17-ノーサイドとは行かない停戦
周囲で断続的に響いていた戦闘音は既に聞こえない。王国と連合の戦闘は終結したのだろう。あの狼煙がすべての終わりを告げたのだ。
「とにかくドラコさん、戻りましょう。いつまでもこんなところに……」
言った瞬間、雪柱が上がった。南側の山、森の中。ハルたちが回り込もうとしていたところだ。陽動に動いた彼らに、何かがあったということだろうか?
「ドラコさん、俺は向こうの様子を見て来ます。あなたは……」
「出来るだけ早く、仲間と合流しよう。キミも気を付けて行きたまえ」
そりゃこっちのセリフだ、という言葉を飲み込み、俺は走り出した。この状況で襲ってくる可能性があるとすれば、ダークかマーブルか。どちらにしても、ハルたちが危ない。全速力で駆け出し、足場の悪い森の中を駆け抜けた。
走る俺の隣にあった樹に、何かが激突した。走りながら視線を向けると、上半身だけになったまだら色の怪人が叩きつけられていた。マーブルだ、それはそのまま爆発四散した。近い、そう思って前に目を凝らすと戦う人陰があった。
「この怪物、俺たちのことを無差別に狙っているようだな……!」
まず目に入ったのは、道着を基本にしたような装甲を身に着けた戦闘態。シャドウハンターが戦ったという草薙良治だろう。それに横合いから跳びかかろうとする獣型マーブルがいたが、それは見えない網に絡め取られたかのように空中で動きを止めた。禰屋のサイコキネシスか、草薙の剣がとどめを刺す。
「こいつらを操っているのは宵闇の女神!
目的は私たちを殺すことだ!」
ハルが多重詠唱を行い魔法陣を大量に形成、大量の火炎弾を周囲に放った。それらの狙いは味方を撃つことのない、非常に繊細なものだった。一撃の威力はダークを殺すほどではないにせよ、味方が戦う隙を作ることは十分に出来た。
怯んだマーブルの首を須藤くんが掴む。掴んだ掌から冷気が漏れ、マーブルの首を切断する氷の刃が生えた。攻撃的な氷を生成する能力、か。左手から無事なマーブルを牽制するための物体を生成している当たり、応用性は高そうだ。
涼夏は須藤くんと似たような能力を持っているようだが、大分使い方が違う。掌を向けると風が生じ、そこに氷の粒が混じる。射線上にいたマーブルの体が見る間に凍り付き、そして砕けた。ダイヤモンドダストとでも言うべき能力なのだろうか? 物体を一瞬にして凍結させ、砕くとは強力な能力だ。
「ハル! それに須藤くん、みんな! 無事だったんだな!」
俺は一行に向けて叫んだ。飛びかかって来るマーブルを裏拳で打ち、足元から迫るものを踏み潰す。みんな怪我はしているが、致命傷は負っていない。
「久留間……お前が俺たちを助けに来てくれるとはな」
草薙は構えを解かないままに答えた。
マーブルの数はまだ多い、当たり前だ。
「あの煙、見ただろ?
この戦いは終わり、終わっちまえばノーサイド。違うか」
「そう思わない人も多い。簡単に終わるわけではない、この戦いは」
終わらせてほしいものだ。俺たちの敵は人間ではなく、人間を駒にして戦うクソッタレの神様なのだから。鳥型マーブルが上空を旋回するが、撃ち落とされる。一撃一撃毎に狙撃点を変えているようで、射撃の間隔はまばらだ。
「話したいことはいろいろあるが、まずはこいつらを始末しないことにはな」
「ああ、こいつらの力は驚異的だ。仲間にとっても大きな脅威となる――!」
草薙が身構える、俺たちも。
共通の敵を睨み、そして動く。
「まずはここを突破することだ。行くぜ――!」
転移者7人を相手にマーブルは対応出来なかった。というより、マーブルたちは潮が退くように消えて行ったのだ。もっとも、まともにやり合えば万が一のことが起こるかもしれない。結果的には、これが一番よかったのだろう。
「お疲れさん、ハル、須藤さん。陽動、大変だっただろ?」
「2m越えの化け物と戦うよりはマシだ。そっちはどうだった?」
「鹿立と古屋の方は問題なし。ただ、西方の宿営地にいた人たちは……」
そう言って、俺は宿営地で起こったことを話した。巨大ダーク、そして転移者に与えられた戦闘態。戦いは終わった、だがまだ何かがありそうだ。
「とりあえず、最大の懸案事項はどうにかなったが問題は山積みだな」
「だよなぁ。西方との折り合いだってつけなきゃならないだろうし……」
これが終わったから即、神の問題に対応出来るというわけでもないのだ。もどかしいが一歩一歩進んで行くしかない。しかも俺がそれに関われないというおまけ付き。荒事が終わってしまった以上、俺には待っていることしか出来ない。
「えーっと……立場的には投降ってことになるのかな、お前たちは?」
「ドラコ様もそうしたくはないだろう。こじれる要因は作りたくない」
「負けはした。だがこれからどうするか、それを決めるのは俺たちだ」
そうですかい、まったく面倒だな。まあ、将棋じゃないんだ。捕えられた相手がこっちの言うことを聞いてくれるかどうかなんて、それこそ本人次第だ。転移者の力は神と戦うためには必要不可欠、ならば彼らに頼るしかないだろう。
「見えて来たな。あれが私たちの宿営地だ、草薙」
小高い丘を登り切ったところで、ハルが俺たちの使っている村を指さした。出て行った時と変わらない、長閑な寒村の風景が広がっていた。待ち受けるものは多くある、だがいまはそれを忘れて、泥のように眠りにつきたい気分だった。