03-お前たちより弱いと誰が決めた?
緊急事態を察知した騎士たちが室内に入り込む。しかし、開かれた扉から雪崩の如く脱出する貴族たちによって行動を阻まれていた。橡は光の獣を出現させようと手を振るう、それをハルの魔法が妨害した。水の化け物は相変わらず俺の腕を押し潰さんばかりの勢いで絡め取る。シャドウハンターと襲撃者、苫屋春香と対峙する。
「警戒しといて正解だったみたいだなァーッ……! やっぱりこういうのが!」
シャドウハンターを呼び出し、待機してもらっていた。俺からの呼び出しを、あいつは大変渋った。しかしシオンさんが頼んで、ようやくOKを貰えた。彼は7つ道具の一つ、電磁光学迷彩を使って音もなくドラコさんの傍に忍び、彼を守ったのだ。
「私を守ったか、影の者よ。しかし、不遜であるな」
シャドウハンターは視線をドラコさんの方に向けた。油断ならぬ使い手であるシャドウハンターを前にしても、ドラコさんはその自信を崩さない。
「剣を。不届きものを成敗するのは、私を置いて他ならない」
「残念ながら貴様を守るのが私の仕事だ。引っ込んでいろ、王よ」
シャドウハンターもまた余裕を崩さない。ドラコさんは苦笑した。
「どっちだって構わないよ。いずれにしろ、お前たちは死ぬんだから!」
スゥッ、と苫屋が息を吸った。そしてそのすべてを超音波として放出した。ガラスが割れ、机が震える。一番近くにいたシャドウハンターは音声減衰器を作動させ衝撃を軽減。俺とハルは直撃を喰らってしまう。視界が揺らぐ、その隙に橡が、水の怪物が動いた。顔面を狙って突き出された刺突は避けられたが、召喚は止められなくなった。人のあらかたはけた部屋に、光の獣が出現した。
「ッ……! ハル、こいつ退けてくれぇっ!」
俺は叫んだ。ギリギリと万力の如く締め付けて来る化け物の力に耐えているが、そろそろキツい。ハルは印を描き、いくつもの火球を俺の腕に放った。水の上で炎が炸裂し、ジュウジュウと沸騰する音が聞こえた。女の悲鳴も。
「ッッッ……! よくもやってくれたじゃないか、この!」
水の化け物は俺から離れ、少し離れた位置に水たまりを作った。それだけではない、周辺から同じような半透明の水が溢れ出し、そこに集まった。
「キミは……えーっと、そう。安仁屋さんか!」
水の化け物は女性の形を取った。ボブカットが印象的な大人しそうな少女、安仁屋亮子の姿を。クラスでは図書委員を務めていた、見た目通りの文学少女だったはずだ。間違ってもこんな荒っぽい言葉を吐くような子じゃなかったが。
超音波で周囲を牽制した苫屋さんが動く。彼女は左の剣でシャドウハンターが苦し紛れに放った薙ぎをかち上げ、右の剣で胸を突いた。火花が舞い、シャドウハンターが壁側に吹っ飛んで行く。細い体をしているくせに、なんて膂力だ。剣がクルクルと空中を舞い、シャンデリアの光を反射し幻想的に煌めく。だが、真の驚きはそこからだった。
シャドウハンターを下した苫屋さんは、ドラコさんに向かって行った。彼はたじろぐ素振りすらも見せない、反応出来ていないのか? そう思ったが、違った。
ドラコさんは右手を天に掲げた。直刀の柄は彼の手に吸い込まれるように落ちる。彼はそれを振るい、苫屋さんが振るった剣をあっさりと弾き返した。そして驚愕の表情を浮かべる苫屋の胸に鋭いサイドキックを打ち込む。今度は苫屋が吹き飛ばされる番だった。
「なっ……!? バカな、どうしてこんな……どういうことだ!?」
苫屋さんは狼狽した。転移者の優位を信じて疑わぬ少女は、自分がこの世界の人間に打ち倒されたという現実が理解出来ない。ドラコさんは険しい表情のまま一歩進んだ。
「この世界は転移者に蹂躙されてきた。
神代の時代、ファーストコンタクト、オーバーライド……
多くの人命が失われ、多くの未来が奪われてきた。二度とはさせぬ」
遠く離れていた橡も安仁屋さんも、彼の発する鋭い闘気に驚いた。その隙を突き、俺はファンタズムROMを取り出しセット。ベルトのボタンを押した。
「レッツ・プレイ。変身!」
0と1の風が吹き、俺の体がファンタズムのそれに変換される。こちらの動きに気付いた安仁屋さんが、水を固めて打ち出してくる。それを拳で打ち払った。
「悪いがもう負けない。大人しくしておいてくれると助かるんだけどな」
「ッ……! 舐めるな! 私は、無敵の、与えられし者なんだ!」
壁を蹴り、三角跳びの要領で3体の獣が俺に向かって飛びかかる。後方でハルが印を刻み、火炎弾、雷撃、疾風の刃を繰り出した。獣は燃え尽き、感電死し、バラバラに切り刻まれた。ハルは苦も無く次の魔法印を刻み、後方の安仁屋さんと橡を襲った。
「手数の多さで負けてやる気はないぞ、橡」
「魔法が使えるのか、ハルさんは。
なるほど、それがキミに与えられた力か」
橡の前に安仁屋さんが立つ。風の刃が彼女を切り刻む、俺の拳が彼女を打つ。しかし彼女は風の斬撃をものともせず、打撃の衝撃を水のボディで完全に散らした。
「無駄だッ、私の『流麗体』は、力で倒せはしない!」
彼女は水の体で俺に絡み付いて来た。
生身ならとても嬉しかったが、これは。
ドラコさんの方を見る。彼は牽制を仕掛ける光の獣をあっさりと切り伏せ、その陰に隠れて近付いて来た苫屋さんの斬撃を鍔で防ぐ。死角から回り込んできた刃さえも首をひねって回避、腰の回転を加えた掌打を鳩尾に叩き込んだ。
「があっ……!?」
床に倒れた苫屋さんを、シャドウハンターの単分子ネットが拘束する。
「動くな。細切れになりたいのならば、話は別だがな」
動いたところにネットが食い込み、赤黒い血が流れる。ハッタリでもなんでもない、あれを喰らった時は俺もやばかったな。おっと、現実逃避をしている場合ではない。
「参ったな、これは予想外だ。ここまであっさりやられるなんて」
「くっ……だったらせめて、こいつだけでも殺す!」
絡みつく力を徐々に強める。
水圧に押され、ファンタズムのボディが軋む。
「彼を殺したら戻ってきたまえ。
この作戦は失敗だ、次を考えなければな」
橡は懐から呪物を取り出した。彼の姿が掻き消える、テレポートか。色々カッコいいことを言いながら逃げ遂せるとは。あの男、結構頭がキレるんじゃないのか?
「仕方ねえなあ、これは。ハル、ちょっと出て来るわ。後頼んだ」
ハルが返答するよりも先に俺は走る。関節部はまだ拘束されていない、まだ走れる。俺は割れたガラスから飛び出し、裏庭へとダイブした。




