03-王となる者
油断ならぬ男、ドラコ=アルグラナの入場とともに会談は始まった。少なくとも、表面上は穏やかなものだ。官僚然としたオルクスは時折眼鏡の位置を直し、プレイボーイナーシェスはこの会合自体にあまり関心がなさそうだ。サディスト女のローズマリーも、さすがに鎖から手を離した。レニアとファルナは借りてきた猫のように大人しくしている。
挨拶や近況報告と言った、牽制的な内容から話は始まった。何故牽制と判断できるか、それは彼らの間に漂う、なんとも言えないピリピリとした空気に由来する。
「そっか、織田くんがこっちにいる転移者のうち一人ってわけか」
発言権のない共回りたちは部屋の片隅で大人しくしていることになった。オルクスさんとナーシェスさんの護衛は不愛想で、挨拶すらしなかった。
「ちょうど1年前にお嬢様の屋敷の前に転移したんだ。
それで、蹴られて……」
ビビっと来ちまったってわけだ。言わなくてもいい、その幸せそうな顔ですべてが分かる。俺には理解出来ない性癖だが、確かにローズマリーの足はすらりと長く綺麗だ。あれが好きな人なら、確かにビビっと来てしまうのだろう。
「それでハルとも会って、正式にお嬢様の下に入ることにしたんだ。
ギルドで冒険っていうのも楽しそうだけど、やっぱり僕には性に合わないから」
ギルド、彼は武装神官協会のことをそういう。ファンタジーRPGなんかに出て来る冒険者ギルドと役割が似通っているから、だそうだ。確かに人々から依頼を受け、金銭と引き換えに仕事を請けるという面では似ている。教会の後ろ盾と言う違いはあるが。
「他の人とも会ってるのか? 織田くんみたいな境遇の人、多いんだろ?」
「うん。王国転移者サロンってのがあってさ、たまにみんなで集まることにしてる」
そんなのがあるのか。まあ、移民者のコミュニティみたいなものか。こちらの世界に適合したって、なんだかんだ言って元の世界を知る人間と一緒にいたいもんだろうし。俺たちが話に花を咲かせているのと同じように、彼らもようやく本題に入り始めた。
「単刀直入に話をしよう。この中のうち、誰が王になるかという話だ」
誰もが手を上げる、と思っていたが予想に反して沈黙が彼らを包み込む。
「こういうのって、王様になりたい人が集まるもんじゃないのか?」
「世襲だしな。それにアルグラナ王国国王になるのは決していいことじゃない。
この国を実質的に支配しているのは、七天神教とその傘下に属するものだ」
王になると、その辺から頭を押さえつけられることになるわけか。国民のほとんどが神教に帰依しているとなると、それらを無視した政策を実行することは当然出来ない。神教が信徒たちの力をバックに、政治に口を出してくることだってあるだろう。それらを捌き、あるいは妥協し、国家を運営するのは並大抵の労力ではないだろう。
「誰も王になりたくない、ババ抜きみたいな継承会議ってことか」
こんな雰囲気で次の王を選ばれては、前王だって浮かばれないだろう。
「正確に言うと、1位にはなりたくない。だがみんな2位にはなりたい」
「あー、王に面倒事を全部任せてうまい汁吸うにはそれがいいだろうなー」
俺たちの手前勝手な感想を彼らも聞いているのだろう、時折耳がピクリと動く。しかし表向きはそれに反応しないようにして、彼らは淡々と話を進めた。
「この中に王になりたい、と言う人間はいないようなので最初に言っておく」
口火を切ったのは最期に来た男、ドラコだった。
「アルグラナ王国は私が継承する。異論はないかな、お前たち?」
にわかに彼らはざわめいた。彼らにしてみれば、自分から王になりたいなんて奇特な人間はそもそも想定外だったのだろう。オルクスが遠慮がちに口を開いた。
「確かに長兄であるあなたが王位を継承するのが筋というものだ。
しかし、王国議会はあなたを推してはいません。彼らは反発するでしょう」
オルクスは眼鏡の弦を押した。へー、議会があるのか。
「いわゆる貴族院だな。王が臥せりがちになった20年前に設立されたそうだ。
王の負担を減らし、臣民に対して利益を提供すると嘯いている連中だ。
まあ、その本当の目的が地元への利益供与にあることは分かるだろう?」
「いわゆる族議員とか、そういう奴らね。こっちでもいるんだなぁ……」
しかし、年嵩はそれなりで威厳があり、ルックスはイケメンで喋りもしっかりしている。きっと頭もいいのだろう。そんなドラコさんを差し置いて、議会はいったい誰を支持しているというのだろうか? 正直他の3人が王になった場面が思い浮かばない。
「王国議会はファルナを推している。
それを跳ね除ける労力は並大抵ではない」
思わず吹き出しそうになった。ファルナを? なんで?
「……ああ、そうか傀儡政治ってやつね」
「せめて摂関政治と言え。意味としてはそう変わらないんだろうがな」
下につく者からしたら、王というのは愚かで大人しい方がいい。自分たちの邪魔をされることもないし、いざとなったら切り捨てることだって出来るからだ。真の悪と言うのは決して自分は矢面に立たない。次元帝国の皇帝もそんな感じだったな。
「議会に関しては私が押さえよう。
すでに七天教会からの支持も得ている」
ここに来る前に根回しを完了させておいた、と言うことか。如何にこの国官僚であっても、七天神教に逆らうことなど出来ない。上の方から攻める、それが基本なのだろう。ドラコさんはファルナに目線を合わせて、ゆっくりと話し始めた。
「もちろん、キミに王になる意思があるというのならば話は別だが……」
「ドラコ義兄様、そのようなことはたとえお戯れでも――」
「この子には王になる資格がある。
如何な考えかは分からない、だが父が望んだのだ」
子を守るために抗議しようとするシオンさんを、ドラコさんは制して続けた。
「キミの意志を聞かせて欲しい。
どのような事態になっても、私はキミをあらゆる残酷さから守ると誓おう。
私にとっても、キミは血を分けた弟の息子なのだから」
その言葉に、ローズマリーさんが反応した気がした。が、すぐに表情を元に戻す。ファルナは少しだけ迷って、そして意を決したように言った。
「……僕、私は、王になどなりたくはありません」
はっきりとした否定の言葉。
ドラコさんは慈悲深くニコリと微笑んだ。
「この国を議会の者どもの好きになどはさせん。それが私の目指す道だ」
ドラコさんは力強く立ち上がり、そして天を突くように拳を振り上げた。
「ドラコ=アルグラナは王となる。そのために、お前たちの力が必要だ」
「ま、兄さんが面倒なことを引き受けてくれるってんなら文句はないさ」
最初に立ち上がったのはナーシェスさんだった。如何にも飄々とした、悪く言えば勝手な感じに見えるが、果たして。オルクスさんも観念したように息を吐いた。
「……兄さんがそういうのならば、僕には止められません。そうですね?」
そう言ってローズマリーさんを見た。
何となく、そこには確執が感じられる。
「勝手にすればいいのではなくて?
どうせ私には縁のないこと……行くわよ!」
吐き捨てるように言って立ち上がり、床に置いていた鎖を持ち上げた。織田くんは引っ張られながら部屋から退場していく。哀れに見えるが、嬉しそうだしいいか。
「やれやれ、マリーはいつまで経っても子供のようだ」
「アレでかわいいところもあるんだ、勘弁してやってくれよ。オル兄さん。
それで、ドラコ兄さん。協力ったって具体的に何をすればいいんだい?」
「我々が議会に働きかけるとしても、影響力は微々たるものだと思いますが」
「ナーシェスの持つ愛の深さも、オルクスの持つ勤勉さも、いずれも重要だ。
お前たちの力なくば、私は王になるどころか立つことすらままならぬだろう。
お前たちが頼りだ」
やはり策はあるらしい。
何やら忙しくなりそうだ、俺たち以外。




