18-断罪の時
前王時代から王国を見守って来た勇壮なるエントランスは瓦礫の山へと変わった。その中から、自らを押し潰す岩を押し退け、八木沢六郎は脱出した。
当然だ。『蒼穹鎧』の力を得た八木沢がいかに全力であっても転移者の力で、ましてやがれきに埋もれて死ぬはずはない。彼の右手には、命を失った多良木鋼の死骸がまとわりついている。しかし、その顔に浮かんでいるのは笑み。八木沢は得も言われぬ不快感を覚え、それを振り捨てた。黒い炎に包まれ多良木は爆発四散した。
「チッ、バカが。バカの目には死後の世界って奴が見えるのか……?」
八木沢は己の身を包み込む不快感と焦燥感を当たりの瓦礫に叩きつけた。圧倒的力を見せつけたはずだが、多良木は折れなかった。それが彼には不思議でたまらなかった。まるで自分が負けたようで、それが気に入らなかった。
「どんな虚勢を張ろうとも……お前が負けたことに変わりはないんだよ!
お前は、何も残せずに、死んだ! ザマァ見ろ! 滑稽だよお前はさァッ!
ッハッハッハッハ!」
八木沢は狂ったような哄笑を上げた。
その時、ズキリと頭が痛んだ。
「ッ……! あのバカ力。ちょっと揺れちゃったじゃあないか、クソ」
焦燥感を振り捨て、彼は歩き出そうとした。ところで、何かが頭に当たった。最初は瓦礫が当たっているのかと思ったが、違う。何度も当てられたからだ。
「ッ……! 止めろ、誰に何をしているのか分かっているのか!」
「決まっているだろう! 僕の、敵に、やっているんだよッ!」
少年、ファルナは眼前の敵に対して何度も石を投げた。エントランスはほぼ完全に崩壊した、それは2階の吹き抜け部分も同じだ。彼は本館へと続く廊下に堂々と立っていた。
「何も残せなかったなんて、そんなことはない! 多良木さんはッ……」
「無意味だって言ってるんだよ、そういうのはさァッ!」
八木沢は腕を振るった。破壊がファルナの周囲に叩きつけられ、壁や天井が破壊される。一撃殺さないのは、ひとえに彼の気まぐれだ。
「大切だった? 好きだった? あいつとの思い出が残っているのかい?
でもそんなものは無意味さ! この世界からすべて消えてしまったんだから!
感傷は何の意味も持たないよ、少年くん。キミもすぐに消えるんだから!」
八木沢は暗黒球を放つ。ファルナは意を決し、跳んだ。2階から1階部分まで、ゆうに4mはある。ファルナは着地をしくじりながらも、死を避けた。
「多良木さんは命を賭けて僕たちを守ってくれた! だから僕はここにいる!
お前に立ち向かうことが出来る! あの人の行いは無駄なんかじゃない!」
「無駄だよ! キミはここで死ぬんだから――」
勝ち誇る八木沢。だが、彼は再び吹き飛ばされることとなる。
「ああ、そうだな。無駄だったな。ただし、八木沢……」
「あっ……!?」
「それは手前の方だがなァーッ!」
怒りに満ちた蹴りが八木沢の頬を打った。彼は水平に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。蜘蛛の巣状のひび割れが生じ、エントランスがまた崩壊した。
「どんなことをしても、死にゃ無意味だってんならなぁ……」
襲撃者は八木沢を睨んだ。
確かな恐怖を、死の恐怖を彼は感じた。
「全部無意味にしてやるぜ。手前が生きて来た全部、ここでな……!」
久留間武彦は怒りという概念が形を取ったような、恐ろしい構えを取った。
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また死んだ。また守れなかった。この世界に無駄なものがあるとするならば、それは俺だ。誰一人として守れない人間に生きている価値なんてあるか?
「武彦……! 来て、くれたんだね? 多良木さんが、多良木さんが……!」
「分かってるよ、ファルナ。分かりたくねえけど、分かってる」
瓦礫にもたれかかりながらファルナが言った。足を怪我しているのか、その表情は苦しげだ。せめて、この子だけは守りたい。子供の無垢なる願い。それを踏みにじり、消し去ろうとしているのがこの世界であるのならば。
この世界の外から来た俺たちこそが、それを守らなければならない。
「ああ……また来たのか、久留間くん。う、嬉しいねえ。何てったって」
八木沢は壁から這い出した。ボロボロと瓦礫が零れ落ちる音がする。
「キミを殺せるんだから……! キミさえいなけりゃ、僕はさァッ!」
闇が火柱の如く立ち上る。
薄っぺらで深い闇が八木沢を包み込む。
「ああ、俺も嬉しいよ八木沢。神様ってのに感謝しないといけないなぁ……」
俺は一歩踏み出す。ありったけの殺意を足に乗せて。八木沢を睨む。ありったけの憎悪を込めて。拳を握り込む。ありったけの力を圧縮して。
「いままでは何だかんだで邪魔が入り続けて来たからな。何度も取り逃がした」
空気を吸い込むような音が聞こえた。
ビビんな、吐いた唾飲み込むなよ。
「イリアス、リニアさん、ラーナ=マーヤ。お前は何度も偶然に守られてきた。
けど今回は違う。お前を助けてくれる優しいおじさんも偶然もないぞ」
そうしているうちに、俺の中にそれ以外の力があることに気付いた。温かく優しい力。生きて帰って来てくれと、みんなを守ってくれと願う、無垢なる魂。清浄なる魔素が死者の想念と混ざり合い、俺に新たな力を与える。白金の力を。
「なっ……! 何だ、その力は!? おかしい、おかしいぞ! 有り得ない!」
狼狽する八木沢を無視し、俺は立ち止まった。彼我の距離は10m、コンマの時間で到達する位置。俺は拳を八木沢に向けた。轟、と大気が震える。
「守れって言ってるんだ、仲間を。戦えって言ってるんだ、希望のために。
俺はその願いに応えられない。誰かを守ることなんて、俺には出来ない」
だからこそ、俺は俺に出来ることをするだけだ。
「俺に出来ることは1つだけだ。八木沢、手前を殺す」