21-掴む手掛かり
途中までは瓦礫を伝って降りることが出来たが、最終的に高い段差にぶち当たった。慎重にくさびを打ち込み、ロープを垂らし、礼拝堂へと降りる。
「さーて、ムルタくんの話じゃ地下に降りる道があるって話だが……」
果たしてそれはどれだろうか? 正確な位置を聞いて来るんだった、と今更ながらに後悔した。三日たって報告がなければ遺跡探索を諦め、現実的な対処をするという取り決めになっている。ここまで苦労して来たのが無駄になったらさすがに悲しい、出来る限り早めにことを終わらせなければ。俺は辺りを見回した。
聖像の前まで歩く。あの時はムルタくんが迂闊にもお供え物を盗ったせいであんなことになったんだよな、と思い出して微苦笑した。が。
「……!? ムルタくんが言っていた道って、もしかしてこれか……!?」
意外にも、道は聖像の前にあった。彼女の視線の先、像を置く台座の少し前にぽっかりと穴が空いているのだ。自然に開いたものではない、不揃いではあるが階段があるのだから間違いない。ここが地下空間へと続いて行く道……
(なるほどな、不心得者を殺すための罠だとずっと思っていたが……
恐怖に耐え、信仰を示した人間にだけ道を開く、ってことなのかもな。
だとしたら合理的な罠だぜ)
道を知っている人間は逃げずに助かるが、偶然にもここを見つけた人間は逃げ惑い瓦礫の山に埋もれて死ぬだろう。コストパフォーマンスは最悪だが理に適っている。もしかしたら、ここ以外にも入り口はあるのかもしれない。
しかし、視界は悪そうだ。入るならそれなりの準備をして行かないとな。俺はバッグの中からたいまつを取り出し、固形燃料をセットし火を着けた。ファンタズムの力なら暗闇でもどうにかなるが、途中で解除されてしまった時のために用心はしておいて損はない。それから紙を取り出し、火をつけ階段の下に向けて投げた。
「……うん、消えてない。どうやら下には空気があるみたいだな」
それに、投げた火が底の方でたなびいている。と言うことは、空気の流れがあるということだ。やはり他にも出口があるのだ。俺はそこに入ろうとした……
瞬間、殺気を感じ慌てて振り返る。
が、誰もいない。気配は感じる。
(ここは敵地、ここは敵地。油断しちゃいけねえ、殺されちまうからな……)
ふぅ、と息を吐き階段を降りて行く。大丈夫、もし瓦礫を落されても俺なら何とかなる。他の連中ならともかく。俺は戦える、大丈夫だ。
言い聞かせながらたいまつを左手に持ち進む。右手を開けていなければ、咄嗟の時ROMをセットすることが出来ない。だが何より、右手で壁を突いていないと歩くのが難しいというのがある。足下は地下水が染み出したのか濡れており、その上に生えた苔や菌類のせいでぬるぬるしている。倒れたら大変だな、これは。
どこまで降りて行っているのだろうか? 体感で20m以上降りているような……いや、それは言い過ぎか。だが、たいまつの光で照らされた空間は広大だ。体育館一つがすっぽりと入ってしまうのではないだろうか? これほどまで巨大な空間を作り出せるわけがない、もともと洞窟か何かがあった場所に神殿を被せるようにして建てたのだろう。何のために? 地下信仰を隠すためなら辺境で十分なはず。
「ッ……! これは、前に見たのよりもすさまじいな。ホントどうやって……」
下まで降りて行って、俺はその理由を理解したような気がした。洞窟の最奥部に描かれていたのは、壁画だった。何体もの巨人が争っている神話大戦の絵だ。
「これはスゲエな。右側のデカいのがデストロイア、ひらったいのがジャガ。
んでこれは……あの雲の怪物だな。少しずつ離して書いてある……
それに比べて、ラーナ=マーヤとイリアスは一緒に書かれてるな。
これは……ははーん、つまりはそう言うことか」
どうやって三柱の神をこの世界から追放することが出来たのか、イリアスがどうしてあれだけの恨みを抱いていたのか、いまになってようやく分かった。二柱の神は協力して奴らと戦い、そしてラーナ=マーヤは疲弊したイリアスを背中から切りつけて追放したのだ。そしてこの世界に君臨した……案外こすっからい奴。
(いや、あれだけの力の持ち主でもそうしなきゃ勝てなかったってことか)
むしろジャガたちを追放してイリアスと戦う力があったことを賞賛すべきだろう。すごいものを見せてもらったが、しかし俺にいま必要なのはこれではない。持ち運びが出来て、なおかつ異界神への対策が出来るようなものが何かあればいいのだが。そんなことを考えながら辺りを見回していると、薄汚い紙束を見つけた。
「うわっ、すげ……こりゃダメだな、ボロボロになっちまってるな」
持ち上げるとバラバラになったり、ぐずぐずに崩れたりしてしまう。日光はなかったが湿気は強かった。カビと経年劣化の合わせ技一本、内容を伺うことすら出来ない。保存性を考えて石板にでも刻んでおいてくれればよかったのだが。
「……うん? これは……いいな。ちょっと使えるんじゃないかこれ?」
見渡してみると、部屋の片隅に大判の石板があった。何を書いているのかはいまいち分からないが、刻まれている図柄は壁画に書かれていた神のようだ。しかも、その隣にはズラズラと読み取れない文字が書かれている。古代使われていた言葉だろうか、こちらの世界の言葉は読めるのにどうして読めないのだろう……と考えて思い至った。
イリアスにしろ、ラーナ=マーヤにしろ、この文字を読めるようにする理由がないのだ。むしろデメリットが大きいとさえ言える。もしまかり間違ってこれが人目に触れて、古代戦争の真実を知ってしまう人間が出たら?
自分たちに反抗する人間をみすみす増やす危険性がある。
(とはいえ、奴らもこの世界を完全に管理出来ていたわけじゃあないようだな。
じゃなきゃこんなところに石板を放置しておくなんてあるはずない……)
これは朗報だ。仮に、あいつらが勝ったとしても――そんなことは避けたいが――反撃のチャンスはまだあるということだ。少しだけ戦う希望が湧いて来る。
取り敢えず、運べる奴を全部運ぼう。折り畳んだ背負い袋を取り出し、石板を詰めていく。慎重に取り扱ったが、幸いにも崩れそうにはない。ほっと胸を撫で下ろし、これをどう運ぼうか考えた時。恐ろしい獣の咆哮が木霊した。