03-王位継承者
結局、バルオラには戻らずシオンさんたちは王都に向かうことになった。継承会議まで時間がない、と言うことらしい。シオンさんは渋ったが、押し切られた。王命の力は死後においてもかなり有効なようだ。特に身内に対するものは。
「申し訳ありません、久留間さん。付き合わせるような形になってしまって」
「いえ、いいんです。みんなの安全を守るためですから、軽い軽い。なあ?」
「この件は、七天教会としても放置はしておけないでしょうからね」
ハルはクールに言い切り、馬車の外を眺めた。本来彼女がついてくる意味はないのだが、王位継承が絡むと何があるか分からない。もしかしたら、期間中にシオンさんたちを亡き者にしようなどと言う不届きな連中が現れるかも分からない。
それに、俺には漠然とした不安があった。王都では水田くんが死んだ、それも何者かに殺された。継承とは無関係だと思うが、万が一と言うこともある。
「しっかし、レニアとファルナが王家に連なる人間だったなんて……」
「聞かれなかったから答えなかったよ。面白かったでしょう?」
ファルナはニコニコと笑い、レニアは申し訳なさげに頭を下げた。
「王家の傍流とは言っても、本家との関係は断絶して久しかったですからね。
あなたもご存じだと思いますが、半ば駆け落ちに近い形で出ましたから。
ですからいまこうして、王位継承のために呼び出されることに驚いています」
シオンさんは珍しくため息を吐いた。彼女にとっても、このような王国行事は悩みの種なのだろう。彼女の苦しみを取り除いてやることは、残念ながら出来ない。
「それにしても、継承会議っていったいどんなことをやるんでしょうか?」
「さあ、分かりません。もちろん、非公開ですから。行ってみなければ……」
ま、そりゃ当たり前か。国の一大事なんだ、わざわざ公開するはずもない。そんな俺たちの話を無視して、背中の曲がった執事はどこか遠くを見ている。何を見ているのか、遥か遠くにあるアルグラナ王国か? それとも、すでにいない己の主だろうか。
馬車が王都の門を潜る頃には、少しばかり陽が傾いていた。守衛たちが俺たちの馬車を止めるが、オーディス老が身分証を取り出すとあっさりと解放された。馬車は繁華街を突っ切り、貴族街すらも抜けて、この街で2番目に高い建物へと向かった。
街全体が強固な外壁に囲まれ、堅牢な警備を誇る王都においても、なお王城の警備は厳重だった。10m以上は距離があるであろう深い堀、その奥には更に返しの付いた強固な城壁。城へと続く橋の入り口と出口には衛兵が詰めており、近付く人々を視線で威圧する。
これがアルグラナ王城。
王国の中心にして、俺たちの目的地。
「こちらでございます。
くれぐれも、勝手な行動をされないように願います」
オーディス老は俺のことをねめつけた。失礼な、最低限空気を読んだ行動くらいすることが出来るはずだ。多分。オーディス老、シオンさんとそれに並ぶハル、レニアとファルナの姉弟、最後に俺と言う順番で城に入っていった。
煉瓦のアーチを抜けて通路に入る、かなり広い。成人男性4人くらいなら楽々横に並ぶことが出来るだろう。左右の壁に掛けられたランプには煌々とした炎が灯る。せわしない気飼う人々の中には下男下女、騎士、あるいは学者然とした人や貴族など、さまざまな人種がいる。この多様性も、王都であるが故だろう。
城の本棟を抜け、中庭に。十字の通路の両脇には美しい庭園が築かれている。上から見れば何らかのシンボルを描いているのだろうが、下から見てもいいものだ。中心部には噴水があり、絶えることなく正常な水を吹き出させている。
「水に圧力をかけて噴出する、って単純な仕組みなのは分かってるんだが……
この世界にもあるんだな、噴水。俺、ここで初めて見た気がする……」
「条件が整っていなければ作ることが出来ないからな。それに技術もいるんだ。
非常時には飲料水にもなるから、城を作るなら必須と言えるだろうな」
その割にはノースティングの城にはなかったな。
ハリボテだからか。
噴水を通り抜け、城の北側へ。そこから更に渡り廊下を取って、城に併設された屋敷へと向かう。あれ一つでバルオラの屋敷と同じか、あるいはそれ以上の大きさを誇る。中に入ってみると、それは間違いだと分かった。こっちの方が遥かに金がかかっている。特に装飾品に掛けられている金は桁違いだ、彫金一つを見てもそれが分かる。
「失礼いたします。エラルド様をお連れいたしました」
オーディス老は恭しくノックし、扉を開き俺たちを部屋に招き入れた。サロンのようなもの、だろうか? 入ってすぐ目に付くのはマントルピース、その上に置かれた大小様々な小物。壁一面に備えられた書架と色とりどりの背表紙。
そして、先客。中心にある談話スペースには、すでに3人の男女が詰めていた。それぞれを守るための護衛らしきものもいる。いずれも劣らぬ兵……
「って、織田くんじゃねえか!
何やってんだよ、こんなところで!」
目の前に見知った人物が現れたので、思わず叫んでしまった。オーディス老が俺のことを鋭く睨む。叫ばれた方も大いに驚いていた。
「き、キミは久留間氏ではないか! よ、よもやこのようなところで……」
「ちょっと、うるさいわよ! あたしの耳元でキーキー騒がないでくれる!?」
織田くんが何かに首を引かれた。
鎖だ、彼の首には首輪と鎖がついている。
「グワーッ! 申し訳ありません、ローズマリーお嬢様!」
「うるさいと言っているでしょう、下郎! あたしに恥をかかせるつもり?」
もうすでに十分恥ずかしいです、とは言えなかった。これ以上織田くんが痛めつけられるのを見るのは忍びない……と思ったが、織田くんはとても嬉しそうだった。
「面食らっているようだね。まあ、彼も奇特な男だ。
大目に見てやってくれ」
その対面に座っていた男が口を開いた。如何にもプレイボーイ、と言った感じの男で、胸元をはだけさせ、逞しい胸板を露出させている。緩くウェーブのかかった長髪を掻き上げる、その姿さえサマになっているように見えた。愁いを帯びた目と甘いマスク、潤んだ唇。同じ男として、見ているだけでイライラしてくる奴だ。
「我が家系の恥晒し。
男を侍らせて悦に浸るような女が我が妹とはな」
その隣に座っていた男は、いっそ清々しいくらいに対照的だった。キッチリとジャケットを着こなし、手にはシルクの手袋。首元にはスカーフを撒いており、徹底して露出する部位を少なくしている。やり手の若手官僚、と言ったところだろうか?
「男を侍らせる? それは誰のことを言っているのかしら、兄さん?」
「その通りです。私如きがお嬢様にお相手していただくなどそのような」
「下らないことを言っているんじゃないわッ」
またローズマリーと呼ばれた女性は鎖を引いた。
織田くんは悦に入っている。
……俺が知る限り、織田正和という男はこんな人間ではなかったはずだ。オタク組に属する人間であり、クラスではあまり目立たないか、あるいは悪目立ちするかのどちらかだったはずだ。愉快で気のいい男で、友達として好きだったが、しかしまさかこんなことになっているとは。人は変わるものだ。
「……して、継承会議に参加する方々はこれでお揃いなのでしょうか?」
ハルも呆気にとられながら、何とか口を開いた。
プレイボーイが訂正する。
「まだ1人来ていない。あいつは時間を守るのが昔から苦手な性質でな……」
扉が開き、1人の男が入って来る。
共回りすらもつけていない、しかし。
(……強いな、この人。レオールさんより、きっと)
短く刈り上げられた金髪。右頬から額まで続く刀傷。筋肉質な体つき。どれもが恐ろしさを醸し出してもおかしくないのに、この男から発する気配はむしろ優し気だった。彼は非礼を詫びるように片手を上げ、そしてニコリを微笑んだ。
「遅れて申し訳ない。さて、それでは始めるとしようか?」




