01-王都行き片道2泊3日
しっかりと整備された歩道を馬車が走る。カラカラと音が鳴り、ガタガタと馬車が揺れる。シオンさんとリニアさんは慣れたものだが、俺は酔いそうだ。
「気分が悪そうですね、久留間さん。どこかで止めた方がよろしいですか?」
「お気になさらず。今日の昼までには着かなければいけないんでしょう?」
「しかし、教会で吐いたらそれはそれで問題だぞ。
転移者には寛容さを示しているとはいえ、なあ?
神の御前を汚したら、袋叩きが待っているかも知れん」
勘弁してくれ。外の景色を見て、心を落ち着けようと試みる。ゆったりと流れて行く緑、青い空、白い雲、眩いばかりの太陽。田舎にでも来たような安心感がある。
「ところで、リニアさんも教会の神官なんですよね?」
「神官と言っても、聖句を諳んじることは出来んがな。
キミたちと同じ武装神官、すなわち名目上の神官というだけさ。
だからそんなにかしこまられても困る、楽にしてくれ」
そう言ってリニアさんは笑った。
ただ、その笑顔には少し影がある気がした。
「そう言えば……聞いてなかったですけど、教会は何で転移者の保護を?」
「何だ、知らないのか? はあ、さては己の加護に目覚めていないのだな?」
我が意を得たり、と言う感じでリニアさんは言った。
面倒なので訂正はしない。
「まあ、そんなところです。俺たちってそんな貴重な存在なんですか?」
「うむ、転移者は加護と呼ばれる大いなる力を持っているのだ。
加護の力は人間の力を大きく上回ることが多い。
だから教会も面倒事を避けたがるのだ」
俺にはついていなかったが。
あの女神、今度会った時どうしてくれようか。
「はぁー……リニアさんほどの手練れを擁する教会がねえ」
「うむ、大抵は魔法よりも簡単に、そして直感的に使うことが出来る力だ」
「魔法? この世界には魔法なんてものが本当にあるんですか?」
思わず驚いてしまう。多分、これもこの世界では常識レベルの話なのだろう。外でこんなことをしていたら赤っ恥を掻くところだった、勉強を途中で切り上げて来たツケだな。
「魔素を手に入れた人間は、己の力を燃料として力を発現出来るようになる。
それは論理的で、直観的で、酷く精神力を消耗する技なのだ。
だから誰にでも扱えるわけではない」
そう言って、リニアさんは目の前で印を切った。虚空に象形文字のような物を描くとそれが白く輝き、立体感と質感を持った魔法陣へと変わった。その中心で炎が燃える。
「本当はもっと簡便な略式術式を使うが、分かりやすいようにこうやって見た。
学者連中は『燃える』と言う事象を魔素によって再現していると言っていた。
何が言いたいのかはよく分からんが、つまり体系立っているということだ。
適当に式を描いたのではこうはならん。勉強、鍛錬、才能が必要なのだ」
どこか誇るようにして彼女は言う。
ただ、それも少しのことですぐに表情が曇った。
「だが魔法の力では加護の力には敵わない。
キミたちはそれだけの力を持っている」
「そんなにですか。でも正直、そこまで出来るとは思えない……」
「出来るのだ。6年前から異世界人たちの集団転移、いわゆる大跳躍が始まった。
私の家族はその現場に居合わせて―そして騎士団ごと消えてしまった」
はっきりとした憎しみに、俺は思わずたじろぐ。
「西の方では、その頃小競り合いが続いていた。
どちらも疲弊し、厭戦気分が蔓延していたそうだ。
家に帰れないことはあっても、死ぬことはないというのが大方の予想だった。
だが、異世界人は両軍に矛を向け、そして両軍を殲滅したのだ……!」
それほどまで強大な力を持つ転移者がいるとは。しかも、それは訓練もなく自在に力を操ったということだ。いったい何者なんだ、そいつは。
「全身黒づくめ、白い襟詰めの男に心当たりはあるか?」
俺は首を横に振った。詰襟と言うことは学ランだろうが、俺たちの学校の指定制服はブレザーだ。リニアさんは落胆したように息を吐いたが、予想していたようでもあった。
「家族の名誉を汚した転移者を見つけ出し、倒さなければならないんだ。
もし何か分かったら教えて欲しい、どんな些細なことでもいいんだ……!」
切実だった。だが、もし知っていたとしても知らせていいものかと迷う。それだけの力を持つ転移者に、果たして彼女は勝つことができるのだろうか?
と、その時。俺は刺すような殺気を感じた。
すぐさま立ち上がる。
「殺気を感じることが出来るか。
こちらに来たての転移者にしては上々だな!」
リニアさんは入り口から馬車の外に飛んだ。俺は御者台の方に近付き、これまで御者をしてくれていたアルフさんの襟首を掴んで引いた。放たれた影の矢が彼の鼻先を掠る。馬が悲鳴を上げ、暴れ出すのをアルフさんは必死になって止めようとした。俺は馬車の外に飛び出し、周囲を見た。影の戦士、それも弓を持った者がいた。
「遠距離戦か。遠くからなら俺を殺せると思ったか?」
ROMのボタンを押しベルトを顕現させ、スロットに挿入。
「レッツ・プレイ。変身!」
0と1の光が俺を包み込み、ファンタズムへと変える。続けて放たれた矢を掴み、投げ返した。影の兵士はそれを見事な側転で避ける。一定の距離を保ったまま戦っている。
(……何だか妙な動きだな。まるで何かを狙っているような……)
馬車の方をちらりと見る。リニアさんは長短二刀流で影の兵士からの射撃を的確に捌いている。あちらも似たような状況らしい、ダークは距離を保ったまま弓を放っている。あの距離なら弾き切れないこともないようだが、攻め手に掛ける。魔法を使い火炎弾を放ち、射撃戦を演じているが決定打はいずれも打てていない。
「何かおかしなことを考えているみたいだな。なら、こいつの出番だ!」
相手が姦計を使おうとしているなら、真正面から打ち破る。俺はホルスターから緑色のラベルが貼られたROMを取り出し、ベルトに挿入したファンタズムROMと交換した。そしてボタンを押す、軽快なラップミュージックが流れ出す。
俺の体を再び0と1の奔流が包み込んだ。ピンポイントアーマーは消滅、ファンタズムの鎧は完全な服と化した。鎧の原形を残すのはガントレットとグリーブのみ。ヘルムのこめかみ辺りに羽根飾りが現れ、更に手元にはボウガンが現れる。トリガーガードに指を突っ込み、クルクルと回して手応えを確かめる。変身完了。
ファンタズム、ジョブ:シーフ。ここに顕現。