルナの態度に、どこか思うところがあったのだろうか。2人は母親の隣にちょこんと座り、食事を始めた。


「どこに行っていたんですか、2人とも? 気分が優れないようですけれど」


 もちろん、そんな様子は母親にはお見通しだった。優しく聞いてくるシオンさんに、2人はポツポツと話し始めた。あの村で見たことを、感じたことを。


「丘を昇って、紅葉を見たんだ。そうしたら、丘の下に村が見えたんだ」

「誰も、いない村。気になって、私たちそこに行ったの。そうしたら……」

「南方内乱で失われた村に辿り着いた、ということですか」


 何度もここに来ているシオンさんは、そのことを知っていたようだ。ある意味で、それは当たり前のことだろう。なにせ、彼女は当事者の一人なのだから。


「戦乱の後にはよからぬ輩が入り込むことがあります。誰もいないのですから。

 久留間様、そうした危険なところに2人を誘うなど軽率だったのでは?」

「返す言葉もありません。護衛込なら大丈夫だろう、と判断したんですが」

「実際、あなたは王都でお2人を暴漢の手に渡してしまったそうですね?」


 ぐうの音も出ないほど完璧だ。

 シオンさんはそれを制してくれたが。


「もう過ぎたことです、エレオーラさん。彼を責めないであげてください」

「かしこまりました、奥様。出過ぎた真似を致しました、申し訳ありません」


 彼女の言葉はあくまで事務的で、何というか熱の感じられないものだった。


「それで、廃村であなたたちはいったい何を見たのでしょうか?」

「壊れて、崩れた村。それから、人の……骨。とっても、怖かった」


 レニアがそういうのを見て、エレオーラさんはまた俺のことを睨んで来た。ごめんなさい、でもあんな風になっているなんて予想もしていなかったんです。


「戦争から何年も経っているのに、骨があるのか? おかしいだろ」

「彼の地は穢れた地として、現地の人間もあまり近寄らないのですよ。

 多くの人死にがあった場所です、致し方ないことでしょう。

 私としても良くないと思っているのですが」


 シオンさんは残念そうに嘆息した。

 なら俺が回収を行うべきか……


「レニア、ファルナ。見てください、あれを」


 シオンさんが促した先にあったのは、南方内乱の慰霊碑だった。物としてはまったく同じだが、あの経験を経た今2人にとっては別の物に見えていることだろう。


「あそこに刻まれているのは単なる名前でも、数字でもありません。

 命ある人が理不尽にそれを奪われた、それを忘れないためにあるのです。

 この戦乱の世界、誰の命をも奪わずに生きていくことはとても難しい。

 でも、その高潔な理想を忘れてはいけません」


 高潔な理想。

 イマイチ俺には理解することが出来ない概念。


「他者を許し、他者と共に生きていくこと。犠牲になった人を忘れないこと。

 それだけが罪深き我々人間に許された、ただ1つの贖罪なのです……」


 レニアとファルナは神妙に頷いた。多良木もそれを噛み締めているように思える。エレオーラさんは……相変わらず表情を読むことが出来ない。


「さあ、行きましょう。まだ行きたいところがあるでしょう?」


 説教はこれで終わり、とばかりにシオンさんは表情を母親のそれに戻した。2人もややぎこちないながら笑顔を作る。と、そんなところに村人の悲鳴が聞こえた。俺と多良木は即座に反応し声のした方向を見る。村の東側へと続く道。

 その先で尻もちをついている農民風の男性と、それを睨む獣がいた。ただの獣ではない、2本足で歩く白黒まだらの怪物。マーブルだ……!


 即座に多良木は腰を落とし、そして地を蹴った。

 弾丸めいた勢いに地面が抉れる。


 神より授かりし加護『天魔の肉体』を自らの意志によって起動した多良木の反射神経、そして瞬発力は人間の数倍。100mはあったであろう距離を一瞬にして詰めた。マーブルは多良木の接近に反応し、鈍く光る鉤爪をなぎ払った。


 多良木はショートアッパーでそれを迎撃。腕を跳ね上げられ、マーブルの体が大きく揺らぐ。牽制のために逆の爪を突き込むが、多良木はそれを半身になってかわした。右足で大地を踏みしめ、腰の回転を乗せたストレートパンチを放つ。

 腹を打たれ、マーブルの体がくの字に折れた。拳の衝撃はそれでも殺しきれず、マーブルの体が宙に浮く。翼を持たぬ怪物が、空中で体勢を整えることなど不可能。多良木はその場で更に一回転、遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを放った。蹴り足はマーブルの胸板に吸い込まれて行き、衝撃が全身を貫いた。マーブルは空中5mに打ち上げられ、爆発四散。


「っへえ、さすがだな多良木。速い速い、ありゃ俺じゃあ無理だな」

「けっ、目で追えるくせに何言ってんだよ。爺さん、怪我はないかい?」


 俺が辿り着いたのは多良木が残心を解き、構えを解いた後だった。たっぷり10秒以上かかっている、生身の足だったらここまで辿り着けなかっただろう。

 それにしても、マーブルがこんな片田舎にまで出現しているとは。あの化け物がここに出るという報告は聞いていない気がする。多良木が助け起こした爺さんに聞いてみるか、と思って声を掛けようとしたら、それが見知った人であることに気が付いた。


「あれ、爺さんさっきあの村であった人だよね?」

「おお、若造。まさかこんなにすぐ会うとは。奇遇ってやつだな」


 老人は呵々と笑った。

 そして、俺たちの背からシオンさんが来るのを見た。


「エラルドの御子息が来ているというからもしやと思ったが、シオン様もか」

「長年こっちに来ているって聞いたけど、お会いすることがあったんですか?」


 少しな、と言って老人は笑った。どこか誇らしげだ。


「ナサニエル公、そしてシオン様ほど我々に寄り添ってくれた方を知らん。

 南方独立派は所詮、部族同士のパワーゲームを制御出来なかったから起こった。

 過激な主戦派が後戻り出来なくなってしまったから起きてしまったんじゃ。

 幾人もの人が死んだ、すべてがすべてとは言わんが自業自得な部分もある。

 あの方は我々を手厚く支援してくれた、それだけで十分なんじゃよ。

 もう二度と戦いを起こさないと、そう決めてくれてさえいれば……」


 老人は多良木に礼を言い、シオンさんに頭を下げその場から去って行った。しばらくして、走って来たシオンさんたちが俺たちに合流して来た。


「あの方は……」

「廃村でも会ったんです。俺たちに色々と説明してくれて……」

「……あの方は、南方内乱の副司令官だった方です。一度拝見しました」


 えっ、と間抜けな声を上げてしまった。

 多良木も驚いているようだ。


「停戦調停でお会いしたので、よく覚えているんです。

 戦後は指導者を引退したと聞いていましたが……

 一介の農夫として生きていらっしゃるとは。知りませんでした」


 二度と闘争の道に進みたくなかったのだろう。理想に燃え、副司令官として戦線を指揮した彼にそう思わせるほどの、凄惨な戦争。敵だったものの傘下に入り、そしてそれを認めざるを得ない屈辱。それはいったいどういうものなのだろう。老人が去った、その後をじっと見ていたが、俺にはやはり分からなかった。


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