03-獣の王
山に入った段階で、俺は変身した。シーフROMを取り出し再変身。このプロセスを省略してくれるだけで、使い勝手が大幅によくなるのだが。あの趣味人博士は俺の願いを断固として聞いてくれなかった。何だか少し懐かしくなってきた。
聴力を集中させ、レニアとファルナを探す。まだ遠くに行っていないはずだ。子供の足、精神力。この山を登ろうと考えるだけでも相当な労力だったろう。シーフの能力ならば、まだ追えないことはないはずだ。そして、俺の耳が不審な音を捉えた。それに従い切りたった山を進んで行くと、山頂近くの洞窟に入って行く赤と青の影が見えた。
「ったく、あのガキどもめ。どんなお仕置きをしてやりましょうか……」
岩に手をかけ跳躍しようとした。と、そこで俺は側方から音もなく近付いてくるものを捉える。鋭い爪を振りかざし近付いてくるそれを、俺は上体を沈めての45度対空キックで迎撃した。爪は空を切り、蹴りは獣の胴体を捉えた。蹴り足と言う支点を得て獣の体はてこの原理めいて回転。一回転して岩肌に叩きつけられ、砕けた。
「光の獣……俺を追い掛けて来た、ってわけじゃあなさそうだな」
ファズマシューターを取り出し、周囲を見回す。どうやら囲まれてしまっているようだ。恐らくはファルナとレニアを追い掛けているところで、偶然俺を発見したのだろう。獣めいた視線の中に、一抹の困惑が見えたような気がした。
「お前らがいたんじゃ、2人を安全に逃がすことが出来ねえからな……!」
手近な獣目掛けて光の矢を放つ。
それと同時に、光の獣が飛びかかって来た。
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ファルナはレニアの手を取り、薄暗く湿りぬめりを帯びた岩の上を進んで行く。その足取りはあまりにも拙く、熟練の戦士であればすぐにでも気付いただろう。それでも、2人にとってはこれが精一杯だった。精一杯気配を消し、奥へと向かう。
「村の人たちが言ってたね。
多分、この辺りからあの怪物はこっちに降りて来るんだ」
ファルナは腰に帯びた剣の重みにやや苦心しながら進んだ。実剣を持ったのはこれが初めてであり、レニアに至っては外に出たのはこれが初めてだ。
「うん。あの怪物を倒せばきっと、みんな喜んでくれるよね?」
「当たり前じゃないか、レニア。お母様だってきっと褒めてくれるよ」
それは愚かと言うには、あまりにも健気な感情だった。
2人は純粋に人の助けになりたいと思った。それと同じくらい、シオンに褒められたいと思っていた。エラルド領領主であるシオンが2人に割ける時間は、それほど多くはない。シオンは限られた時間の中でも精一杯愛情を注いできたが、しかしそれで満足出来ないのが子供と言うものだ。
2人は暗い洞窟の中を、ひたすら進んだ。どうして自分たちが襲われないのか、そんなことを考える余裕はなかった。目の前のことに集中し過ぎて、外での戦闘音にも気付いていない。
2人の視界に変化が訪れた。それは、開けた広場だった。鋭利な鍾乳石がいくつも垂れ下がり、その先端から水滴が滴った。そこにいたのは、数え切れないほど大量の獣。大小様々なそれらが、洞窟内を埋め尽くすほど大量にいたのだ。しかし、真に驚くべきはそんなところではない。
「よく来てくれたね。歓迎するよ、子供たち」
その最奥部に一人の男がいた。彼は紺色の衣服に身を包み、流れるような茶髪を掻き上げながら言った。甘いマスクに高く透き通るような声、こんな状況でなければ聞きほれてしまいそうだ。そして、相手が彼らのことに気付いてさえいなければ。
「キミたちがそこに隠れていることは分かっているよ、出て来なさい。
村から出てきたあたりで、ずっと見ていたんだ。獣は僕の目であり、耳なんだ。
別に出て来たって、取って食ったりなんてしないから安心してくれたまえ。
出ないなら強引な手を取ることになる」
彼の言葉に呼応するように、光る獣が立ち上がった。レニアとファルナは強い戦慄を覚え、慌てて岩の影から飛び出した。その男はクスリと笑い、獣を制した。
「可愛らしいお嬢さん方。ようこそ、僕の城へ。歓迎するよ」
「あなたは……いったい何者なんですか? どうしてこんなことを」
ファルナは問いかけ、レニアはファルナに縋りついた。
男は少し考えた。
「それほど深い意味はない。ただ、この辺りでやるのが都合がいいだけだ」
「何の理由もなく人を虐げているって言うんですか、あなたは……!」
ファルナは激高し、飛びかかりそうになった。それをレニアが悲鳴と共に止める。彼らの両サイドには光り輝く獣が待機しており、何かおかしな動きをしたら即座に攻撃を仕掛けて来るであろうことは明白だった。2人はそれを避けられない。
「別に何の意味もないってわけじゃない。混乱を生み出すには最適なんだ」
「混乱を……!? どういう意味だ!」
「アルグラナ王国は1人の王を頂いてはいるが、権力は彼に集中していない。
彼から任命を受けた諸侯の領主が己が領地……いや、国を管理している。
アルグラナ王国は1つの巨大な国じゃない、いくつもの国の連合なんだ。
極めて危ういバランスで成り立っている」
然り。中央集権国家が誕生する条件――広大な領地、生産能力、軍備、そしてそれらを維持するための金銭――をアルグラナ王国は備えていない。王国は諸侯の緩い連携と、その上に位置する七天教会の宗教的権威によって成り立っているのだ。
「だから僕はそのバランスを壊す。
手始めにノースティング領の住民をこちらの領土に誘導することにしたんだ。
当然、エラルド領としてはそれを許容出来ない。やや強硬な姿勢を取るだろう。
そうなると、どうなるか。どちらにも見捨てられた人々の憎しみがどうなるか。
いまではないだろう、だがいずれそれは爆発するんじゃないだろうか?」
ここだけでなく、もっと多くのところで同じことが起こったとしたら。
「初めは小さなさざ波かもしれない。けれども、それは段々大きくなるだろう。
住民たちは暴動を起こすかもしれない。そこで武力衝突があるかも知れない。
そこでたった1人でも死人が出れば……さざ波はうねりとなるだろう。
憎悪の奔流が世界を飲み込む」
それは、王国と言うものを崩すには十分な威力を持っているだろう。
「だからッ、どうしてそんなことをするんだよ! あなたは!」
「やってみたいからだ。憎悪がどういうものなのか見てみたい」
男の目には好奇が見えた。ファルナとレニアは、彼の言葉にウソがないということが分かった。彼は純粋な好奇心、ただそれだけでこんな大それたことをしているのだ。
「世界には憎悪が渦巻いているって言われたけど、よく分からなかったんだ。
見たことのないものを見てみたい、それはある意味で人間の本能じゃないか?
キミたちがまだ見ぬ景色を見るために、ここに来たのと同じようにね」
悪意。目の前の男が、果たして本当に同じ人間なのか2人には分からなくなった。男は『さて』と一息ついた。同時に、光り輝く獣が立ち上がった。
「キミたちを帰すつもりはない。一緒に来てもらおうか?」
「僕たちも……殺すんですか? ノースティングの人たちと同じように!」
「おんなじには殺さない。キミたちにはキミたちに相応しい死に方がある。
聞くところによるとキミたちは貴族の子供だって話じゃあないか?
そんな人間が、国境をまたいだところで死んだら騒ぎになると思わないか?
だから、そうさせてもらう」
獣の1体が飛びかかる。ファルナは剣を抜いた、タイミングは完璧だったが、しかし獣を倒すには威力不足。レニアは悲鳴を上げ、ファルナは目を閉じた。
その時、2人は風を切る音を聞いた。
光の獣の頭部が爆散するのを、2人は見られなかった。
奥にいた男は驚きの声を上げた。
「まさか、あの数を突破されるなんてね。視覚を切るべきじゃなかったか」
手元で銃弓、ファズマシューターをくるりと回転させながらそれは現れた。
「ったく、面倒かけてくれやがって。怪我はないな、ファルナ、レニア?」
エラルド領最強の戦士、ファンタズマと久留間武彦がそこにいた。




