18-大事な話は俺たちの頭の上をすり抜けていく
雨が降って来た。真っ黒な空から。
前触れも何もなかったのに。
「武彦……やった? やった、んだよね……」
「ああ、やったよ。これであいつに傷つけられる人はもう、出ないさ」
変身を解除し、ファルナに近付いて行く。何人もの人を殺した憎い相手を殺したというのに、高揚感はまったくない。もちろん、八木沢に同情しているワケではない。けれども、あいつを殺したところでいったい何になるというのだ?
多良木はこいつに殺された。リニアさんもだ。けれども2人は、少なくとも満足して死んだ気がする。この期に及んで復讐など望むだろうか? あの2人が? 結局のところ、俺はエゴイスティックな感情でこいつを殺したに過ぎない。
(俺は八木沢と何も変わらない……同類を殺すってのはヤな気分なんだな)
それでも、そんな態度はおくびにも出さないようにしよう。せめて……
「嗚呼、嗚呼……何ということだ。我が使徒が。深い悲しみの底に私はいる」
声が聞こえた。芝居がかった声が。
「彼のものは……この世界を守る剣となるはずだった。なのに」
彼に当たる寸前で雨は蒸発した。まるで彼の周辺だけが晴れているかのようだ。陽光神の名に偽りはないということか。ラーナ=マーヤは俺を睨んだ。
「アンタの秘蔵っ子、死んじまったよ。簡単だったぜ、クソ野郎を殺すのは。
悲しんでるってんなら、安心しろ。手前もすぐ同じトコに送ってやるぜ……!」
俺は構えを取った。ラーナ=マーヤもそれに反応する。
しかし、別の場所から殺気が叩きつけられた。それは奴も同様だったのだろう、拳を振るい死角から跳びかかって来たマーブルを滅する。俺も軽く腕を振るい獣型マーブルを叩き潰す。この期に及んで姑息なやり口、ということは……
「どうやら本当にこちらの世界に戻ってきたようだな! イリアスッ!」
ラーナ=マーヤは不安定な壁の上を見た。
俺も視線をそちらに向ける。
「100年の恨み、忘れてはおりません。あなたは忘れたかもしれませんが」
宵闇の女神、イリアスは相手を射抜くほど鋭い視線をラーナ=マーヤに向けた。向けられた方も驚きと敵意を込めた視線を返す。三つ巴、というわけか。
「お前がどこにいるのか分かっている。相も変わらず用心深いこと」
「あなたほど無謀ではない、というだけのことです。ラーナ=マーヤ」
どちらかを殺せるか、と思ったが女神の方はこちらにいないらしい。そしてラーナ=マーヤを一瞬で殺せるとは思えない。まだだ、まだ。
「すべてはあなたの責任です。あなたの無責任がこの事態を招いた!」
「あの者たちの帰還について言っているのならば、それは浅慮というものだ。
人間の叡智は、人間の力は彼らの侵攻を今度こそ退けるであろう!
私の正しさを知れ!」
何を言っている? 2人の世界に入っているのだろう、こちらに理解出来るような補足などはしてくれない。だが、『あの者たちの帰還』とラーナ=マーヤは言っていた。理解出来るとすればそれくらいだ。それは、まさか……
「虚無の神は……かつてこの世界に存在していたってことなのか……!?」
いま持っている情報を使った推察だったが、どうやら当たっていたようだ。ラーナ=マーヤは慈悲深い笑顔を浮かべ、俺の方に振り返って来た。
「わずかな会話を聞き、それだけのことを理解出来るか」
「どう言うことだ……! あいつらは、いったい何者なんだ!」
「あなたも言っていたでしょう。彼らは神です。我々とは違った存在ですが」
そもそもこの世界の神ってのはいったい何なんだ? 俺たちのいた世界に神はいなかった、だがこちらの世界にいる。どういう存在なんだ? 人間と同じ生命体なのか? それともまったく別の理論で動いているのか? こうしてコミュニケーションをとることが出来る以上、まったく異なる存在だとは思い難いが……
「かつて、この世界……ラナ=グレンには我々神と原住生物が存在していた。
彼らの知能は低く、我々とコミュニケーションを取ることは出来なかった……
自然、彼らへの関心は薄くなり、神は神自身の領地と領民の保護に努めた。
すなわち眷属だ。しかし……」
「ある時から、高度な知能を持つ人間が現れ始めた。それ保護したのが私たち。
人類がこうして生存圏を保っているのは、もともと我々のおかげなのですよ」
だから崇め、奉れとでも言うつもりか?
ふざけたことを言ってくれる。
「だが、他の神はそうではなかった。関心を持たぬ者、害悪と判断する者。
ありとあらゆるもの一切合切を虚無と判断するもの。あるいはその逆……
神の思想的対立は、ここで頂点を迎えた。そして、神代の戦争が起こったのだ」
いろいろと端折られた気がするが、とにかく戦いが始まったらしい。
「戦いは私とイリアスの優勢に進んだ。人間の可能性を信じた者の勝利だ」
「そして私はお前に敗れた。お前の狡賢い計略に……!」
イリアスは憎悪に満ちた目でラーナ=マーヤを見た。計略とは言うが、イリアスは戦慣れしていない。もしかしたら結構順当な手でやられたのかもしれない。
「しかし、外なる神々がこの世界に舞い戻ろうとしている。猶予はない」
「この世界を守るために、世界は一つにならなければならないのです」
イリアスは戦闘態へと変身し、ラーナ=マーヤを睨んだ。
「自由意志などという混沌に身を置いていては、脅威に対抗出来ないのです。
己を律し、個を消し、全とならねば未曽有の脅威に対抗することは出来ない」
「いいや。己を殺した人間など、人間ではないではないか。
お前の選択肢こそが滅びに近付いて行く行為だとなぜ分からない?
秩序など、貴様の権威を保つ道具でしかない」
ラーナ=マーヤもまた、光輝を背負いながら構えを取った。
「邪悪なる秩序の申し子を滅ぼし、お前をこの世界から完全に滅してやる。
それこそが、この世界を存続させる唯一絶対の方法なのだから!」
「ほう、そのために私の義姉弟を犠牲にしようというのかね?」
雷鳴響き、電撃が2人に降り注ぐ。直撃を喰らい、呻くがそれほど大きなダメージを負っているようには見えない。2人は慌てて振り返った。
「私の国で勝手なことを言ってくれるな。愚か者どもめ」
ドラコ=アルグラナはこの場の誰よりも明確な怒りを秘め、低く唸った。