03-言うべきことは言って、やるべきことはやろう
ちょっとこの処遇は酷いんじゃないのかなぁ。
俺は馬車を見回し思った。
まず俺は所持品のほとんどを没収され、ゴツい手錠を掛けられている。まあ、これはいいだろう。ファルナも体格に合わない拘束具を付けられ、レニアに至っては全身を覆う拘束衣を着せられている。魔法使いが危険な存在とはいえ、これはやり過ぎだ。
「なあ、俺たちどこに連れて行かれんの?
楽しいとこならいいんだけど」
軽口を叩いたら無言で殴られた。
分かったよ、黙ってりゃいいんだろ?
「だ、大丈夫ですか久留間さん?」
「大丈夫、それよりキミたちの方が心配だよ。
これからどこに連れて行かれるのか」
大きなため息を吐いたが、殴られることはなかった。
よかった。
護送用の馬車が不整地を進んで行く。目的地に辿り着く頃には陽が昇っていた。山を一つ挟んでいるせいか、少しだけ肌寒い気がする。周囲の状況を詳細に確認する暇もなく、俺たちは馬車の外に蹴り出されてしまった。もうちょっと丁重に扱え。
「……オイオイ、なんだこりゃ。たまげたなぁ……」
俺たちの目の前に現れたのは、城だった。白い煉瓦で築き上げられた、無骨で機能的な城。分厚い壁の隅には見張り台が建てられており、そこから兵士たちが俺たちを弓で狙っていた。俺は背中を柄頭で殴られ、無理矢理に歩かされた。
「頼むよ、休んでないからクタクタ……
いや、分かった。分かったよ、もう」
俺のことを殴った兵士が光物をちらつかせてきた。まったく、冗談の通じない連中だ。それにしても、ここはどこなのだろう? 城があるということは領主の直轄地か?
「ここは……ノースティング公の城です」
「ノースティング公? ってことは、この領地の支配者か……!」
いきなりそんなところに連れて来られるとは思ってもみなかった。俺たちは鎖で引かれ、城の中へと連行された。古めかしいのは見た目だけでなく、ところどころ痛みが見て取れる。むしろ、補修の費用すらも捻出出来ていないのだろう。ところどころ露骨に崩れているようなところもあるが、補修されずに穴を隠すだけにとどめている場所もある。
(豊かに見えるけど、そんなことないんだな。
金がないのはどこも同じ……)
やたらと角度が急な階段をのぼり、2階へ。踊り場には巨大な絵が掛けられており、そこには1人の老人と1組の夫婦、そして子供がいた。この家の主か?
俺たちは吹き抜けの通路を抜け、大きめの扉の前へと誘われた。巨人の通行でも想定しているのか、と言いたくなるほどデカい。扉をノックすると『入れ』と低い声。俺たちに対しては尊大な態度を持っていた騎士が遠慮がちに扉を開いた。
「ふん、そ奴らが……ノースティング領に無断で立ち入った不埒者か」
一面赤いカーペットが敷かれた部屋。壁際にはこれ見よがしに置かれた重厚な本棚と、大量の書籍。壁際にはこれまた立派なマントルピースがあり、煌々とした炎が灯っている。その割に窓は少ない、暗殺を警戒しているのだろうか。
「エラルドのせがれか。オイ、お前。外してやれ」
その言葉を聞き、騎士はレニアとファルナに施した拘束を解除する。俺は?
「なぜ我らの領地に入って来た? 申し開きがあるのならば、聞くぞ」
「わ……私たちは、光の獣から逃れるためにこの地に足を踏み入れました」
「光の獣か。ノースティング領を荒らし回る連中がそちらにも現れたか」
老人はふん、と鼻を鳴らした。
威圧感があるというか、大人げないというか。
「しかし、我らの了解なくこの地に立ち入ったことは事実であろう?」
「それを言うならば、先に領域を侵犯したのはあなた方だと思いますが」
なので、つい口を開いてしまった。老人の顔が不快げに歪む。
「何だ、貴様は? 従者如きが口を開いていいとでも……」
「俺は教会武装神官、久留間武彦だ。何度も言わせんなよ、なあ?
あんた方のところに現れた獣がこっちにも表れて、迷惑してんだ。
しかも対応を誤って、自分とこの領民に逃げられるようなへまを犯してだ。
その尻拭いまでこっちがやってんだぞ?」
別にエラルドとして保護政策を行っているわけではないが。
「貴様、神官だろうが何だろうが……分を弁えろ、犯罪者!」
騎士が手錠についた鎖を引いてくる。いい加減これにもうんざりだ、俺のことを支配していると、まるで誇るようにやってくる。俺は引かれる力に逆らわずに上体を倒した。
女騎士の端正な顔が歪む。例え女だろうが、手加減はしない。肩口から全体重を掛けてタックルを仕掛け騎士を倒す。馬乗りになって、手錠の部分を顔面に叩き込んだ。鼻血を吹き出しながら女は気絶した。彼女が持っていた鎖を回収し、腕に巻き付ける。
「ついでに言うと、犯罪者扱いは極めて納得出来ない」
「狂犬が。ここがどこだか、お前はまだ理解していないようだ」
マズったかな。だが、ムカついたものは仕方がない。
「まあよい。貴様らの処遇がはっきりするまでは、大人しくしていてもらうぞ」
「すぐに後悔することになるぜ、どうしてこんなことをしてしまったんだって」
老人は俺たちをせせら笑う。そして、指を鳴らした。扉の向こう側から衛兵が入って来る、彼らは昏倒した騎士を見てギョッとしたが、主人の発する圧力には敵わなかった。俺たちを、先ほどよりはよっぽど丁重に先導し、移送する。
「なあ、俺たちはいったいどこに連れて行かれるんだ? これは酷いぞ」
「申し訳ありませんが、何分ピリピリしているものでして。ご理解下さい」
彼は本当に申し訳なさそうに言った。まあ、彼に言ったって仕方がないことだ。俺たちが1階に降りたのとほとんど同時に、正面の大きな扉が開いた。
「ただいま戻りました……おや、こんな自分にお客様が?」
入って来たのは仕立てのいいシャツとジャケット、それから蝶ネクタイをつけた男性だった。どこか浮世離れした感じを抱かせる。それは例えば色白な痩身であったり、疲れを感じさせながらも柔和な笑みを浮かべた顔であったり、綺麗に分けられた髪であったり。いいとこ育ちのお坊ちゃん、という感触がある。
「あら、あなたは……もしかして、ファルナ様ではございませんか?」
「あなたは、ミーナ様? お戻りになられたんですか、こちらの城に?」
「ええ、スノープスの寄宿学校もいいけど、やはり生まれ育った場所が一番!」
男の傍らから顔を出しながら、少女は快活に言った。カーラーがなければあの髪を作るのには大分苦労するだろう。もみあげ双方をクルクルに巻いた特徴的な髪型で、ドリルを思わせる。後ろ髪を団子状にまとめているので、髪の量は多いがもっさりはしていない。
身長はファルナやレニアよりもちょっと高いくらいだろうか。全体的な成熟具合から考えて、2人よりは年上なのだろう。ボディラインをすっぽりと隠すドレスがやけに様になっている。着慣れているのだろう、所作の数々も優雅だ。
「ファルナ、この方々は知り合いなのか?」
問いかけると、彼女は汚物を見るような冷たい目で俺を睨んだ。
「下民が私に口を利いていいと思っていらっしゃるの?」
「げっ……」
この世界に来てからは珍しい、ストレートな悪意に晒されて思わずたじろいでしまう。この野郎、もし子供じゃなかったらぶん殴ってるところだぞ。
「申し訳ありません。
私はラウル=ノースティング、こちらは娘のミーア=ノースティングです。
娘が失礼なことを言ってしまいましたね、申し訳ありません」
「ノースティング? と言うことは、領主様の御家族の方なんですか?」
「お父様、これに気を遣う必要はありませんわ。だって、罪人ですもの」
『クズ』の次は『これ』か。そろそろ堪忍袋が温まって来たぞ?
「父もご迷惑をおかけしたようですね。領主として申し訳が立ちません」
……領主? と言うことはあの爺さんではなく、こちらのラウルさんが領主なのか? あの爺さんは相当アレな人間だと思ったが、かといってラウルさんが領主向きかと言われれば首を傾げざるを得ない。全体的に弱々しく、領主と言うよりは学者とか先生と言った風情だ。これでは部下からナメられてしまうのではないだろうか?
「ノースティング全体が殺気立っているせいですね、申し訳ありません。
ご迷惑をおかけしますが、いましばらくそのままでお待ちいただければと」
「ノースティングが……それは例の、光の獣の仕業と言うことですか?」
ラウルさんは首を縦に振った。そんな大人の会話を無視して、ミーナと呼ばれた少女はファルナの手を取った。ファルナはどこか憂うような表情を浮かべた。
「こうしてお会い出来たのも何かの縁です、お茶にいたしませんか?」
「こらこら、ミーナ。もう遅い、もしするとしても明日にしなさい」
「お父様……分かりましたわ。それではファルナ様、また明日」
彼女はスカートの裾を掴み、優雅に一礼して去って行った。ちなみに、この間に俺には一瞥もくれていない。ファンタジーに出てくる『悪い貴族』のようだった。
「申し訳ありません、私の教育が行き届いていないせいであんな……」
「いえ、いいんです。そこまで頭に来たわけじゃありませんから」
あの爺さんの方がよっぽどだ。もしかしたらミーアの未来はあの爺さんのような悪徳貴族めいた……いや、そういう想像は止そう。現実になりそうだ。
「私よりも祖父に懐いていますから……それでは、また」
一礼し、ラウルさんも去って行った。味方……少なくとも、あの爺さんよりもよっぽどマシな人と知り合うことが出来たのは収穫だろう。俺たちは兵士に促されて、それなりに悪くない部屋にひとまとめにして押し込まれた。ベッドはクイーンサイズのものが一つしかなかったので、俺は部屋の隅で毛布をかぶって寝ることにした。




