18-消えゆく命と消し去る者
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「何だ、これは。滅茶苦茶になっちまってるじゃないか……!」
城の屋根に陣取った島田宗吾は冷や汗を流しながらひとりごちた。世界でもっとも安全な場所であるはずの王都アルグラナにダークが襲来している。その事態だけで信じられないのに、もっと信じられないことが目の前で起こっている。王国騎士と連合兵士が互いに罵り合っているのだ。
騎士と兵士、王国と連合の中の悪さは、島田も承知していた。修練場での争いも当然見ていた。しかし、現実的な脅威を前にしてなお手を取り合えないなどということは想像もしていなかった。それほどまでに恨みは根深いのか。
「……まあいい。俺は、俺のやるべきことをやるだけだ……」
すなわち、ダークを倒すことだ。島田は指鉄砲を作り、意識を集中させた。視界にレティクルめいたものが現れ、照準を補正する。これが彼に与えられた力、『流星の一矢』である。その力はこれまでも見て来たとおりのものだ。
精神トリガーを絶え間なく引く。放たれた光弾が次々とダークを射抜き、破壊する。戦闘態の力を持っていないとはいえ、島田の力は転移者の中でも上位の破壊力を有する。その代わり、身体能力を向上させるようなことはないのだが。
そして、それが仇となった。
彼は巨大な尖塔が闇に飲まれるのを見た。
(あれは……まさか、八木沢の力か! あいつもここに来ているのか!?)
島田は思い出した、悪夢の如き力を。両軍の戦力の大半を飲み込んだ、暗黒の星を。島田は立ち上がり、狙撃ポイントを変えようとした。
「見つけたよ、島田くん。キミの力はかなり厄介っぽいからさぁ」
ねっとりと絡み付くような声を、島田宗吾は聞いた。
それが最後だった。
「光栄に思うがいい。キミは神に警戒してもらえたんだからね」
八木沢六郎の右手から闇がせり出し、島田を飲み込んだ。
(さて、この力は僕に適合している。素晴らしい力だ、これは)
優雅に空中を歩きながら、八木沢は周囲を観察した。彼に与えられた新たな力、『蒼穹鎧』は単なる防御ユニットではない。戦略統合兵器とでも言うべきものであり、一個人を兵器へと変える。攻撃に耐えうる防御力、陸海空を制する高い機動力、そして立ちはだかるものを破壊する攻撃力。それが『蒼穹鎧』の本質だ。
本来は外部の敵に対処するために設置された城塞から騎士たちが顔を出し、矢を射る。放たれた矢は『蒼穹鎧』を傷つけない。魔法の力によって生み出された火炎弾が着弾する。焦げ目の一つさえつかない。八木沢は一瞥をくれることすらなく着地。その時、角に潜んでいた騎士が躍り出て重厚な両手剣を振り下ろした。
「クソッタレが、死にやがれ!」
騎士とて高レベル者だ。その一撃は鎧兜を一撃で両断し、大岩をも砕く。しかし裂帛の気合と共に放たれた一撃は、逆に剣の方を砕いてしまった。
「神の力に……ただの人間が勝てるわけがねぇだろうがァーッ!」
八木沢は騎士の首根っこを掴み、無造作にへし折った。物言わぬ死体となったそれを暗黒球体に投げ込み処理。騎士たちに動揺が広がり、兵士たちが尻込みする。八木沢は芝居がかった動きで歩き出した。王城の内部へと。
(刻み付けてやる。僕には誰も敵わないってことを。完膚無きまでに!)
彼の力を持ってすれば、城そのものを暗黒球体で飲み込むことすら可能だ。もっとも発動には時間がかかるので、どれだけの損害を与えられるかは分からないが。それに、八木沢はそれではつまらないと思っていた。
騎士たちを手ずからに殺し、国王を跪かせ命乞いの末に処刑し、ついでに頼まれていた2人の子供を殺す。その報が彼にとって面白いと思っていた。
王がどこにいるかは分からなかった。ただ、八木沢は直感的に一番高い場所にいるのではないか、と思った。エントランスホールに入り、階段を踏む――
しかし、踏み出したところに階段はなかった。
派手な音が鳴る。
(これは……幻覚? 階段があるように見せかけられていたのか? 攻撃?)
本能的に八木沢は頭の後ろに暗黒球体を生成した。背後への警戒だ。だが敵は、彼がそこにあると思っていた階段の向こう側に隠れていた。無言、シャウトの一つすら放たぬ蹴りが八木沢の胸板に叩き込まれる。彼は自らが作り出した暗黒球体に後頭部から突っ込んで行くことになったが、力は彼を害さない。
「ッッッ……! 痛いじゃないか、そういうのはァーッ!」
八木沢は指先から極小の暗黒球体を打ち出した。古屋は直撃を嫌い後退、直後に球体を回り込んで攻撃を仕掛けようとした。八木沢はそちらを向こうとする。
「っ……!? 何だ、これは、足が動かない!?」
いつの間にか、氷によって彼の足は地面に縫い付けられていた。滝本明日香の力だ。八木沢の側面に回った古屋は、全力のストレートを顎に打ち込んだ。
「……で、それで何をしたいんだ?」
だが、それは少しも八木沢に聞いていなかった。彼は暗黒を纏った右手を振るう。それだけで軌道上にいた古屋は真っ二つに切り裂かれた。断面から暗黒の炎が迸り、全身を燃やし尽くす。歴戦の勇士、古屋隆は爆発四散し、消えた。
「誰も僕には敵わない! 恐れ、崇め、奉れ! それが僕なんだよ!」
両手を広げ、八木沢は哄笑を上げた。その時、視界の端に彼は見た。吹き抜けの先、2階部分で不安そうに互いの体を抱く姉弟の姿を。
「ッハァーッ……! 見つけたぞ、悪魔の子ォッ!」
八木沢は跳躍しようとした。だが次の瞬間、背中に大きな衝撃を感じ、吹き飛ばされた。水平に吹き飛んで行った彼は階段に叩きつけられ呻いた。
「これ以上好き勝手やらせると思ってんのか、ええ? 手前は……」
怒気を孕んだ声。
八木沢はつまらなそうにそれを聞き、立ち上がる。
「邪魔だよ、キミ。思えばさあ、向こうの世界から邪魔だったんだよ。
バカな筋肉ダルマのくせして偉そうにしてさあ、ムカつくんだよお前……
お前みたいな奴がいるから」
「黙ってろ、手前と話をするつもりはねえんだよ」
多良木は構え、自らの怒気を全身に循環させた。
筋肉が膨れ上がる。
「手前をぶん殴って止める。俺がやるべきことは、それだけだ」