03-王の資格を持つ者たち
ノースティング領と境界線上で起こった事態に関しては、一応の終結を見た。シオンさんは終始ノースティング側に対して道義的、精神的に優位に立った。その上で彼らの面目を守り、今後の禍根となりえるものを徹底的に潰して今回の同意を得た。
「有意義なお話をさせていただきました、ノースティング公」
帰る時まで余裕たっぷりだ。しかもその視線はバウラの爺さんではなく、本来の領主であるラウルさんに注がれている。バウラは当然面白くないが、口を出すわけにもいかないので黙っている。とことんまで、この人は強かなんだな。
「ノースティング、エラルド双方にとって良いものであると確信しています」
「今後もこのようなことは起こり得るでしょう。
その時もこうして、協力し合ってことを解決していければと思います。
それでは、これにて我々は失礼いたします」
シオンさん、レニア、ファルナは深々と頭を下げた。そして彼らを移送して来た馬車へと向かう。と、そこに掛けてくる影が一つあった。金色の髪の少女、ミーア。
「ファルナ様、もう行ってしまわれるのですか?」
「はい。僕たちは領域を犯しています、早々に立ち去らなければなりません」
ミーアは寂しげな表情をした。横暴な子供と言えど、道理が分からないわけではないらしい。涙声を出し、ファルナに別れを告げた。
「また、お会いできる日を楽しみにしていますわ。
私はいつでもお待ちしております」
「ありがとうございます、ミーア様。
僕もお目に書かれる日を楽しみにしています」
ファルナは事務的な口調で言って、馬車に乗り込んだ。
俺もそれに続く。
「態度の悪いクソガキだけど、いい子じゃないか。邪険にしてやるなよ」
「久留間、さん……! 声が、ちょっと大きいですよ」
レニアが俺の頭を叩き、黙るように促す。ファルナは視線を落した。
「そんなに悪い子じゃないことは知っています。
でも、ウマが合わないんだ」
生理的に無理、ってわけか。ご無体なことを言ってくれる。とはいえ、惚れた腫れたは当人にだけ理解することが出来るものだ。俺がどうこう言っても仕方あるまい。様々なことが起こったノースティング領を俺たちは去った。
ノースティングを旅立ってから2日、もうしばらくすればバルオラ村に着くであろう、というところまで俺たちは到着した。特に妨害も事件もなかったため、道中は平和極まるものだった。それがいい、と思いつつ、暇な分俺は色々なことに想像を巡らせた。レニアたちへのお仕置きはどういうものになるのか、とか。
あるいは、他の転移者のこと。あるいは、向こうの世界に残して来た人たちのこと。いまの生活に不満はない、だがせめて言葉を送ることが出来ればいいと思う。両親はきっと心配するだろう、心配しなくたって大丈夫だと伝えたかった。
バルオラとシウスとを結ぶ中間点にある宿場町に俺たちは入った。シウスの状況は相変わらずだった、ノースティングからの物資が届くまでにもまだ時間が掛かるからだ。何事もシミュレーションゲームのように命令を出しただけでは上手くいかない。
2階建ての宿場、その1階は食事処兼酒場のような場所になっていた。普通の貴族はこういうところを利用しないそうだが、シオンさんたちはその例外らしい。だからこういう、場末の宿場町めいたところでも躊躇いなく入って行く……のだが。
「……? 何だか、妙にざわめいてるっていうか……」
「ええ、ここまで落ち着かないのは久しぶりですよ。
何かあったのかな?」
酒場の中は騒がしいが、それでも何か妙な、大人しさのようなものがあった。まるで大声で話したいのに、両親に怒られるのを恐れて小声で話している子供のようだった。その異様さを、馬車を引いていたアルフさんも感じ取ったようだ。
シオンさんはそんなことは気にせず進んで行き、手早く宿の予約と飯の手配をする。時折ちらちらと彼女を見るような視線が向けられるが、シオンさんがそれに気付くと引っ込んでく。盗み見ている、という表現が正しい。
「お母様……なんだか、ここ怖い、です……」
「大丈夫ですよ、レニア。あなたを襲うような方はいませんから」
シオンさんはグズるレニアの頭を撫で、手近な席に着いた。
「でも、気になりますね。俺、何か聞いて来ましょうか?」
「気にしないで大丈夫ですよ、アルフさん。
知るべき情報は、その時になれば自然とこちらに来るものです。
それまでは待っていましょう、お茶でも飲んで」
慌てるアルフさんをなだめるために言ったのだろうが、結果的にはその言葉の通りになった。俺たちが飯を食い終えたくらいの時間に、宿のドアが開かれた。そこから入って来たのは白いローブを纏った少女、ハル。そしてもう一人は知らない男だ。
「ハル? お前、どうしてこんなところに……」
「シャドウハンターとやらからお前の位置を聞いた。
合流出来てよかったよ」
ハルはすっと身を引き、一緒に入ってきた男を前に出した。仕立てのいいジャケットを纏った男性は、しわがれた声で話し始めた。
「お久しぶりでございます、シオン様。レニア様。ファルナ様」
高齢の樹を思わせる節くれ立ち、皺だらけになった肌。落ち窪んだ眼窩から覗く眼光はどこか不気味にさえ見える。腰は殆ど90度に曲がっており、杖がなければ歩行すらも不可能であるように思える。白く縮れた髪を振り乱す姿は幽鬼のようだ。
「なぜこんなところにあなたが? オーディス老、城の仕事は……」
「国王陛下が崩御なさいました。あなたをお迎えに上がったのです」
水を打ったように、酒場が静かになった。国王が崩御、すなわち死んだということか。だから酒場の雰囲気はあれほどまでに乱れていたのだ。しかし、それと一体何の関係があるのだろう? 聞いたところによれば、シオンさんは平民の出だ。
「王家からは勘当された身です。もはや何の関わりもありません」
「国王陛下の御遺言によるものです。
『我が息子、娘、そのすべてに王位継承権を与える』とありました。
で、あるのならばあなた方にも継承権があると考えるべきです」
そう言って、オーディス老と呼ばれた人物はレニアとファルナに目を向けた。恐ろしい怪物にでも睨まれたように、2人は身を竦ませた。シオンさんが睨む。
「王位継承権、って……もしかして、シオンさんの旦那さんって……」
「そう言えば、お前は知らないことだったな。
特に説明もしていないし無理はない」
いや、ここまで来ればさすがに分かる。分かるが……
「シオンさんの夫、ナサニエルの旧姓はアルグラナと言う。
彼は、王国の王子だった」
つまり、この子たちは王家の血を引くってこと?
マジかよ。




