04-アフター5の饐えた臭い
「これがねぇー、僕の初仕事だったんですよォー!
それが何で、こんな……ウワァーッ、有り得ない!
なんでこんなことになっちゃうんですか!」
ムルタはワインを煽った。これで10杯目だ、もともと酒には強くないのだろう。顔は真っ赤に染まっており、目は据わっている。多良木も対応に困った。ちなみにアルグラナ王国ではワインは水と同様、誰でも飲むことができる。なので何の問題も発生しない。
「うんうん、困ったなぁ。飲むだけ飲んで、忘れちまえ。
ヤなことなんてさ」
なので、酔い潰して寝かせる作戦を取ることにした。お前が落ちるまであと5杯か? 10杯か? いつまでも付き合うぜ、俺たち一滴も酒飲んでないし。
「……へー、ムルタくんって学生さんなのか。それでも、仕事を?」
「そーなんレすよ。シェーかくに言えば、アカデミーの、学シェーですけど」
学園の学生、か。この世界でも教育機関があるのは驚きだが、聞いたことがある気がする。貴族の子弟は自前の教育を行うことができるが、平民はそうもいかない。だから教会が運営する教育機関が存在するのだ、と。
もっとも、読み書き算盤程度ならともかく本格的な研究者として活躍するためには厳しい試験が待っているという。それこそ、貴族のそれに勝るとも劣らぬ程度の知識量が必要となるそうだ。学生になった後も試験に試験、また試験で遊ぶ暇すらもないという。こんな見た目だが、結構優秀なのかもしれない。少なくとも俺よりは優秀そうだ。
「アー……僕どうなっちゃうんだろうなぁ……
転移者も死んじゃったし、教授もいなくなっちゃったし……
ウフフ。発起人の僕は、当然処分……除籍……アッハッハ」
暗黒未来図が絶えず彼の頭の中では展開されているようだ。聞いているだけでいたたまれなくなって来る。と、思ったらいつの間にか静かになっていた。14杯目に口をつけたところで酔っ払い、眠ってしまったようだ。俺と多良木は胸を撫で下ろした。
「気の毒だな、ムルタくん。だからって何が出来るわけでもないけど……」
「力強く生きてくれることを願うばかりだな。俺はこいつを連れて行く」
多良木はムルタくんを抱えて立ち上がった。まるで親と子のようだな。
「こいつを連れて行って、寝る。お前はどうするんだ、久留間?」
「もうちょっとグダグダやってから寝るよ。おやすみ、また明日」
多良木はお休みとだけ言って部屋に戻って行った。俺はカウンターに移動する。ムルタじゃないが、ちょっと飲みたい気分なのだ。軽い酒を頼んでみる。口に含み、味を確かめる。美味いともマズいとも言えない、苦みが強いように思える液体を。
「……酒が美味いって言うのは、どういうことなんでしょ。よく分からん」
「兄さん、初めて飲むのかい? だったら美味いマズいは分からねえさ」
マスターが俺の独り言に反応して言った。すでに夜遅く、客はほとんどはけている。だから俺の暇つぶしに付き合ってくれようなんて奇特なことを考えたんだろう。
「見たところ、兄さんはまだ若そうだ。人生の酸いも甘いも知らないだろう?
結局のところ、人間は知っていることしか知らないし判断出来ないんだ。
色々なものを味わい、色々なものを知れば酒の美味さも分かるようになるさ」
「……そういうもんなんすかねえ、酒ってのは」
あるいは、それは人生にも言えるのかもしれない。この世界に来て度々、他の人との違いに驚かれたり、戸惑われたりすることがある。それは俺自身の問題だ。
それはこの酒と同じように、俺が他人と言うものを理解していないからではないだろうか? 他の人と関わることが好きではなかった。どうして戦いを始めたのかと言われれば、世界を救うためだとかそういうのではなく、戦いが好きだったからだ。
人と言うのは人を殺すのが気持ちの悪いことらしい。人と言うのは見知った人間には手を出し辛いものらしい。人と言うのは理屈だけでは納得出来ないことがあるらしい。そんな当たり前のことを、俺は実感して学ばなければ知ることが出来ないのだ。
「そういうもんさ。さあ、アンタも早く寝な。明日早いんじゃないのか?」
最後の一杯だ、と言ってマスターはカップを置いた。体よく追い出されているだけだな、と思って口をつけたら滅茶苦茶美味い。さっきの物とは比べ物にならない。ほのかに香る果実の匂い、口の中で弾けるようなうま味、アルコールの心地よさ。
「どうだい、知っているのと知っていないのとじゃ全然違うだろ?」
まったくだ。御見それしました、マスター。
翌日。昨日のことをすっかり忘れていたムルタは、けろりとした様子で起きて来た。反対に多良木は滅茶苦茶機嫌が悪そうだ、酔っぱらったムルタに、その、モノを吐きかけられたらしい。相手が覚えていないので怒るに怒れない、ナムサン。
「アカデミーに戻って、色々やってみます。
ここから持ち帰った物も、きっと使えるはずですから。
多良木さん、久留間さん。ほんとうにありがとうございます」
「……気ィ付けて帰れや。家に着くまでが、旅だからな」
それでも、素直なムルタの態度を見て彼の態度も少し軟化している。『ハイ!』と元気よく答える少年を見て、多良木は薄く笑みを浮かべた。ムルタは乗合馬車に乗り込み、王都を目指して旅立った。彼の旅路に幸在らんことを。俺は祈るしか出来ない。
「さーて、多良木。それじゃあ、俺たちも帰るとするか。みんな心配してるだろ」
「どうだろうな。まあ、あの村が懐かしくなったってことだけは確かだからな。
さっさと帰って、飯食って、寝よう。それでこの仕事は全部おしまいだ」
多良木はふっと微笑み歩き出した。バルオラ村までの道は歩き、だがそれでいい。色々なことを整理するために時間が欲しいし、何よりこの青空が俺たちは好きなのだ。




