18-暗躍する教会
一触即発。そんな言葉がふさわしい。俺も、ハルも、張り詰めた空気に息を飲んだ。ドラコさんの応対次第では……否、関係なく殺し合いが起こるかも。
(警戒だけはしとかねえといけねえだろうな……なにせ)
彼らには戦闘態がある。恐らく、ドラコさんを殺すとなればあの陽光神は喜々として力を与えるだろう。あれは神に不利益になることに対しては発動せず、利益になることには発動する性質があるのだから。
「話を続けてくれ。私は妨害するために来たのではないのだからね」
ドラコさんはあくまでにこやかに言ったが、鹿立の表情はそれとはまったく正反対だった。須藤の方も邪魔をされたことに怒っているのか、表情は険しい。
「貴様に確認したいことがある。西方の奴隷狩り部隊を知っているか?」
「知っている。彼らが独立戦争後も活動を続けていた、ということもな」
鹿立は一瞬、虚を突かれたような顔をした。が、それもすぐに怒りへと変わった。鹿立はドラコさんを指さし、須藤くんに怒鳴りかかった。
「見ろッ、この男が認めている! この国を統治する存在が認めているのだ!
それこそが何よりの証拠だろう、彼らは人間を人間扱いしていないのだッ!」
「何かの間違いだ! そんなことがあり得るはずがないだろうがッ!」
「しかし事実だ。戦後長きに渡って闇で奴隷売買が行われていたのは事実」
激高する鹿立と須藤くんも、ドラコさんのよく通る声を聞いて喋るのを止めた。彼は奴隷狩り部隊が存在していたことは認めていたが、しかし……
「恥ずべきことだ。先王の時代、人間は人間として認められていなかった。
教会も長きに渡りその状況を放置して来た。私はそうしたくはないと思った。
だから奴隷狩り部隊の実態を調査し、それを根絶するように努めて来た。
非公式にではあるが、奴隷として売られた人々を西方に引き渡しても来た。
いま現在、この国に奴隷は存在しない」
「それは……だが、そんなことは信じられん。現に……」
「闇の奴隷取引は未だに失われていない。需要があるからだ、邪悪な需要が。
だが、だからこそ私はそれを根絶したいと心から願っているのだ」
「言葉だけならどんなことでも言える……! 俺が欲しいのは……」
「人身売買の元締めをしているのはな、七天教会の上層部なのだよ」
いきなりあっさりと告げられた事実に、俺だけではなく他のみんなも固まった。須藤くんもハルも、彼の言っていることが理解出来ていないのだ。
「何を、言っているのですか? そんな、そんなことは……」
「有り得ない、と言いたいのだろうが事実だ。否定しようのない事実もある」
それだけ言って、ドラコさんは踵を返しこの部屋から去ろうとした。
「……待て! 何を言っている、貴様! 分かるように説明をしろッ!」
「私の言葉の意味を知りたいのならば、明日またこの場所に来るんだ」
それだけ言って、ドラコさんは去って行った。喧嘩っ早い鹿立は追いかけて行こうとするが、しかしそれは禰屋に制止される。
「いくら言葉を重ねても意味はないだろう。分かっているな?」
「……分かっている。明日、ここに来ればすべてが分かる……」
鹿立は呼吸を落ち着け、先生に一礼してこの部屋から去って行った。最後に須藤くんに一瞥をくれたが、彼の方は動揺が強く、見られたことにも気付いていない。それなりにデカい2人が去ったことで、室内は心なしか広くなった気がした。
「そんな、そんなわけがない。七天神教が、奴隷を、そんな……」
「有り得ないわけではありませんが……信じられないことなんですね?」
「当たり前です! 俺たちが、そんなことをするわけが……」
須藤くんは先生に噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。先生も思わず怯む。
「明日ここに来れば分かることだ。もっとも、分かりたきゃの話だがな」
「……明日またここに来るさ。そして、出鱈目だってことを証明してやる」
須藤くんは肩を怒らせて部屋から立ち去って行った。涼夏はおろおろしながらも先生に礼をして、兄を追っていく。あっという間に部屋から人がいなくなった。
「……なあ、ハル。この世界でも奴隷の売買なんて行われてたんだなぁ」
「お前がこっちに来たくらいには廃止されていたからな。私も見たことがない。
けど、もし続いていたとしても不思議じゃないと私は思っていた。
労働の基幹だからな」
俺たちの世界のように工業が発達していないから、ありとあらゆる業種に人手は必要になる。となれば、より安く使える方に流れるのが自然か……
「向こうの世界でも、教会や寺社の人間が奴隷売買を取り仕切っていたらしい」
そんな風に、先生が学術的な補足をしてくれた。技術レベルを除けば、こちらの世界の人間と向こうの世界の人間の間にメンタリティの差があるとは思えない。ならば向こうの世界の人間がやったことは、当然こちらの人間もやるだろう。
「明日すべてが分かる、か。ドラコさんは教会の不正を暴こうと?」
「多分、しているんだろうな。神との戦いを前に教会を屈服させておきたいんだろう。
そうなれば、使える兵力が飛躍的に多くなる。絶好のタイミングだし、な」
何のこっちゃ、と思ったがヘイトを教会に集めることで皆を一致団結させようとしている、ということだろうか。やったのは一部の人間、ということにして教会側の人間にも逃げの手を用意させている。色々考えてるな、あの人も。
「お前も行くのか、武彦? 私は……行こうと思うが」
「ここんとこ、多良木に2人を任せっぱなしだしな。顔は出そうと思う」
ハルは頷き、その後は先生を宛がわれた部屋に案内して終わりになった。明日、また世界が変わる。まあ、どれだけ行っても教会は人間の組織だ。まかり間違っても、おかしなことにはならないだろうな……