06-まだら色の殺意
マジシャンROMを起動し、俺は天守の窓から飛び出した。イーグルはサイバーウィングを展開し既に空だ。ジェット戦闘機を上回るほどのスピードを出すとされるイーグルに追いつくのはさすがに無理だが、彼(彼女?)も本気は出さない。
「あー、いい風ねぇー。たまには飛ばないと、羽が錆び付いちゃうわよ」
バレルロール気味にくるりと回転したり、急上昇からの直下降を打ってみたり、イーグルは仕事と言うよりも純粋に飛びたいから飛んでいる、と言う風情だ。飛び姿は非常に美しく、素の彼を知らなければ見惚れてしまいそうなくらいだ。
「なあ、こんなに堂々と飛んでいいのか? 村人に撃墜されたり……」
「この高さまで攻撃出来るような奴はいないし、追われたりもしないわよ」
ステルス性の高さと高機動、高高度戦闘が売りのウィンドイーグルのことだ。確かにレーダーもない世界で捕捉されるようなヘマは犯すまい。
「でもアンタ、生で見てみると結構いい男じゃない。殺されなくてよかった」
「よしてくれ。俺の方にそーいう感じの趣味はないんだからさ」
「あらやだ、そういうことじゃないのよ。妖しく危険な男の匂い……」
よく分からないが、イーグルに気に入られていることは確かなようだ。ファルナ、俺お前の気持ちがようやく分かったよ。こっちは男に好かれてるんだけどさ。
「……ま、別にいいけどよ。こんなきれいな空を見ていられるんなら、さ」
俺は空中でひらりと身を翻し、空を見上げた。遮るもの一つない青い空と輝く太陽。真っ赤な大地はそれに鮮烈な彩を与える。起伏に富んだアイバルゼンの地は陰と陽の落差が激しく、それもまた美しい。こちらの世界に来なければ見ることが出来なかったものだ。厄介なこともいろいろあったが、これだけは純粋にうれしい。
「……あの川の向こう側が、西方開拓者連合の領地か……」
俺は陽炎の向こうに揺らぐ大地を見た。見たところ、人が生きていくために必要なものの多くが欠落しているように思える。森もない、水もない、生物を見つけることが出来ない。あるのは乾いた黄金の砂のみ。彼らが暮らす過酷な環境。
「いやよね、同族同士の争いなんて。あたしたちには考えられないことよ」
「なまじ自由に生きて行けるだけのものがあるから、争うんだろうな」
もしこの世界に生存に必要な諸々の物がなければ、敵味方に分かれて争う暇なんてなかったはずだ。しかしそうなるとここまで発展することは出来なかったわけで。あっちを立てればこっちが立たず、ということだ。やりきれないな、これは。
「……うん? 何かしら、あれ。
ちょっと、あれおかしいんじゃないの……!?」
イーグルは空中で静止し、地面を見て呻いた。ごつごつとした大岩の集まる河原に黒い靄のようなものがいきなり現れたのだ。それは徐々に固まり、形を取った。すなわち、人型を。人型は首をもたげるようにして上を見た、否、俺のことを。
「まだら色の化け物だ……! 気を付けろ、イーグル!」
マーブルは俺に掌を向けて来た。すると、岩がひとりでに浮かび上がった。俺の目にはマーブルから発するオーラが岩に纏わりついたように見えた。マーブルはサイコキネシスによって岩を浮かべると、俺に向けて打ち出して来た。上に放ったのになんて速さだ。
俺は杖を構え、魔法の矢を放った。高速で放たれた矢は岩とぶつかり爆発、それを粉々に粉砕した。と、思ったが、煙の中から再び岩が姿を現した。
「あ? ちょっと待――」
顔面、肩、脇腹に岩が激突。衝撃が俺の体内を駆け巡り、体勢がぐらりと揺らいだ。マジシャンによる飛行には高度な集中を必要とする。ヤバイ、と思った時にはすでに遅く、俺の体は重力に引かれて河原に落下した。
「ちょ、ちょっとー! 大丈夫なの、久留間ちゃん!」
「大丈夫ならこうやって地べた這いつくばってねえっての……!」
素早く立ち上がり、続けて放たれた岩を魔法の矢で防いだ。恐らく、あのオーラには物体を守る役目もあるのだろう。当たった時も滅茶苦茶痛かった。だが、このままやられっぱなしで終わってたまるか。片手でファイターROMを取り出し、交換する。
一度に操作出来る物体の数には限りがある。攻撃が途切れた隙を見計らいボタンを押し、ジョブチェンジ。0と1の風を浴びながら俺は駆け出した。1秒後、サイコキネシスによる攻撃が再開される。だがファイタのスピードならば避けることも出来る。
左右のステップで攻撃を避け、俺に向かってくる最低限の攻撃だけを剣と盾で防ぐ……そうしようとしたが、飛んで来た岩は俺に到達する前に砕けた。
「危なっかしいわね、久留間ちゃん! でも、あたしが守ってあげるわ!」
イーグルの両手にはいつの間にか銃が握られていた。粒子シューターと呼ばれる武装であり、微粒子を高速で射出することによって物体を破砕させる……らしい。原理としてはサンドブラスターに近いらしいが、よく分からない。
「サンキュー、イーグル。後は任せろ、こいつでーッ!」
右足をぐっと踏み込む。全身のバネを使い体を跳ね飛ばし、一瞬のうちにマーブルの懐に潜り込む。剣を振り払い化け物の胴体を両断、これで終わり――
しかし、金属音が響いた。剣は半ばで止められてしまった。
「なに……!? こいつに攻撃を防げるはずが――」
俺は化け物の体を見て、戦慄した。青銅色の腹当てがいつの間にか現れていた。マーブルの体表にはいつの間にか鎧がまとわりついていた。
「どういうこと!? いきなり体の組成を変化させるなんて、そんな……」
「そっちは見慣れてっから驚くほどのことじゃねえが、この力は……!」
マーブルは木の幹のように太い足を跳ね上げた。俺は盾を掲げてそれを防御、しかしあまりにも重い一撃を喰らい、後方にふっ飛ばされた。続けて放たれたサイコキネシス攻撃をステップで回避、マーブルと距離を取って着地した。
「どうにも厄介な力を持っているようね。対策はあるのかしら?」
「ないことはないけど、それよりもあいつ……青銅の鎧に、キネシス……」
「あら、知っているのかしら? あたしはあんなの見たことないけど……」
そりゃあ、ないだろう。あいつらが活動していたのは南方の寒村、彼らの活動圏内からも大きく離れている。何より、もうとっくの昔に死んだはずだ。
「あいつらの使っている力……サイコキネシスに青銅の巨人。
一度見たことがある、転移者が使っていたはずの力で……俺が殺した奴の力だ」
「なんですって? それじゃあ、あいつらは……」
死人の力を使う、まだら色の化け物。やはり、こいつらは転移者が現れたことと何か関係があるのか? 全身に鎧を纏わりつけた化け物がゆっくりと歩く。
「オ、オオォォォォォッ……この、痛み! この、苦しみ! この、恨みィ!」
マーブルが叫ぶ。あれは、転移者たちの怨念が形を作ったものなのか?




