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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第十二章:破壊と混沌と無関心と
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21-たった一人、世界の深淵へ

「ふう、思ったより時間かかっちまってるな。こりゃ急がねえと……」


 俺は空を見上げ呟いた。パチパチと炎が爆ぜる音だけが聞こえて来る、虫の音も獣の鳴き声もしない。この森は死んでいる、化け物どもによって殺されたのだ。


 王都を出発してから、既に二回目の野営を行っている。全速力で走れば一日も掛からないのだが、行く手を遮るものがある。狂暴化した獣どもだ。普段は息をひそめているくせに、敵を見つけたら狂ったように襲ってくる。正直たまらない。

 しかも、こいつら意外に強い。ファンタズムの装甲越しでも無視出来ないだけのダメージを与えて来るし、連携もスゴイ。もしかしたら、雲間に見えたあの化け物が操っているのかもしれないが、いずれにしても相当な脅威に間違いはない。


(あんなのが王都周辺に出たら……ううッ、さすがにビビっちまうな)


 戻ったらすべてがなくなっていたらどうしよう、なんて柄にもないことを考えてしまう。通信機で逐一状況は把握しているのだ、そんなことはない。だが、何かあったとしたら俺はすぐにあちらに戻ることは出来ない。いまある戦力で、戦闘態(ウォーフォーム)があるとはいえ、果たして王都を守り抜くことが出来るのだろうか?


 キィン、という高い声が聞こえる。

 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 知った声が。


(……クソ、予想以上に疲れてるな。つうか、なんだこの音は?)


 あの時から聞こえ続ける声。どこかで聞いたことがあるはずなのだが……思い出せない。脳が疲労故に俺の記憶を誤再生しているとでも言うのだろうか?


「いや、だからこそ俺がさっさと仕事を終わらせて王都に戻らないとな」


 あの遺跡までは残すところ数キロ。獣を相手にしながらでも十分何とかなるはずだ。どうにかして手掛かりを得て、あいつらを倒さなければ。明日に向けて体力を温存するために、俺は早々に寝に入ることにした。




 翌日、太陽が昇り切っていない時間から俺は歩き出した。前に来た時と同じ、さわやかな陽気だったが森の雰囲気はそれほどよくない。きっとそこかしこから殺気を向けられているからだろう、慎重に歩かなければ。それにしても……


(動物たちがこれほど殺気立っているのはいいとして、この戦闘能力……

 ただの動物とは思えねえんだよな。もしかしてあいつらもレベルアップして?

 でも……)


 魔素による身体機能の強化、いわゆるレベルアップは人間にだけ起こる現象だとシャドウハンターたちは言っていた。例えダークを殺すことが出来ても、動物は強くなれない。だとしたら、彼らを強めているのはいったい何なのだろうか?


(有り得る可能性としては、あの化け物がもたらした加護ってことかな?

 だとしたら厄介だぜ、動物の数は人間よりも遥かに多いわけだし……)


 ジャガとデストロイアは凄まじい力を持ち、また多くの手勢を従えていると考えられる。だが、この世界で最大の勢力はあの巨大な化け物の率いる軍勢なのではないだろうか? そう考えるとゾッとする。現状、不利なのは人間なのだから。

 そんなことを考えながら歩いていると、開けた場所へと辿り着いた。これまでの道程を考えるとかなりゆったりした旅立った。いっそ不自然なほどに。もしかしたら、俺をここまで誘導して殺す気なのか……と思ったが、周囲に気配はない。気を張り過ぎておかしくなりそうだ。たまには気を抜かないと死んでしまう。


「っかし、改めて見てみると酷いなこれ。どうやって中入ればいいんだ?」


 最初に来た時使った入り口は、崩落によって完全に塞がれてしまっている。と、なると俺たちが脱出してきた上の穴を伝って降りるしかないのだろうか? よく見ると上からロープを垂らされている。ムルタくん率いる捜索隊はあれで上がったり下りたりしたのだろう。作りはしっかりしているし、痛んでいる様子もなかった。


(……もし上に誰かいて、昇っている最中にロープを切られたら……)


 手を駆けた瞬間そんなことを考え、そしてそんな自分を俺は笑った。どうにも自分の想像以上のことが何度も起こっているせいか、ナーバスになっているようだ。パラノイアチックな妄想をするようになったらおしまいだろ、しっかりしないと。

 ロープをしっかり握り、岩壁を蹴って昇って行く。命綱のないクライミングはかなり怖い、手を滑らせて真っ逆さまに滑落したら……ファンタズムへの変身が間に合うだろうか? どこからともなく湧いてくる恐怖に懸命に耐えた。


 たっぷりと時間をかけて、俺は壁を昇った。手も足も、どこもかしこも汗でびっしょりだ。しばらく休憩しよう、と屋根に腰かけ、朝日を見た。


「……これを見られただけでも、ここに来た価値はあるかもしれないな」


 青い空が白に染まっていく。水平線から昇ってくる太陽が世界を照らす。冬の空気は遮るものなく、神聖な陽光を遍く世界にもたらしているのだ。思えば、こうやって朝日をゆっくり見たのもいつ以来だろう。涙が出て来た。


(エラルドの出の平和な時代には、もう戻れないんだな……)


 あの人が死んでしまった時から、すべては変わった。終わらせようと懸命に戦っても、まるで流されるように次から次へと戦いに駆り出されて行く。戦って、殺して、そして次の相手を殺して。その繰り返しだ。その行く先はどこだ?


「……はぁー、ダメだな。一人でいると余計なことを考え過ぎちまう」


 屋根に背中を預けて空を見る、青い空を。そして目を閉じた。考えることを止めろ、思考を整理しろ。いまこの状況でグダグダ考えて、迷って、それで何かいいことがあるか? 何もない。みんな仲良くこの世からおさらばしちまうだけだ。そして、そんなことはごめんだ。戦って、生きて、生き抜く。それが目的なんだ。

 全身を跳ね上げるようにして立ち上がり、大きく伸びをする。全身に血液が循環していく感覚が心地いい。迷いも血流に乗ってどこかに行ってしまったようだ。この世界は美しい。この世界に住まう人々も。ならば守る価値がある。


「あんな化け物どもの好きにはさせねえ。だから俺は……」


 ……ただ、相槌を打ってくれる人がいないというのは結構寂しいのだが。


 俺は振り返り、改めて天井に開いた大穴を見た。かなりひどく壊れたと思っていたが、意外にも礼拝堂は原形を保っていた。どこかに道があるというのならば、きっとあそこだろう。瓦礫の足場を伝って、俺は深淵へと降りて行った。


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