17-わだかまりを抱えても、それでも前へ
次に目を覚ました時、陽は既に陰りかかっていた。如何に冬の太陽が短いとはいえ、さすがに寝過ぎたか。欠伸をしながら立ち上がり、昨日のことを思い出そうとした。草薙たちを連れて、宿営地に戻って来たあとのことを……
「やあ、久留間くん。キミも無事に戻って来られたようで何よりだ」
俺たちを最初に出迎えたのは、橡だった。いつも飄々としたこの男だが、今回は衣服に返り血がついていたり、裂傷があったりとボロボロになっているように見える。前線で必死になって頑張ったんだろう、こいつも。
「おっと、草薙くんに禰屋くんもか。負けて連れて来られたのかな?」
「戦いは終わった。俺たちは俺たちの意志でここにいる、それだけだ」
「そっか。陛下は奥の酒場で待っておられる、早く行ってあげた方がいい」
それだけ言って橡は立ち去って行った。あいつもあいつで無理をしているんだろうな、というのが分かる歩き方だ。どいつもこいつもやせ我慢が好きだ。
俺たちに、というか正確には草薙たちに向けられる視線は、決して心地いいものではなかった。睨まれているのではない俺たちでさえ萎縮してしまうというのに、2人はまるで何事でもないかのように平然と歩みを続けている。
「えーっと、久留間武彦です。あとその、捕虜連れて来たんです。転移者の」
「ご苦労だったな。入りたまえ、鍵はかかっていないからな」
分厚い酒場の扉はピッチリと閉められ、侵入を排除しているようだった。俺は重い扉を押し開け、皆を室内に誘った。草薙たちが下手な動きをしないように見張りつつ、扉を閉める。中にいたのはドラコさんとオルクスさん、そして陰で息をひそめているが苫屋。本当に隠れているのかは微妙なところだったが。
「王国の重鎮が2人もここにいるとはな。逆転も出来るか――?」
草薙はドラコさんを睨み言った。
ドラコさんは涼しい顔をして受け流す。
「キミにその気があるのならば、扉が開いた瞬間やっているのではないか?」
「どうだろうな。相手の顔を見て覚悟が決まったということもある」
「ここで暴れる意味はない。だが、私の話を聞く価値はあると思うのだがね」
ドラコさんは柔和な笑みで2人に席を勧めた。椅子は2脚しか用意されていない、初めから彼らがここに来ることを想定していたのだろうか?
「先に確認したいことがある。西方兵士たちの扱いについてだ」
「そちらについては軍司令官同士で話し合っている。悪いようにはしない。
我々の敵は人間同士ではない、もっと大きなものなのだからね。
いたずらに消耗する気はない」
生きていたのか、司令。あの場で死んだのは西方の指導者で、軍の司令官とはまた別にいたということか。組織体系がややややこしい気がする。
「それから、キミの友人たちについてもこちらですでに保護しているよ」
「古屋と鹿立のことか。あいつらはどうなる、何人もそちらの人間を殺した」
「それを言うなら我々も、だ。どうこうする気はない、我々にはな」
個人的感情はともかく、それ以外は追及しないということか。何とも。
「至れり尽くせり、という感じだな。何がしたいんだ、お前たちは」
草薙と禰屋はまだ警戒心を抱いているようだったが、少なくとも話し合いをする気にはなったようだ。椅子に腰かけ、ドラコさんと対峙する。
「すでに西方の首都がダークによって制圧されたことは、複数証言を得ている」
「……その通りだ。西方の民を生かすため、俺たちには土地が必要だった」
だから無理くりこっちに攻め入って来た、ってことか。ドラコさんの予想はだいたい当たっていたのだ。その辺りが話の鍵になるのか……
「西方領をダークから奪還するなら、我々は力を貸そう」
「なぜ? そうするだけのメリットが、お前たちには存在するのか?」
「領土内から出て行ってもらえる、それだけで大きなメリットだよ」
表情を変えないドラコさんを見て、不信感を募らせる2人。だが彼の言っていることは本当だろう。前に言っていた、この国を変えたい、と。
「搾取は健全な関係ではない。そしてそれは腐敗を生み、国を亡ぼすだろう。
私はもう少し建設的な関係を築いていきたいと思っているんだよ、草薙くん。
それがこの国をより良い方向へと導くことにもなるだろうと思っている。
我々のためだよ、これはね」
「……アンタがどんなことを考えていようが、俺には関係ない」
草薙は目を伏せた。
何事か考えているのだろう、協力すべきか否か。
「俺が言っても説得力がないかもしれないけどさ、草薙」
というより、絶対に受け入れてはくれないかもしれない。こいつらに取って俺は仲間を殺した、友達を殺した悪逆非道な鬼か何かなのだから。
「人間同士の殺し合いなんて、すべきじゃない。終わらせるべきだと思う」
「……そんなことは分かっている。だが、戦わなければいけない時がある」
「それはいまじゃない。俺は多くの人を殺して来たし、これからもそうだろう。
でも、殺さずに終われるならそれが一番いいって、いまは思っているんだ。
なあ、頼む。終わりにしちゃくれないか、この戦争を、ここで終わりに。
そうじゃなきゃ……」
また死人が増えるだけだ。転移者も、そうでない人々も。それを見て喜ぶことができるのは、神か悪魔かそれくらいだろう。
「お前に言われたくはないな、久留間。
仲間を、友達を殺したことは忘れん」
鹿立は俺のことをキッ、と睨んだ。が、すぐに視線を外し席を立つ。
「だが、俺たちも生き残るためにいろいろなことをやって来た。殺しもな。
その中には、かつての友達だって含まれる……俺にだって言えた義理じゃない」
「鹿立、待てそれは……」
「仕方のないことだったのかもしれないな。だが、それでも変わらん」
そう言ってドラコさんの方を真っ直ぐ見た。
「西方を取り戻すためなら、俺はかつての敵とだって組む準備はある。お前は?」
「……同様だ。私は、あの国が好きなんだから」
その答えを聞くと、ドラコさんは満足げに頷いた。そして手を叩き侍従を呼び、彼らを部屋へと招待させた。一先ずこれで、当面の危機は去ったということか。
俺の言葉がどれだけの意味を持っていたのかは、分からない。意味などないのかもしれない。けれど、戦わずに済むということは嬉しいことだった。