18-同族嫌悪
軽く地を蹴る。コンマの時間すら要さず、俺は八木沢の眼前に立った。握り込んだ力を、八木沢への憎悪を顔面に開放する。吹き飛んでく八木沢。
「なっ……! 何だ、この力は!? ま、前より強いじゃないか!」
八木沢は飛びながらも身を翻し、両腕を広げ暗黒球体を生成した。球体からいくつもの小型弾が発射される。だが、遅い。俺はそれをすべて打ち落とす。
「なぜ……!? どうして、僕の力が通用しない! おかしいだろ!」
「おかしいか? 叶わない夢があるってことが、敵わない敵がいるってことが。
そんなにおかしいことなのか? なあ、八木沢よぉ」
「僕はこの世界の神だ! 神が手に入れられないものなんてェーッ!」
八木沢は着地し、2つの球体を投げて来た。緩いカーブ回転を描いて飛んで来る球体に向けて、俺は突っ込んだ。上体を振り致命的な一撃を回避、八木沢へと近付いて行く。八木沢は暗黒のエネルギーを両腕に漲らせ、纏わせた。
触れたものを破壊し尽す力。軌道上の壁が抉れる。だが、腕全体を覆っているわけではない。せいぜいが前腕までだ、俺は肘の辺りを殴り軌道を無理矢理変更。八木沢への道をこじ開け、開いたところに連打を繰り出した。
「ッガァァァァッ……!? やめろ、やめろ! 痛い、痛いッ!」
『蒼穹鎧』とやらの耐久力は凄まじい。どれだけ殴っても鎧そのものには傷さえつかない。だが、打撃の衝撃はちゃんと伝播しているようだ。無論、鎧の力で大幅に減衰されてはいる。だがこのまま連打を繰り返せば殺せる。
「ウァァァッ、来るな! 僕に近付くなよォッ!」
八木沢の体から闇が溢れる。あの全周囲攻撃が来る、掴もうとするが八木沢は体を亀のように丸めてそれを許さない。舌打ちし、俺は連続バック転で後退した。ドーム状に広がった闇の炎がその内にあるありとあらゆるものを飲み込んだ。
距離が離れたことを悟り、八木沢は飛んだ。文字通り。彼の重厚感ある体が文字通り宙に浮かび、俺を見下ろした。勝ち誇ったような顔がウザい。
「ッハ、ッハッハッハ! 頑張ったみたいだけどさァ……無駄なんだよお前!
人が空に辿り着けるかァッ!? ここに来れるのは神だけなんだよ!
お前じゃあない!」
八木沢は空から暗黒弾を雨霰のように撃ち下ろした。弾速、威力共に問題ない。だが流れ弾に当たってファルナが死ぬような事態があってはならない。多少のダメージを覚悟で突っ込むしかないようだ。俺は八木沢目掛けて一直線に跳んだ。
「ッハッハッハッハ……はぁっ!?」
たかだか数十メートル飛んだ程度で俺を上回った気になられては困る。ファンタズムの脚力はノービスだろうが、お前の場所に届くんだからな。
首根っこをひっ掴み、思い切り引きずり下ろす。抗う力と一瞬拮抗し、そしてすぐにそれは崩壊する。八木沢は地上に向かって引かれて行った。俺はそれを思い切りぶん投げる。高質量弾頭と化した八木沢がエントランス中央に突き刺さる。
「ヒィッ……!? な、何だ! 何なんだよ、お前はいったい何なんだ!」
自由落下のエネルギーを乗せた踵落としを八木沢の頭部に叩き下ろす。一撃で頭部を粉砕せんとする一撃を、八木沢は無様に転がって避けた。恐怖に染まった八木沢の喘ぎ声が室内に木霊する。想像もしていなかったようだ、死ぬとは。
終わらせてやる、恐怖を。ボタンを押し込む。『エクステンド・ストライク!』の機械音声が流れ、右手にファズマと魔素が収束する。
「どうして?! なぜ僕が追い詰められないといけないんだよ! おかしい!
何も悪いことなんてしてない! 僕はずっと正しいことをやって来たのに!」
八木沢はあとずさりしながらも、同じように右腕に魔素を収束させていた。カウンターパンチを狙っているのだろうか? あれだけの威力、あれだけの魔素量。如何にファンタズムと言えど、直撃を受ければただでは済まないだろう。
「向こうの世界でずっと我慢して来た! ずっと虐げられてきたんだぞ!?
それはつまり、こっちの世界で僕がいい目を見るのは当たり前ってことだ!
だってそうだろう、釣り合いが取れないじゃないか! あいつも言っていた!
それが正しいことだろう!?」
「黙れよ、八木沢。お前に都合のいい世界なんてものは存在しない」
一歩一歩踏み出しながら吟味する。
一撃で殺すにはどこがいいかと。
「俺もお前も同じだ。そう言う意味じゃ、同族嫌悪なのかもしれねえな」
「だ、黙れ!? 僕はお前なんかとは違う! 選ばれたものなんだぞ!?」
「与えられた力を振りかざし、その結果何が起こるかなど微塵も鑑みない。
どんな悲しみを生み出そうとも、どんな悲劇を作ろうともお構いなしだ。
そりゃそうだな、俺にとってもお前にとっても、手の届く世界がすべてだから。
けどだからこそ俺はお前が許せない」
所詮は同類。この世界の異物。そんなものがこの世界の行く末を支配している。こんな歪んだ世界を作り出したものたちが、それに従うものが許せない。
「お前はこの世界を不幸にする! お前のやることで誰も喜びゃしない!
お前はこの世界にいちゃいけない存在なんだよ、八木沢ァッ!
だから、同類の俺がお前を殺す!」
「黙れ、久留間ァッ! 僕の喜びが世界の喜びだと何故気付かない!?」
八木沢が動いた。圧力に耐え切れなくなったのだ。一瞬を競い合うこの状況で、それは悪手。軽い動作でそれを避け、右の拳を振り抜く。
狙うは兜。恐らく八木沢ですら自覚出来ていないだろうが、兜には微細なひび割れがあった。多良木が命懸けで作ってくれた、たった一つの綻び。ありがとう、多良木。これのおかげで、俺はこいつを殺すことが出来る。こんなことを言ったらきっと、お前のことだ。滅茶苦茶嫌な顔をするんだろうが……
重く固い金属を叩く音がした。八木沢は一瞬勝ち誇ったような顔をするが、ぴしぴしと音を立てて兜がひび割れて行くのを見て、そして俺の右手がいまなお眩い輝きを放っているのを見て、戦慄した。表情が一瞬にして変わる。
「やめろ……やめろ、やめてくれ! 死にたくない……僕はまだ!」
「『まだ』じゃねえ。『もう』だ。散々いい思いをしてきたんだろう?」
不思議なことに、八木沢六郎に対してはほんの少しも同情の念が湧いてこない。こいつは多くの人の命を奪い、この世界を傷つけて来た。リニアさんを、多良木を、そしてきっともっと、多くの人を傷つけ、不幸を撒き散らして来た……
いや、多くの人なんて抽象的な言い回しはやめよう。
「手前は俺の友だちを殺した。死ぬんなら――それだけで十分だ!」
兜が完全に砕け、俺の拳が八木沢の頭を豆腐のように砕いた。戦闘態の転移者をいままで殺すことは出来なかった。だが頭を砕けば、きっと別だ。八木沢の体が糸の切れた人形のように倒れ、そして爆発四散した。死体は残らなかった。