02-ニンジャ・エントリー
タロス、西村が太い腕を振り上げて俺を掴もうとする。両腕をすり抜け懐に潜り、ボディーブローを叩き込んだ。踏み込んだ足下が抉れるほどの、タロスの体が浮き上がるほど強い力を込めたが、しかしタロスはニヤリと笑った。
「ヤワい力だぜ……! 俺の無敵の力に比べれば、貴様なんぞはなァーッ!」
タロスは浮き上がりながらも膝蹴りを放った。俺は手甲でそれを防御し後方に跳んだ。腕が痺れる、凄まじいウェイトとパワー。スピードはそれほどではないが、それを補って有り余る防御力を持っている。まあ、対応策なんていくらでもあるんだが。
着地と同時にシーフROMをセット、変身。0と1の光の中で装甲が組み変わる。何の警戒心も抱かずにタロスはまた突っ込んで来る。軽く横に跳びジャンプパンチを避け、ファズマシューターを放った。光の矢がタロスの装甲を砕く。
「グアァァァァァーッ!」
「おッ、やっぱ武器を使えば通るな。ってかやっぱこれ酷いよな……」
殴るよりも威力が高く、弾速が速く、遠くまで届く。ジョブ:ノービスの存在価値すらも揺るがすほどの強さだ。あっちはあっちで長所があるとはいえ、なあ。
「クソッ……!? ふざけるな! 俺は、俺は無敵なんだ!」
「残念ながら、無敵のパワーなんてものは存在しないんだよ」
タロスに向けて走る。タロスは大振りのハンマーパンチを繰り出した。俺はそれを跳んで避け、腕を台替わりにして顔面を蹴った。無防備な頭部に強烈なカウンターを喰らい、タロスはよろめいた。覚悟が出来ている時ならばともかく、予想もせずに、しかも自分の加速まで乗せた結果がこれだ。根本的に戦い方がなっていない。
ダメ押しとばかりに、俺はファズマシューターのトリガーを引いた。顔面に何発も光の矢を撃ち込む。連射を受け、タロスの頭部が――砕けた。
「あっ、やべえ」
やり過ぎた。そう思ったら、タロスの青銅鎧が砕けた。加護の力を失った西村が地面に倒れ込んだ。恐る恐る耳を澄ませてみるが、死んではいないようだ。
「はー……あぶねえ、やっちまうところだった。
さて、どうすっか……」
森に目を向ける。煌々とした炎が立ち上り、木々を焼いている。村人が何百年もかけて育てた森が、一瞬にしてなくなろうとしている。考えたが答えは一つしか出ない。
増設アダプタを取り出し、更にシーフROMを引き抜く。シーフとマジシャンのROMをセットしボタンを押し、俺は再度変身した。見事な三味線の旋律が響き渡り、0と1の奔流が俺を包み込む。碧色の服が黒へと染まり、首筋に赤いマフラーが巻き付く。高い知覚力と攻撃力を併せ持った新形態、ジョブ:ニンジャのエントリーだ。
目を閉じ、2本の指で印を切る。俺の視点は俺の体を離れ、上空から惨劇を見た。最も延焼が激しい地点を感知し、俺は目を見開く。そしてボタンを押した。
『イヨォーッ!』と威勢のいい見栄が響き、俺の手の中に光球が出現した。太陽かと見まごうばかりに輝かしい球体を、俺は空に投げる。球体は放物線を描き飛んで来、森の中心に着地。そして爆発。衝撃波が地上を舐め、炎を消し去った。
「爆風消火ってどこかで聞いたことあったけど、上手くいったかぁ……」
最悪木々を倒して二次被害を抑制する算段だったが、上手くいってよかった。闇の中であれほどはっきりと見えた炎はもはやなくなった。これで後腐れなくシャドウハンターたちを追うことができる、俺は岩肌を駆けのぼり、跳んだ。
ニンジャはしばしば物理法則を無視した運動をする。それはマジシャンの持つ浮遊能力と、シーフの身体能力とが合わさった結果だ。蹴るたびに短時間浮遊し距離を稼ぎ、また跳ぶ。あっという間に俺は山頂へと昇った。眼下の光景を強化視覚で観察する。
木々の間の開けた場所、シャドウハンターは飛来する武器を迎撃しつつ戦いを繰り広げていた。明らかにあいつの動きではない、村人を守るために行動を制限されているのだろう。俺は空目掛けて飛んだ。両手の指と指の間に3つの光球……否、光の円盤を生成。円盤は徐々に膨らみ、4つの突起を生じさせた。俺はそれを、すなわち手裏剣を投げた。
光の軌跡が闇に刻まれる。光は浮遊する武器に命中し、爆発。田村のサイコキネシスで固定されていたそれらを叩き落とした。その隙にシャドウハンターが駆ける。
「テヤァーッ!」「ゴハァァッ!?」
シャドウハンターの業物が、田村の胴を袈裟掛けに薙いだ。勝負あり、峰打ちだが胸骨が何本もへし折れる音が俺の耳に聞こえて来た。吹っ飛んだ田村は地面を転がり、ぴくぴくと悶えた。俺はシャドウハンターの真横に着地した。
「どうだい、俺がいてよかっただろう?
だからあれは水に流してくれると助かるな」
「ふん、貴様がもっとよく人の話を聞いていればこんなことにはならなかった」
ごもっとも。人の話をよく聞きましょう、と俺は通信簿に書かれ続けたが、どうやら直っていないらしい。肩をすくめ、俺は悶える田村に近付いて行った。
「よう、田村くん。結構痛いと思うがまだ大丈夫だよな?
キミにはいろいろと――」
「待て、久留間! まだ止めを刺していない、そいつに近付くんじゃない!」
何と、そう思った時田村の体が鈍く光り輝いた。すると、どうだろう。骨が再生する音をニンジャ聴力が捉えた。視界の端から凄まじい速度で武器が飛来するのを、ニンジャ視力が捉えた。俺は上体を逸らしブリッジ姿勢になって強襲を回避、続けざまに繰り出されるサイコキネシス攻撃を連続バック転で凌ぎ、シャドウハンターの隣に戻った。
「ちょっとガッツあり過ぎじゃないの? 体育会系って怖いわ」
「そうではない。あいつらを動かしている黒幕がもう一人、いるということだ」
闇の中からそれは現れた。
余裕に満ちた、慈母めいた笑みを浮かべながら。
「こんばんわ、久留間くん。ダメじゃない、勝手に出て行ったりしちゃあ」
「そりゃあすまなかったね。トイレの場所が分からなかったもんでさあ」
事の黒幕、中西桜花はにこやかに笑う。
その眼前で田村が起き上がった。