03-いい子は時折無自覚に人を困らせる
シオンさん、レオールさんは町長との協議に入った。さすがにああいうところで俺が出来ることなんて一つもない。あったとしても彼らの方がもっと上手くやるだろう。結局、俺に出来ることはレニアやファルナの護衛くらいのものだ。
二人は驚くほど静かだ。光の獣の襲撃事態で怪我をした人はいないが、逃げる途中で転んだりはぐれたりして傷を負った人は少なくない。2人はシオンさんたちに守られて傷一つないが、しかし憔悴した様子だ。まあ、無理もないのだろうが。
「……何か僕たちに出来ることはないのかな、姉さん」
ファルナがポツリと言い、レニアは考え込むような動きをした。
「何を考えているのか知らないけど……やるなら人に相談してからだぞ」
一応、釘をさしておくことにする。
ファルナは困ったように呻いた。
「でも……もしかしたら、いやきっと反対される。だから……」
「反対されるのが分かってるってことは、自分でも無茶だと思ってるんだろ?」
今度は返事がなかった。彼らの考えていることはまあ、分からないでもない。テント村にいた人たちの中には幼い子供だっていた、自分たちの姿に重なったのだろう。そして、彼らが寒さに喘いでいるのにどうして自分たちはそうならないのだろうか、と言う罪悪感にも似たものを覚えているのかもしれない。結局のところ、優しい子供に過ぎない。
「いま大人が必死になって知恵を出してるんだ。それに頼ってみてもいい」
「でも、何も出来ないって判断したら? 誰も助けられないなんて、そんな」
「誰かを無限に助けられる人なんて、いない。
自分のところの領民を飢えさせてまで、他領の人間を助けるわけにはいかない。
シオンさんにはシオンさんの、彼らには彼らの事情があるんだよ。
どうしようもないって、割り切って考えることだって時には必要だ」
そこで割り切って考えられないから、子供なのだが。案の定、2人はそこで黙った。何か変なことをし出さないか、心配だな。そう思った時、扉が開いた。
「お待たせいたしました、久留間さん。
いい子にしていたかしら、2人とも」
ええ、いい子でしたとも。
いい子過ぎてちょっと心配になってきますけど。
「お母様、ここにいる人たちを助けることは出来るのですか?」
「教会を通じて、何か支援を行うことが出来ないか検討してみましょう。
ノースティングにも使者を送り、こちらの状態を伝えてもみます。
まずは一度屋敷に戻らないと」
それを聞いた2人の態度は、あからさまな不満に満ちていた。つまるところ、ここでは何も出来ない。いますぐ何をすることも出来ないということだからだ。
「小僧、今日は一晩休んでから戻るぞ。お前も早めに休んでおけ」
「私たちはまだ、お話することがございます。先に休んでいてください」
シオンさんたちは宛がわれたそれなりにいい家へと向かって行った。俺はと言うと、すぐにそこには戻らずテント村の方へと向かった。さすがにぺらっぺらのテントで生活しているだけあって、生活の場を再建するのは早かった。とは言っても、こちらに持ち込んだ器具や整備した飯炊き場の類は踏み潰されてしまったが。彼らの苦労が偲ばれる。
そこで俺は聞き込みを行った。あの光の獣について、出来るだけのことを知っておきたかったのだ。多くの人は迷惑そうに顔をしかめたが、一部の人は話に応じてくれた。
「私らは、ノースティングの山間でひっそり暮らしとった。平穏な場所じゃ」
「けど、あの化け物どもが現れ始めた。それに呼応するようにダークも現れた。
もう滅茶苦茶じゃ、兵士なんてもんはおらんし、ワシらに戦う力なんてない。
あんな連中を前にしたら、逃げ出すことしかワシらには出来んのじゃ。
村を捨てるのは……悲しいこった」
「あの化け物は山の洞窟を根城にしておる。
そしていつも、決まって夕暮れ時に現れては村々を襲って来よったんじゃ。
夜の闇、あるいは昼の明かりに紛れてワシらは逃げた」
総合すると、光の獣の拠点は山にある。日中、及び夜間は活動せず、夕暮れ時にだけ動く。そして彼らは『襲われた』が『食われ』はしなかった。つまり、あの光の獣は人肉を食するために襲撃を掛けて来ているのではない、ということだ。光の獣=加護によって作り出されたもの説が真実味を帯びて来た。少なくとも生物ではないのかもしれない。
もっとも、その辺りのことはすでに町長から聞いていたらしく、レオールさんにそのことを話したら笑われてしまったが。チクショウ、もっとよく調べりゃよかった。
大人しく床について、今日あったことを考える。境界線の向こう側から来たものを、どうすべきか。俺ならば放っておくか、あるいは排除する。特に悪意を持って『こちら側』に踏み込んで来るのならば。いまのところ彼らに悪意はなく、純粋な被害者であるということは分かっている。それでも、積極的に助ける理由にはならない。
(面倒なことは考えない方がいい。
人間すべてを助けようとすりゃ潰れるだけだ)
いい感じに疲労が蓄積していたのだろう、目を閉じてすぐに眠気が襲って来た。俺はそれに逆らわず、まどろみの海に意識を沈めていく……
慌ただしく扉が叩かれる。
うるせえな、いま何時だと思ってんだよ……
「小僧、寝ぼけてる暇はねえぞッ! お嬢様たちが消えちまったンだ!」
現状を理解するのに、たっぷり4秒かかった。
俺は跳ね起き扉を開ける。
「いなくなった、って。どっちがいなくなったんです!」
「レニア様とファルナ様、その両方だよ!
シオン様が部屋を尋ねられた時には、もういなくなっていやがった!
寝床には熱がねえ、いなくなってからかなり経ってる!」
空は白み始めている。かなり長い時間町長と協議を続けていたのだろう、それで発見が遅れた。この深夜帯、目撃者なんていないだろう。いや、行き先は……
「レオールさん、もしかして2人とも光の獣の話を聞いたんじゃないですか?」
「……まさか、お2人で獣を討伐しに行ったとでも言うのか!」
あの様子じゃビンゴだろう。2人は難民たちの現状について、かなりの責任を感じているようだった。そして、玄人はだしに腕も立つ。自分たちで解決しようなんて言う、無茶なことを考えたとしても不思議じゃない。まったく、これだからお子様ってやつは。
「俺は山に向かいます。レオールさん、村の方はお願いします」
「山に、この時間にか! いや、それしかねえが……ええい、気をつけろ!」
レオールさんはそれだけ言って駆け出した。安心して下さい、レオールさん。俺だって無策で山に登るほど馬鹿じゃない。一応、最悪の事態に備えて用意はしてあるんだ。後はあの気難しい相棒がどう動いてくれるか、と言うことだが……
動いてくれると信じよう。
俺は鋸刃めいた山に向けて走り出した。




