07-ちょっとした過去と自分語り
俺たちがここに滞在していられるのは後4日半。それまでの時間を精一杯楽しもうと、子供たちは野を駆けずり回っている。それに着いて行くのは、結構ホネだ。無限の体力を持っているんじゃないかとさえ思ってしまう。楽しそうだからいいんだが。
ちなみに、ナーシェスさんはいない。『ちょっとあたりを散策してくるよ』と言って護衛もつけずに行ってしまった。面倒一緒に見てもらいたかったんだが。
「ほら、ファルナ! レニア! あんまり急ぐと怪我するぞー?」
「大丈夫だって! それより、ほら! 早く早く!」
まったく、楽しそうだな。ファルナもレニアも。特にレニアは日頃の勉強から解放されたからか、普段以上に元気そうだ。血色が違う。
「2人とも、そんなに急いでは怪我をしてしまいますよ?」
「大丈夫、です! お母様も、早くこっちに……」
レニアも笑顔で母親を促す。シオンさんは長いスカートの裾を摘まみ走り出した。少し遅れて俺たちも追いかける。紅葉のアーチに囲まれた道は幻想的な雰囲気を醸し出しており、紅葉のカーペットが俺たちの行く道を舗装している。
「綺麗で、いいところですね。いつまでもこうしていたいくらい……」
「こうした美しさが保てるのは、1月くらいです。すぐに寒くなります」
雰囲気に浸っているところに、エレオーラさんが強烈な一撃を繰り出して来た。ソーナさんは家に残って食事の準備を行っている。シオンさんたちの世話はエレオーラさんが受け持つことになっている。しかし、たった1人で3人を見るとは……
「キツそうですね。俺に出来ることがあったら何でも言ってください」
「ありがとうございます、久留間様。無いとは思いますが心に留めておきます」
切れ味鋭いナイフの如き一撃。そう言われては黙るしかない、実際に出来ることもないだろうし。こうやって荷物を持たせてくれるだけで十分か。
「エレオーラさん、あんたはこの村のことを知っているのか?」
「いえ、初めて来たばかりです。どうしてそのようなことを?」
「こっちの気候に詳しいンだな、と思って。深い意図はねえんだけどさ」
そう言えば、エレオーラさんのツッコミはこちらの気候に精通していなければ出来ないものだ。多良木の質問に、エレオーラさんはクールに答えた。
「あなた方より長く生きています。多くの人と交流を重ねて来ました。
ですから、そうした話を聞く機会はあなた方以上にあります。
そういうことですよね」
なるほど。彼女の持つコミュニケーション能力故、ということか。
「武彦、多良木さん! それにエレオーラさん、早く早くー!」
エレオーラさんはふっと微笑み、歩調を少し早めた。不愛想なエレオーラさんでもああいう表情が出来るんだな、と俺は当たり前のことに驚いた。
「ッ……寒さの片鱗があるな。たまーに風が吹くと芯まで冷える感覚がある」
「そうだな。だが、これくらいならまだ楽しめる範囲だろ。田舎はすごかった」
別に聞いたわけでもないのに、多良木が口を開いた。こんなことはめったにあるものではない。なので、俺は茶々を入れずに多良木の言葉に耳を傾けた。
「爺さんの田舎が新潟の方にあってな。冬になると一面真っ白になるんだ」
「へえ、実家は新潟の方にあるのか。休みの時は楽しんだんだろうなぁ」
「休みの時、っつーか。小学校を卒業するまで俺はずっとあっちで育った」
それは知らなかった。俺は多良木を横目で見て、話を続けた。
「虐待子っつーのか。俺はずっと母親に殴られながら育ってきたんだ。
親父はそんなこと知らなかった、服を着てる上からじゃ分からなかったらしい。
つっても、間抜けな話だよな。親なのに裸の俺を見たことねーんだから」
これは……壮絶な過去だ。だが絞り出すような悲壮感はない。彼の中でこれはもう昇華したこと、終わったことなのだろう。清々としている風でもある。
「何だかんだあって、両親は離婚した。原因は母さんの不倫だったんだがな。
慰謝料はそれこそかなり出したみたいだけど、親権は取れなかったらしい。
で、俺は母親に引き取られて……まもなく捨てられちまったんだ。
母親は不倫相手と一緒に逃げた」
「っわ……そりゃあ、とんでもないことだな。それで祖父の家に?」
「ああ。まあ、ショックだったけどさ。それなりに愛されて育った……はずだ。
俺はそんなことを気にせず、暴力に塗れた学校生活を送った。
高校に上がる時、親父から地元に戻って来ないかって言われたんだ。
俺はそれを受け入れて……あっちに戻った」
なんで身の上話なんてする気になったんだろう、と思った。そして俺は昨日の会話を思い出した。どうしてこいつがシオンさんに心酔しているのか、何となく分かった気がする。こいつはシオンさんに、自分を愛してくれなかった母親の影を重ねているのではないか? 自分のことを尊重してくれる母親の幻影を。
「……人生いろいろ、って言うけどさ。ホントに色々あるんだな」
「何言ってんだ、手前は。オラ、ボッとしてねえでさっさと行くぞ」
自分から話しかけて来ておいて、多良木は強引に会話を打ち切った。話しているうちに恥ずかしくなったのだろうか? 聞いている方も恥ずかしくなる告白だったから、言っている方はよっぽどだろう。
話してくれたってことは、俺を信じようとしてくれているのか?
ファルナやレニアのように? まさかな。




