17-言葉を本当に届けたい人には届かない
成沢を爆発四散させた後、俺は戦場を振り仰いだ。状況は先ほどよりも悪くなっている、巨大な化け物の近くに他のダークが集まってきたからだ。人型のダークは人間のなれの果てか。ドラコさんと苫屋は攻撃をいなしつつ反撃を行う。
「さっき助けてもらったからな。今度は俺が頑張る番……!」
シーフをファイターに交換し再変身。オリエンタルな笛の音が流れ、俺はジョブ:マジックソードへと変わった。魔法の矢を生成、射出しつつ走り出した。跳躍、剣を振るう。苫屋を押し潰そうとした巨大ダークの拳を弾き飛ばし、時間差で飛来した魔法の矢が人型ダークたちを吹き飛ばした。着地し苫屋に振り返る。
「よう、さっきは助かった。怪我はないかい?」
「問題ないわ。そっちこそ、成沢を倒したみたいね」
「とどめを刺すことは出来なかったけどな。こっちを優先せにゃならん」
俺の言葉を聞いて、苫屋は苦い顔をした。
「……友達なんだ。殺さずに済ませてくれたことには、感謝しておくよ」
そういうものか。殺されかけても、何をされても、友達か。向こうが同じ感情を抱いているのか、俺にはよく分からない。だがどうにかすべきはこいつだ。
「3連打……ちょっとキツいけど、こいつをやるのは俺の仕事だな」
ダークを回転切りで弾き飛ばし、地面を這うように振り上げられた拳をバック転で避け着地。ベルトのボタンを押し込み、とどめを刺そうとした。
「……オオオオォォォォォォーッ!」
その時、獣の咆哮かと思うほど激しい声を聞いた。まとわりつくダークを切り飛ばしたドラコさんが発しているものだ。彼は全身に力を漲らせ、跳んだ。化け物の身長よりも高く、あれの頭を切り落とせるほど強く。握った長刀の柄が砕けんほどの力を籠め、剣を振り下ろす。ダークの太い首に剣が食い込み、切り落とした。
「……さすが、強い」
生身の人間であれほどのことが出来るとは。
さすがは王国を束ねる者、か。
巨大ダークは爆発四散。だが、その隙に乗じて動くものがいる。漆黒の炎を纏った闘士が。俺はドラコさんに向かって飛んで行く炎との間に割って入り、裏拳で炎を弾き飛ばした。岩肌に黒炎が激突し、轟音と共に斜面が砕ける。
「この期に及んでも個人的な怨恨を優先するか、マリー!」
この場にいるのは、俺と苫屋だけ。故にドラコさんは彼女の愛称を使ったのだろう。ローズマリーさんは苦虫を噛み潰したような顔をして出て来た。
「幸運で生き残ったにもかかわらず、傲慢な物言い。死人のくせに」
「いいや、こうして生きている。それだけが真実だ、ローズマリー」
ドラコさんはもはや情の見えない目をしていた。鋭い剣の切っ先をローズマリーさんに向ける。その間に立つのは、織田くんだ。俺は身構えた。
「西方開拓連合首領、ウルク=ハールは死んだ! 抵抗は無意味だぞ!」
「無意味かどうかは私が決めるわ、兄さん。元々意味なんて関係ないのよ……」
ローズマリーさんは両手に魔法の炎を発生させた。なかなかの威力を持っているようだ、とは言えさすがに加護の力には及ばないのだろうが。
「それに、あなたは私たち人間にとって有害な存在となり果ててしまった」
「なに?」
「いずれ分かります。転移者を抱えておくことがどんな意味を持つか」
そう言うとローズマリーさんは炎を打ち出した。俺とドラコさんは同時に駆け出し、炎の弾丸を弾き飛ばし彼女を確保しようとした。しかし、その前に織田くんが立ちはだかる。彼が腕を振るうと、俺たちと彼らとを隔てる黒い炎の壁が出現した。淡く揺れる陽炎越しに、俺たちは睨み合った。
「殺させやしないよ、久留間くん。僕が生きている意味はこれだけなんだ」
「なあ、あんなこと言われてんだ。着いてったらロクでもねえことになるぞ」
転移者がこの世界にとって害悪だというのならば、織田くんだってその例外ではないだろう。だが、彼は戦闘態の凶悪な顔を困ったように歪めて言った。
「この人と一緒にいられるなら……行き先が地獄でも満足出来る気がする」
狂信。その表情には、どこか捨て鉢な危うさがあった。俺にはそれを止める権利も、意味もない。立ちはだかるというのならば、今度こそ殺すだけだ。
「マリー。私はお前が帰ってくると……そう信じている。信じ続ける」
「見たいものだけを見ていたいというのならば、そうするといいわ。兄さん。
それならば、最後に勝つのは私なのだから……!」
ローズマリーさんは憎しみを込めた目でドラコさんを睨み、踵を返し去って行った。黒い炎が晴れた時、もはやそこに生者は残っていなかった。
「何を言っているんだろう、あいつら。転移者が害悪……?」
誰に言っているのでもない、自問自答するような小さな声で苫屋は言った。俺も気になるが、そんなことを考えたって仕方がないだろう。変身を解除し、苫屋の方を見た。
「気にすることはねえよ、俺たちを動揺させて隙を増やそうってだけだろう?
そんなことを気にしてたら、今度あいつらに殺されるのはお前になるぜ」
「……分かってる。アンタにそんなこと、言われなくたって」
苫屋は俺を睨み、ドラコさんに一礼して去って行った。吹き飛ばした成沢の安否を確かめようとしているのだろうか? 全力でぶっ飛ばしたからしばらく動けないと思うが、油断は禁物。それだけ言っておいたが、やはり返事はなかった。
「西方との戦争は終わりですね。これで、化け物との戦いがやりやすくなった」
「……そうだな。この世界をより良い方向に導けると、私は信じているよ」
ドラコさんの方も心ここにあらず、という感じだ。ローズマリーさんのせいだろうか、彼女が言ったことを彼も気にしているのだろう。
「……対話の余地なんてないように見えましたよ、ドラコさん。
あなたが何を考えているのか、何となくわかりますよ。
でも、それをしようとしない相手とは分かり合えない」
言って、俺は自分のことを言っているのではないのかと思った。他人の価値観を許容せず、独然と独断で相手の生き死にすら決定する生き物のことを。
「分かっているさ、そんなことは分かっている。ありふれた話だ」
ドラコさんはポツリと言った。深い悲しみが見て取れる。
「だが、私は分かり合えると信じていたいんだよ」