21-誰も彼も不安を抱えて生きている
石板を背負いながら歩くこと三日、俺はようやく王都に辿り着くことが出来た。またしてもあの化け物どもに襲われ、幾度となく戦いを強いられたからだ。
あれからロードROMを使うことはなかった、肉体への負荷があまりに強すぎるからだ。あの力は神との戦いに際しての切り札として取っておけばいいだろう。
(博士と交信が取れりゃあな……あの人もなんかの役に立つかも……)
何に使えるかは分からないし、俺に使えるかもよく分からないのだが。
「チィーッス、ただいま帰りましたー。疲れたから風呂と飯を……」
王城で転移者たちのたまり場になっている応接室へと俺は足を踏み入れた。が、入った瞬間空気の重さに気圧されてしまう。言うまでもないが、須藤兄妹と草薙たち西方生き残り組が同じ部屋にいるせいだ。どっちかが退けばいいのに。
「……久しぶりに帰ってきたら雰囲気最悪だったんですけど……」
「おお、帰って来たか武彦。それで、何か成果は上がったのかい?」
「何とかね。っていうかハル、お前この中でよくもまあそんな……」
「一触即発だが爆発するわけじゃない。まだマシだって思えばいいところだよ」
クールな物言いだ。きっと彼らがハルのことをちらちらと観察していることにも気付いているのだろう。それにしても、頭が痛くなって来るな。これは。
「これ、全部石板なんだ。取り扱いには注意しないといけない。崩れるかも」
「よくもそれだけの重量背負って来れたもんだな。教会に運べばいいだろう」
「あー、そうだな。でもそうだな、ハル。お前にも手伝ってほしかったから」
「素直にそんなこと思い付きもしませんでした、って言えよ」
やだよそんなの恥ずかしい。俺の気持ちを知ってか知らずか、ハルはため息を吐いて俺の脇をすり抜けて部屋から出た。こいつらをここに残しておいて大丈夫だろうか、と思ったが余計な時間を取られるわけにはいかない。何も起こらなければいいな、と内心で思いながらも俺はハルの後ろに着いて行った。
「それで、あれから王都はどうなんだ? 襲われたりしたのか?」
「たった一週間だ、もしそんなことがあったらいまも戦っているだろうさ。
敵の気配はいまのところない、だからと言って兵を下げるわけにもいかない。
彼らに与える食料や物資を考えると、下げないと立ち行かなくなるんだけどな。
ままならないものさ」
こっちの事情なんて、あいつらはまったく考慮してくれない。あいつらを倒すことが出来るか、それともこちらが干上がるのが先か。神との戦いは初めからこちらが不利になるよう設定されているようにさえ思える。絶望的な戦いだ。
「街の雰囲気は相変わらず最悪だよ。陛下の演説が効いている」
「やっぱり、あんなことがあったんだ。そのままとは行かねえんだよな……
っていうか、オルクスさんが次の王になったんだな。知らなかったよ」
「いつまでもトップを空席にしておくわけにはいかないだろうからな。
戴冠式さえない簡素なものだったが、権力はオルクス王に移譲された。
ただなぁ……」
そこから先は言い辛そうに口ごもり、結局口にしなかった。言いたいことは分かる、『誰がオルクスさんに着いて来るのか?』ということだろう。ドラコさんも強権的だったが、彼にはカリスマと実績の両方があった。大変失礼なことを言わせてもらえば、彼には人を従えるために必要なものに欠けているように思える。
(とは言っても、この国にゃ他に任せられそうな人がいないからな……)
彼にとっても不幸なことなのだ。分不相応なことを、しかも自分で自覚していることをやらされているのだから。ドラコさんを盛り立て、サポートする能力があるだけに本当に惜しいと思う。どうにかならないのだろうか?
(だからって教会や西方に権力を握らせるわけにはいかねえ。せめぎ合いだな。
神様に加えて腹の黒い人間とも遣り合わなきゃならないとは……)
こういう『人類退路なし』のピンチの時、人間ってのは普段のわだかまりなんて捨て去って協力出来るものじゃないのか? みんなで一致団結して脅威に立ち向かい打ち破り大団円、めでたしめでたしで終わるものじゃあないのか?
「お待ちしていました、ハルさん……ってうわぁ! 凄い荷物ですね!」
そんなことをぼんやりと考えている間に、俺は教会『天翅の塔』へと辿り着いていたようだ。かなりボーっとしていた、どうやったここに来たのかさえ覚えていないのだから。気を引き締めないといけないと思いつつ、無理だなとも思った。
「うわぁ、すごい状態いいですね。これが地下に眠っていたんですか!?」
「おうよ、苦労してここまで持ってきたんだ。頑張って見てくれよ」
「すごいなあ、これ。古代語だけど単純じゃない、暗号化されていて……」
「いや頼むからさあ、俺の言葉くらい聞いてくれてもいいんじゃないのか?」
スルーされるのはいつものことだ、別に悲しくなんてない。さて、翻訳作業に入るわけだが彼一人でやるのだろうか? ハルは入るにしても二人、ちょっとて数が足りないんじゃないだろうか。そう思っていると、応接室の扉が開いた。
「あ、先輩。お疲れ様です。結構数があるので、ご協力お願いします」
「ああ、なるほど。これだけの人数がいれば結構進みそうだなぁ」
もっとも、心の底からこれをやりたいと思っているわけではないようだが。後から入ってきた先輩たちの表情には露骨な嫌悪感というか、ともかく滅茶苦茶嫌そうな感じが浮かんでいる。恐らく王国からの指令でここに来たのだろう。
「んじゃ、私も作業に入る。武彦はどうする、一緒にやってみるか?」
「いや、遠慮しとく。俺がここにいても邪魔になるだけだろうからな」
「おやおや、久留間武彦もようやく自分と言うものが分かったようだね」
ハルはくすくすと笑いながら作業机に向かって行った。邪魔になる、それは俺の本心だ。俺は部屋から出て、広場へと向かった。
(分かってるさ、ハル。俺がこういう時に役に立たないってことくらいは)
俺はただの殺し屋に過ぎない。ここから先は、人の心を持った人の仕事だ。