20-この上ない惨めな敗北
ガレー船って空飛ぶっけ?
そんな場違いなことを思わず考えてしまった。
船底のハッチが開き、そこから黒々とした球体が落ちて来る。まるで爆弾みたいだな、と思ってぼんやりとそれを見ていると、着地と同時にそれがバカバカしいほど巨大な火柱を上げた。本物の爆弾だ、衝撃波で天使も人も吹っ飛ばされる。
「なっ……! 何なんだよ、あいつら! ワケが分からねえぞ……!?」
状況を完全に理解出来ている人間がいるはずもないが、思わず叫んでしまった。ジャガを見る、彼は憎々し気な表情で後ろに控える巨大ガレー船を睨んだ。
船から降下用ロープが垂らされ、それを伝ってバンダナを被った人を模したような怪人が降りて来る。ぶかぶかの服のような硬化皮膚、残忍さだけが宿った赤い目、手にはシミターめいた剣。皮肉にも、非人間的だが人間らしかった。
だが、それが人間でないことは明らかだ。怪人はエンジェルハロを掻い潜り天使の懐もに潜り込み、シミター剣でそれを切り伏せていたのだから。並の人間ではやる前にバラバラにされているだろう。強い、あまりにも。
「グワッハッハッハ! 邪魔がなくなったから来てみればッ!」
大気を震わす大音声が鳴り響いた。俺たちは思わず耳を押さえてしまった、それほど巨大な声だ。続けて、砲声めいた音。見ると、巨大なガレー船から砲弾のような、黒い塊が飛んで来ている。それは俺たちの方に向かっている。
「ジャガ! 貴様もこの世界に来ているとは嬉しいぞ! 殺し合える!」
「デストロイア……ちょうどいい。貴様の醜さ、もはや我慢ならんでな」
ジャガの前に着地したそれ、デストロイアは身長3m強の鎧兜を纏った巨人だった。これよりもデカい奴を見たことはあるが、しかしこれほど威圧感を放つものを見たことはない。刀傷の刻まれた防具、刃こぼれした刃渡り2m強のシミター剣、そして傷だらけの体躯。長い戦乱を潜り抜けて来たと、こいつは全身で主張していた。
「ようやく会えたのゥ、ジャガ。貴様に会いたくて仕方がなかったぞ!」
デストロイアは俺たちを無視し、ジャガに語り掛けた。岩のように硬質な皮膚と口ひげをニィッ、と歪め、赤い目をジャガに向けている。強い殺意を秘めているが、不思議と憎悪などは感じられない。戦いを楽しんでいるのか?
「世界の平穏を拒むものよ。私もお前と会いたかった。お前を殺せる日を」
それを聞き、デストロイアは高らかに笑い出した。そしてシミター剣を振り上げる。ジャガは剣を睨み、空中に縫い止めた。だがデストロイアはそれを気に止めず、剣の柄から手を放し巨大な拳を振り下ろした。クレーターが穿たれ、衝撃波だけで吹き飛ばされてしまいそうになる。懸命に耐える中、デストロイアは落ちて来た剣を掴んだ。
「すまんのォッ! 久しぶりの大戦、加減なぞ出来そうにはないわ!」
ジャガは紙一重のステップでそれをかわしたのだろう、埃一つ付いていない。彼の背後から何体もの天使が現れ、デストロイアへと向かって行くが、それらは例外なく撫で斬りにされる。壮絶な戦いの中において、巨人は尚も笑う。
「ッ……シャドウハンター、退くぞ。乱戦に乗じるんだ……!」
「言われなくても分かっている。この状況、さすがにマズいぞ……」
敵の首魁と思しき者たちが一堂に会している。見逃すべきではないのかもしれない、だがこのままでは仲間が全員殺される。そうなれば勝利だのなんだのと言っていられなくなる。それに、雲の向こうにいたもう一体の異形の気になる。
背後で壮絶な戦闘音が響く。俺たちを置き去りにした戦いの音が。女神の、ラーナ=マーヤの言ったことがいまになってようやく分かった。
あいつらをこの世界から追放するために、彼らはこの世界を閉じたのだ。
ガレー船の砲撃にやられて、あるいは天使たちの攻撃によって騎士団、そして西方兵士たちは大きなダメージを受けていた。作戦開始時にいた戦力から考えれば、全滅と言っても差し支えのない規模だ。ここまでやられてしまったか……
「完全に想定外だった。あんな連中が虚無神以外にいるとは……」
「想定が甘かったのは確かかも知れない。奴らが過去ここに存在していたなら」
生き残った転移者は一両の馬車に集まり、今後のことを話し合った。とはいえ、いったい何が出来るのか判然としない。虚無神ジャガ、巨人デストロイア、そして存在さえ不確かな魔神。神さえも上回る化け物どもを相手に何が出来る?
「……ともかく一旦、王都に戻ろう。いまはあそこが一番安全だろうから」
「安全な場所なんてこの世界にあるのか? 人が一番多いのは確かだが」
当然のことを言うと、俺はみんなにジロリと睨まれた。本音さえも言えないこんな世の中じゃ、と思ったが仕方ない。不安なのはみんな同じなのだから。
「あいつらへの対策はどうする。鹿立があっさりと殺られた相手だぞ」
「当分、転移者はチームを組んで対処するしかないだろう。接近はしないこと。
武彦以外にあいつとまともに打ち合える奴がいるとは思えないからな……
草薙、お前も戦闘態の力を取り戻しているだろうが油断しないでくれ。
もう死人はたくさんだ」
「分かっている。故国を取り戻すその日まで、俺だって死ぬ気はないからな」
故国と申したか。
彼らはもうこっちの世界に軸足を置いている、か。
「……何か言いたいことがありそうだな、久留間。はっきり言えよ」
「いやいや、別に何も言いたいことも聞きたいこともねえよ。だいたいな……」
聞く、という言葉を自分で放った時、バチリと回線が繋がった。
「そうだ、ムルタくんだよ! シャドウハンター、覚えてるよなあいつ!」
かつて宿場町で会った考古学専攻の教会員。もしかしたら彼なら、封印された過去の記録を知っているのではないだろうか? 可能性はある。
「で、そいつは生きているのか? どこにいるんだ?」
それは分からない。だが会ってみなければ。目的は決まった。