21-変化に伴う強すぎる痛み
「それで、僕に聞きたいことって何です? 正直お役に立てるとは……」
「いやいや、キミの力が必要なんだ。正確に言うならば、キミの知識がね」
困惑した様子のムルタくんに現状を説明する。とはいえ、あの化け物どもが現れたということは伏せているが。とにかく、古代史に精通しているムルタくんの力が必要だということは印象づけられたと思う。彼は少し考えてから言った。
「実は、あの遺跡の発掘作業をしている時に妙なものを見つけたんです」
「妙なもの? もしかしてあのデカい石像の親戚みたいな奴とか?」
「そうじゃないんです。地下へと続いて行く階段です」
地下遺跡の更に地下に伸びて行く階段、か。それは奇妙だな。
「あの遺跡では宵闇信仰とも、既存の陽光信仰とも違うものが見つかりました。
だから僕はこう思っているんです、この世界には二柱以外にも神がいたんだと」
それを聞いてドキリとする。彼の言っていることが的を射ているからだ。とはいえ、それを表に出さないように苦心しながら俺は話を続けた。
「それって、俺たちが最初に会った遺跡でいいんだよな?」
「はい。ダークの脅威も払拭されたって話だし、また行きたいですね」
無邪気に言うムルタくんに若干の罪悪感を覚えないこともない。とはいえ、次の道は決まった。もう一度あそこに行って、神の手掛かりを手に入れなければ。
「あ、実はですね。あのタイプの遺跡ってあそこだけじゃないんですよ」
「えっ、マジかよ!? あんなお化け屋敷みたいな遺跡がまだあるの!?」
「おばっ……もう、ちゃんと探せば命の危機はない、安全な場所ですよ?
ああなってしまったのはたまたまですし、そういうのは甚だ心外です。
そもそも……」
俺が無責任にはなってしまった言葉はムルタくんの逆鱗に触れたようで、彼をなだめるまでにそれなりの時間がかかってしまった。だが、時間をかけただけの価値はあった。俺たちはムルタくんから遺跡の場所を聞き出すことに成功した。
「ゴブル近くの遺跡の場所は知っている。そこには俺が行けるな」
「王都周辺にもあるみたいだね。案内してもらえるだろうか?」
「いま王国と教会は仲悪いみたいですけど……元々折り合い悪かったですし。
それにあんまり重宝はされていないので抜けるのは大丈夫だと思います」
さらりと寂しいことを言ってくれた。ムルタくんが指摘した遺跡の場所は5か所。存在が確認された神の数と一致しているのは、果たして偶然だろうか?
(いや、偶然だろうな。宵闇信仰の遺跡の下に変なのがあったってんだ……)
とにかく、情勢が安定している間に行くしかない。あれの存在が公然の物となってしまう前に……そう思っていると、慌ただしく部屋に人が入って来た。
「おお、ムルタ! こんなところにいたのか、探したんだぞ!」
「うわぁっ、サボってここに来たのは謝りますけどいま取り込み中で!」
「そんなことを言っている場合じゃないんだ、お前も来てくれッ!」
彼の上役と思しき司祭はかなり慌てた様子だった。いったい何があったのだろう、ムルタくんはおろか俺たちにも全く心当たりがない。
「落ち着いて下さい、どうしたんですか? そんなに慌てなさって」
武装神官としての地位を持ち、こちらの教会でもそれなりの活躍をしてきたハルが間を取り持ってくれた。入ってきた時はかなり混乱していた彼も、ハルの言葉で大分正気を取り戻したようだ。さすが、名ばかり神官の俺とは違う。
「オルクス殿下から重大な発表があると言われたんだ。通達もなかった。
教皇猊下が囚われているいま、何が起こるか分からない。待機しておけ」
それだけ言って司祭は部屋から出て行った。俺たちは――ムルタくんも含め、困惑していた。そんなことは一言も聞いてはいなかったからだ。
「オルクスさんからの発表? 何があるんだろうなぁ……ハル、分かるか?」
「まったく分からん。だが、可能性だけならいろいろある……」
ハルはこめかみを押さえて何事かを考えたが、やがてすっと立ち上がった。
「行ってみるしかあるまい、何が起こるのかを確かめよう」
「分かった。須藤くん、キミたちもいいよな? それから、ムルタくんも」
取り敢えず異論がある奴はいなかった。
俺たちは広場に向かって走った。
何らかのお触れがあると聞き、多くの人が広場に集まっていた。ざわざわとした雰囲気、聞こえて来るのは期待と不安だ。ようするに、誰もこれから何が起こるのか分かっていない。守衛の騎士たちでさえ、所在なさげに振る舞っている。
「まったくの突発的事態ってわけだ。どうなってるんだ、これは」
「あ、見ろよハル。オルクスさんが出て来たぜ」
城のバルコニーにオルクスさんが現れる。侍従の騎士を伴う姿はまるで王のようだ、物語の。どこか浮ついているように見えるのはドラコさんと比べているからだろうか。戦の細い彼には王としての迫力のようなものが欠けている。
「本日、諸君らに伝えなければならないことがある……神は死んだ」
シン、と広場が静まり返った。
誰もが理解出来なかったからだ。
「この世を支配せし神、陽光神ラーナ=マーヤと宵闇神イリアスは死んだ!
我々は神の支配を脱し、人の世を取り戻したのだ! 我々の手で!」
続いてざわざわと広場がざわめく。混沌、混乱、そして怒りへと。当然だろう、この世界のほとんど人間がラーナ=マーヤを信仰していたのだから。
「静粛に。神に判断と身をゆだね、生きていくことは確かに楽であろう。
しかし、人間は人間である以上困難であっても両足で生きねばならない!
自立の時なのだ!」
なぜ、いま……この状況で、こんなことを言ってしまうんだ? これじゃあ壊れかかっていたこの国は、決定的に破綻してしまうのではないだろうか? それとも、これはあなたの深謀遠慮の結果なのか? オルクスさん。
「しかし、この世界を覆う脅威はいまだ晴れていない! 神と言う脅威は!
我々は一丸となってこれに対処し、克服しなければならないのだ!
人間の――」
ブーイングは最高潮に達し。
それでもオルクスさんは続けた。
一つの物事が終わる時と言うのは、きっとこういう感じなのだろう。
俺はぼんやりと思った。