21-奇怪生物たちのパレード
来たか。俺を監視していたのは間違いない、仲間を集めて来たのか?
と、思っていると遺跡全体が振動を始めた。もしかして、俺を生き埋めにしようとしているのか? 舐められたものだ、俺が押し潰されて死ぬとでも……
その時、遺跡の床が抜けた。
そして、キラリと輝く白い歯が見えた。
「うわぁっ!? そ、そりゃねえだろそりゃあ!?」
石板を抱えて跳び――滅茶苦茶重かった――間一髪で歯を避ける。落ちて来た瓦礫が歯の間に挟まり、粉砕される。俺が挟まれたら、と思うとぞっとする。
「……で、何なのお前? 新種のアリジゴクかなんか? どうでもいいけどさ」
ファンタズムROMを取り出し、セット。
0と1の風が吹き荒れる。
「邪魔されんのは好きじゃねえんだよ。レッツ・プレイ……変身」
ボタンを押し込みファンタズムへと変身。アリジゴクを迎撃しようとするが、崩落がより一層激しくなる。ここに留まるのは上策ではないだろう。
身を翻し階段を駆け上る。人間であった時はあれほど時間がかかったのに、変身すると不思議なほどスムーズに昇ることが出来る。数秒で階段を昇り終え、礼拝堂へ。そこで俺を待っていたのは、ダークともマーブルとも違う化け物だった。
「オイオイ、勘弁してくれよ。化け物の相手はあれだけで勘弁だぜ……!」
背中から翼の生えた鋭い鉤爪を備える人型、空を自由自在に跳ぶ鳥人の群れ、二足歩行で直立する武器を持ったトカゲ人間。いつの間にか礼拝堂を、まるで信者の如く埋め尽くしている。不思議なのはそれが生物と同じ質感を備えているということだ。これまでの化け物であれば有り得ないことだ。
(こんな生物があり得るのか!? それとも、やはり……)
キィン、という高い声が聞こえる。
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
知った声が。
「っそ、うぜえぞ幻聴! こんなとこでまで俺の邪魔してんじゃねえよ!」
頭を振るい走り出す。鋭い鉤爪を振るい襲い掛かって来る悪魔の如き人型――ガーゴイルと呼称しよう――と鳥人――こいつはハーピーだ――が急降下を仕掛けてくる。こいつらを相手にしていたのでは崩落に巻き込まれ殺されてしまう。
素早いステップで化け物どもを避け、天井の裂け目を目指す。地上で俺を待ち受けていたトカゲ人間――リザードマン――が石を切り磨いて作ったであろう粗末な剣を振りかぶって行く手を遮ろうとする。水平になぎ払われた剣をショートジャンプで避け、そこを足場にして再跳躍。トカゲどもを飛び越え走り続ける。
俺を追い掛けようとした化け物どもが瓦礫に押し潰され、悲鳴を上げて死ぬ。ザマアミロ、上方不注意だ。そう思って振り返り、俺は血の海を見た。
(リザードマンどもの血!? ってことは、あいつらマジで生き物なのか!)
ダークとも、マーブルともやはり違う。あれは魔素によって作り出された生物兵器だったが、こちらは生の生物である、そんなことを俺は直感的に思った。生き物をこんなにあっさり使い捨てるこいつらのボスとはいったい何だ?
俺は走り続けた。背後では化け物どもが次々崩落する遺跡に飲み込まれて死ぬ。相手が生きていると知ると罪悪感が湧いて来るような気がする……そんなものは振り切れ。俺は俺に言い聞かせ、スピードを落とさぬまま遺跡を後にした。
「……ハァッ、ハァッ。ったく、あいつら文明を何だと思ってやがる……」
ファンタズムの身体能力でも、ここを登るのはさすがにキツかった。とは言っても、どちらかと言えば精神的な動揺の方が大きいのだが。普段無力だと思っている動物が死ぬのを目の当たりにする方が、兵士を相手にするよりストレスフルだというのから不思議だ。つくづく俺の倫理観は歪んでいるんだなと確認させらる。
「欠けてる石板は……ねえよな。これなら、何とか使い物になるな」
とにかく一旦下に降りよう。あの蔓を使えば広場に降りられる、あそこなら周囲の状況も確認できるし、一息つけるだろう。いまはもう誰もいないであろう宿場に行くのもいいかもしれない。もしかしたら、布団にもありつけるかも。
日常のちょっとしたことに希望を見出し、俺は蔓草を探した。幸い、昇る時に浸かっていたものがまだ残っているようだ。ファンタズム、そして石板の重みを支えるには十分だ。俺は体重を預け、壁を滑るようにして降下していった。
……気を抜いていたのだと思う。
だから俺はそれの接近に気付けなかった。
「……は?」
見てからも信じられなかった。
空を飛ぶ巨大な爬虫類など。
「ドラゴン……!? 冗談だろう、こんなのがマジでいるのかよ……!?」
ドラゴンが巨大な咢を開く。両手が塞がっているので対処できない。口元には赤々とした炎が見え隠れする。火炎放射で俺を焼き殺す気、なのか?
考えている暇はない。俺はロープから手を放し壁を蹴った。間一髪のところで火炎弾を避け、致命傷を避けたが問題はこれからだ。石板を庇いながら着地しなければいけないのだから。そしてそれはロクに受け身も取れないということでもある。歯を食いしばり身を翻し、背中から地面に着地。衝撃で俺の体が跳ねる。
「がぁぁぁぁっ……!? クソ、ふざけんなマジで痛ェッ……!?」
痛みをこらえよろよろと立ち上がる。ドラゴンは次の火炎を放とうとしている。俺は何とか立ち上がり、崩れた建物の影に入った。あんな物で火炎を防げるとは思えない、だが重石を隠すには十分だろう。石板を置き、跳ぶ。俺を狙って放たれた火炎弾が建物をまとめて吹き飛ばすのが見えた。本当に大丈夫か、あれ。
「……終わってから考えるしかねえな。掛かって来やがれ、クソトカゲ!」
着地し、構えを取る。俺は巨大なドラゴンと向かい合った。
キィン、という高い声が聞こえる。
誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。
知った声が。
「クソッ……!? この期に及んで邪魔なんだよ! いい加減にしやがれ!」
また幻聴だ。そう思ったが、今度は様子が違った。ドラゴンも困惑するように身をよじっているのだ。いままでは俺にしか聞こえなかったはず。
コォォォッ、といういままで聞いたことがないような奇妙な音が俺の耳に届いた。強いていうならば、強風の時に窓を開けた時の音に似ているだろうか? だがあの時よりもずっと音が籠もっているように感じる。俺はそちらを見た。
そして愕然とした。
視線の先には、空間の裂け目があった。