18-戦乱の記憶
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彼らは大跳躍の日、この世界に送られてきた。王国と西方開拓連合の、ちょうど中間地点。オルソン平原と呼ばれる地点だ。この時この世界に送り込まれてきたのが鹿立、島田、草薙。そしてホームルームで残っていた戸沢だった。
「うッ……ううん? これはいったい……みんな、大丈夫かい?」
戸沢が問いかけると、草薙がすぐに立ち上がり答えを返した。そして、辺りを見回して呆然とした。なぜなら、彼らがいままでいた教室ではなく、どことも知れぬ平原にいきなり放り出されたのだから。そうしてしばらくの間、彼らは状況を確認しようと四苦八苦した。その時だ、上空から眩く輝く球体が落ちて来たのは。
「……!? こっちに落ちて来る! みんな、気をつけるんだ!」
戸沢の声を聞いたのは、その時が最後だった。着弾した火炎弾は教室の中心で炸裂し、彼らをバラバラの場所に吹き飛ばした。その時、鹿立はまったく孤立してしまった。瓦礫が草薙たちとの間を寸断し、半狂乱の声を上げながら誰かが消えていくのが分かった。戸沢は爆発に巻き込まれ安否すらも分からなかった。
空からは次から次へと火炎弾が落ちて来る。鹿立は逃げた、逃げ続けた。しばらく走っていると、自分を追い掛けて来る火炎弾はなくなった。息を切らし、改めて辺りを見回すと、彼は山際まで走って来ていた。森の中に泉が見える。
「はぁー……いったい何が起こったって言うんだ。これは?」
この時、鹿立はまったく意味が分からなかった。落ちつこうと泉に近付き、水で乾いた喉を潤した。ところで、背後に迫る鎧騎士の姿を見た。
振り下ろされた大剣の一撃を、鹿立は寸でのところで避けた。仮装か何かか、そう思ったが頬から伝う熱い血がそれが本物であることを雄弁に物語っていた。騎士は下卑た笑みを浮かべながら、鹿立の姿を頭頂から爪先まで観察した。
「妙な衣をまとっているな。だが男か……好事家にしか売れんな」
冷酷に言い捨てると、剣をまた構えた。武道有段者である鹿立から見ても男の立ち振る舞いは洗練されており、ほとんど隙を見出すことが出来なかった。殺される、鹿立の脳裏にそんな感情が、恐怖がふつと湧いてきた。いまなら加護を発動させ相手を倒せる、だがその時は出来なかった。恐怖を前に目を閉じるしか出来なかった。
そんな2人の間に、割って入るものがいた。彼は振り下ろされた剣を受け止めると、体当てて相手を弾き飛ばし、怯んだところに突きを繰り出した。如何に重装鎧を纏っているとはいえ、隙間に剣を差し込まれれば当然死ぬ。
「……大丈夫か? 怪我はないな、キミ?」
騎士のそれよりも幾分か柔らかい口調だった。男が剣を引き抜くと、鮮血がほとばしり、騎士の体が崩れ折れた。ビクビクと何度か打ち上げられた魚のように震えたが、やがて完全に動きを止めた。死んだのだと鹿立は理解した。
「あっ……あなたは、いったい? いや、それにこいつらは……」
「どこから出て来たんだい? 近隣の村は避難命令が出ていたはずだが」
奇妙な出で立ちの鹿立を前に、男はやや警戒心を持っていた。
「まあいい。彼らは王国騎士、その中でも最低の奴隷狩り部隊さ」
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「奴隷狩り部隊? 語るに落ちたな、鹿立。そんなもの王国にはないさ」
ここで須藤くんは強引に話を切った。聞いちゃいられない、とでも言いたげな態度だ。そんな彼を鹿立は見下すような、冷たい目で見た。
「お前が知らないだけさ。王国に奴隷狩り部隊は確かに存在した」
「そんな非人道的な部隊、前王の時代にはとっくに解体されている!」
あくまでも奴隷狩り部隊の存在を主張する鹿立を前に、須藤くんは激高した。一触即発、次の瞬間に殴り合いが発生しても少しもおかしくなかった。
「だが秘密裏に存在していた。奴隷はいつの時代だって需要があるからな……
それに、あの頃連合はまだ国として存在せず、教会も認めていなかったんだ。
どういうことだか分かるか、須藤。人間として認められてなかった。
だから奴隷として使役出来たんだ……!」
ギリッ、と鹿立は歯を噛み鳴らした。彼の言葉はただ聞き覚えたというよりは、実感としてそれを目の当たりにしているような感じがあった。
「俺は連合に拾われ、同じく助けられた草薙たちと合流した。そこで知った。
先の戦争は奴隷を確保するために向こうから仕掛けた戦争なのだと」
「バカな……! そんなことをするはずがない! 無駄だろう、そんな!」
「労働力の確保は難しい。特に労働者は教会によって権利を保障されている。
そうなれば、危険な労働に従事させることはとても難しくなる、分かるか。
王国が必要としていたのは物言う人間ではない、物言わぬただの物だった。
そしてそれは、戦争終結後も続いた」
鹿立たちが大跳躍の時来たとすれば、その時にはすでに西方独立戦争は終結し、すなわち西方の人間の人権が認められていたはずだ。それなのに、まだそんなことが続いていたとは。須藤くんの顔が段々と赤黒くなっていくのが分かる。侮辱されていると感じているのか、それとも。すぐに前者だということが分かったが。
「王国は奴隷の存在を認めていない! 当たり前の話だろうが!」
「認めていなくても現に存在する! それが何よりの証拠だろう!」
「そんなものは一部の犯罪者が手を出した結果だ! 王国ではない!」
ヒートアップしていく論争、というより罵り合い。俺は仲裁のためにまた2人の間に入った。ハルは入って来ない、が魔法陣の用意をしている。
「落ち着け。どっちも敵同士だろ? だったら偏った情報があって……」
「俺は奴隷狩りをこの目で見た! それが欺瞞工作だったとでも!?」
「僕を拾ってくれた領主様は奴隷の根絶を目指し、実際に活動していた!
それがただ一つの真実で、こいつの言っていることは単なるデタラメだ!
訂正しろ!」
まったく意味がなかった。これは強引に止めてもらうしかないか、とあきらめかけていた時……最悪の事態は起こってしまった。
「どうしたのかな? 騒々しい……おや、これは」
あー、そう言えば呼んでましたね。
でもこのタイミングで来るかな。
「貴様は……ドラコ=アルグラナ! なぜここに!?」
「来客を出迎えるのは王の役目さ。もう一度聞くが……どうしたんだい?」
これは……想像していた以上にマズいことになったんじゃないか?