19-なぜ彼らは死ななければならなかったのか
俺は近くにあった花火を使おうとして、止まった。ここで花火を使えば、みんなに危機を知らせることが出来るだろう。だが、彼らを休ませるためにドラコさんは俺に見張りの任を命じたのだ。彼らの手を借りているのでは本末転倒ではないか。それに、ファルナがさらわれたのは俺の責任だ。俺が取り戻さなければ。
借りっぱなしになっていた通信機のスイッチを入れる。相手はすぐ出た。
「ハルか、ファルナがさらわれた。けど、みんなには言わないでいて欲しい。
ドラコさんにだけ伝えてくれ、俺はあいつを取り返す。後は頼んだぜ」
『……はぁ!? いきなり何を言っている、武彦! ともかく戻って来い!』
「戻ったらファルナが殺される……! 一刻の猶予もないんだ、頼んだぞ!」
俺は無理矢理通信を切り、ファンタズムROMを取り出し走り出した。雪に足を取られる、だが歩き方は分かって来た。女神が発する、胸の悪くなるような雰囲気がここからでも分かる。それほど遠くに入っていない、まだ追いつける。
「二度と、手前に奪わせはしねえよ……! レッツ・プレイ、変身!」
0と1の光の中、俺はファンタズムへと変身した。走りながら俺は王都で見た地図を思い出した。ここから先に進めば、確か放棄された採掘坑と村があるということだった。鉱石を掘り尽したために見捨てられてしまった村が。
なぜそんなところから、女神の気配を感じるのか? 分からない、これも女神の偽装か。だが迷っている暇はない。走り、そして追い掛けなければ。
すっかりさびれ、朽ち果てた村を進む。放棄されたトロッコ、鉱石クズ、生活の痕跡が残っているだけにいたたまれない気分になる。俺はファルナと女神を探し、闇の中に目を凝らした。そして、俺はそれを見つけた。
「手前、イリアスッ! ファルナを、返しやがれェーッ!」
女神イリアスは坑道の前にいた。その手の中には、ぐったりとしたファルナ。彼女は踵を返し、坑道の中へと入って行く。一瞬、鉱山を崩落させ俺を飲み込む策でも立てているのかと思った。だが、ファンタズムの力なら崩落程度ならどうにか対処することが出来る。恐れることなど何もない、ただ進んで行くだけだ。
蛇のようにうねり、曲がりくねった坑道の中を俺は慎重に進んで行った。空気が重い、当然だ。酸素が地上と比べれば大幅に少ないのだから。ファンタズムは深海、及び真空中でも活動可能だが、生身の俺はそうではない。用心しなければ。
「……なんだ、こいつはいったい!?」
進んで行くと、急速に視界が開けた。どうやら坑道を抜け、大きな採掘スペースへと出たようだ。どうやら一部崩落しているようで、天井からは月明りが差している。しかし、それにしては異常な光景だった。
「これは、まさか……遺跡、なのか?」
壁面に刻まれているのは採掘の痕ではなく、絵画だった。歴史の教科書で見たことがあるような抽象的な図柄だが、それが集会を開き、何かを崇拝する人を表しているということは分かる。これは、神を祀るための遺跡だったのだ。
「そう、ここがすべての始まりなのですよ。久留間武彦」
声に反応し、俺はイリアスに跳びかかろうとした。が、奴はファルナを盾のように前に突き出している。これでは迂闊なことが出来ない……!
「あなたが悠長に話を聞いてくれるとは思えませんので、こうしました」
「何が目的だ! 俺をこんなところに……いや、ファルナをさらってッ!」
「言ったでしょう、久留間武彦。始まりの地だと。ここに招待したかった」
そう言ってイリアスは壁画を見た。どうにかしてファルナを取り返さなければいけないが、油断も隙もありはしない。話しを聞くほかなさそうだ。
「かつて、ここには神を、私を祀るための祭壇がありました。
ラーナ=マーヤの信者に埋められてしまいましたが、真実は隠せない。
10年ほど前ここが掘り当てられました」
「西方開拓連合の採掘のせいで、か。お前もその時復活したのか?」
「まさか。私はここに封じられていたのではない。だが見ていました」
イリアスは懐かしむように視線を上げた。だが、誘いだと分かった。
「人々はこの遺跡の意味を読み解いた。私が騙られるような悪神ではないと。
しかし彼らは、七天教会はそれを認めなかった。再度弾圧を行おうとした。
前王は七天派だったので、働きかけるのは容易だったのでしょうね。
反発し、戦争が起こった」
「女神信仰を隠すために、戦争を起こしたって言うのか……」
「開戦から数年後、1人の王国士官が捕えられ、この地に送られてきました。
その名を、ナサニエル=エラルドと言います」
レニアとファルナの父が、ここに来た?
まさか……
「彼はここで女神の真実を知った。そして停戦に向けて働きかけようとした。
ラーナ=マーヤの信奉する混沌の末に、何が起こるのか気付いたのでしょうね。
ですが当然ながら、七天に魂を売った者たちはそれを認めようとしなかった。
そしてある行動に出た」
「まさか……いや、そんな。有り得ないだろ……!」
「いいえ、有り得るのです。ナサニエルは謀殺されてしまったのですよ」
……頭が痛くなってきた。あの戦乱の最中、ナサニエルさんが謀殺された? 確かに、シチュエーションはこの上なく整っていた。『大跳躍』による混乱、八木沢の暴走、その隙間を縫って……いや、しかし。
「王国に、殺された? 確かに、疎まれていたって話だが……」
「あなたは私を悪だと思っているのでしょう。それは否定いたしません。
ですが、ラーナ=マーヤの悪行に比べれば私のそれなどかわいいものですよ。
彼は自由を、混沌を信じていますが、その実態は私以上の圧制者なのです。
滅ぼさなければならない敵なのです」
グルグルと回る思考を律し、俺は何とか言葉を紡ごうとした。
「どうしたいんだ、イリアス。お前はいったい……」
「私はラーナ=マーヤが開けてしまった世界の穴を塞ぎたい、それだけです。
彼は混乱を加速させるために転移者を呼び出した。進化を加速させるために。
ですがその隙間を縫って虚無神がこの世界に再び入り込もうとしているのです。
いまならば間に合う」
こいつも戦っているのか、この世界を守るために。
「転移者は存在するだけで世界に綻びをもたらす。だから、すべて殺します。
久留間武彦、あなたは私のためにいままで何人もの転移者を排除してくれた。
礼を言いますよ」
「全員死ねってか!? ふざけんな! 受け入れられるワケねえだろうが!」
何人も殺して来た、その通りだ。
だが、それを強制されるのは気に食わない。
「あなたとは対話が成立しないと思っていました。仕方がありません」
そう言って、イリアスはファルナを放り投げた。慌てて受け取ろうとして、俺はラグラトスがやったことを思い出した。幸い、ファルナは爆発しなかった。
代わりに、ファルナの目が闇色に輝くのを見た。
「女神の、血……!」
右手に力が収束する。俺は避けられない、止められない。
闇のエネルギーが体を貫通し、背中まで抜けていくのを感じた。
これは、マズい……