17-懲りない悪党との戦いは心底疲れる
天から降る黒い流星を、俺も鹿立も目撃した。
もう島田の狙撃もない。
「なあ、鹿立。俺たちそろそろ話し合うべきだと思うんだけど……」
「会話の余地がないと言っていたのは、どこのどいつだったか?」
そんなことは言っていない……気がする。
きっとそんなことは、うん。
そんなことを考えていると、俺たちの真上の空も黒く輝いた。矛盾している表現だが、そうとしか言えない。俺たちに向かって降って来た黒い流星をそれぞれかわし、鹿立は無防備な古屋を守った。地上で炸裂した黒い流星は飛沫のそれぞれが形を取り、小型のダークへと変わった。あっという間に俺たちは包囲される。
「やれやれ、堪んねえな神様。って言うわけで、ここは任せたぞ鹿立」
「……古屋は立てん。このまま本営に向かおうというのか、久留間?」
「安心しろよ、この期に及んでお前たちと事を構えるつもりはないからさ」
そんなことをやっている余裕はない。鹿立は頷き、ダークたちへの戦闘態勢を取った。獣型のダークが俺に跳びかかって来る、俺は腰を落としてそれらを1体1体迎撃。攻撃の波が途切れた瞬間を見計らって走り出した。
「気をつけろ! もしかしたら戦闘態が使えなくなるかもしれんからな!」
「いずれにしろ、俺がやることも、やれることも変わらん! 行け、久留間!」
さすが。能力によらない精神性、それが鹿立の持っている一番大きな強さだ。俺はサムズアップし走り出した。西方の本営に向かって。
道々にもダークが出没していた。結構な数の流星が地上に降り注いだ、1つにつき5体くらいのダークが出現すると考えると、ちょっと計算したくない数の化け物が現れたことになる。もはや西方も王国もないな、と俺は内心で思った。
「ヒッ、ヒィーッ! く、来るな! こっちに来るなよォーッ!」
走っていると、情けない声が聞こえて来た。西方の戦闘服を着た兵士だ。複数のダークに追い掛けられている。ちょうど進路上にいる、仕方ねえからついでに助けてやるか……そんな風に考え速度を速めた時、流星が男に直撃した。
無事では済むまい。そう思ったし、事実そうだった。ただし、俺が想像していたのとは180度違う事態が起こったが。流星に打たれた男は瞬間的に真っ黒に染まり、苦悶の叫びをあげたかと思うと人型のダークへと変貌した。
「これは……! 人間をダークにする力を持っているのか、これは!」
いや、動物系のダークももしかしたら元は生物だったのだ。ならば許容量を超えた魔素を吸収した人間がダークになっても何ら不思議はない。兵士は一瞬にして矢身を纏った人型へと変わる。桁違いの威圧感が俺に押し付けられる。
「お手軽に強くなれるってんなら、俺もやりてえもんだな」
男は闇の剣を振りかざし、力いっぱいなぎ払う。俺は屈み、ほとんど地面と平行になるように飛びながら蹴りを放った。剣をすれすれのところで潜り抜け、腹部を突き破る一撃を叩き込む。ダークは一瞬にして爆発四散して消えた。
「……悪いな。元人間だろうが、手加減しちゃいられねえんだよ」
また俺は走り出す。もし人を守りたいと思うのならば、あの黒い流星をぶっ潰さなければならないようだ。難しいが、やらざるを得ないだろう。少なくとも苫屋やドラコさんは守らなければならない。そう考えながら俺はまた走り出した。
斜面を駆け降りて行き、村の中央へと辿り着く。ある意味予想通りの光景が広がっていた。デカい化け物、そして戦闘態を発動させた成沢明菜。
「女神はダークを陽光神の手駒だって言ってた。それなら……」
ダークによって戦場をかき乱し、成沢を自由にし、その隙に戦闘態の力を復活させる。王国によって虐げられていた彼女が俺たちに牙を剥くのは分かり切っていた。デカい化け物はところかまわず暴れ回り、成沢は2人と戦闘を繰り広げる。
「ッハッハッハ! ザコどもが、私に逆らった報いだよォーッ!」
いつものおしとやかさはどこへやら、成沢は醜悪な笑みを浮かべながら長い腕を乱舞させた。如何に強力な力を持つ2人であろうとも、戦闘態相手には分が悪いのであろう。それに加えてデカい化け物の支援もあるのだから始末に負えない。
(ならば、意識の外から速攻で殺すしかねえってこった……!)
恐らく戦闘態となったことで彼女の持つテレポート能力も強まっているだろう。どんなものになっているか想像もつかない、能力は使わせないに限る。
俺は全速力で雪の上を掛け、ベルトのボタンを押し込む。そして飛び蹴りを繰り出した。成沢は俺の接近に気付き、振り返るが遅い。このタイミングからではテレポートで距離を取ることすら出来まい。これでとった!
「殺したとでも思ったか!? 残念だったな……久留間、武彦ォッ!」
成沢の眼前がグニャリと歪む。俺の足がそれに飲み込まれる。凄まじい悪寒を覚え、俺は反射的に蹴りを加速させた。全身が歪みに飲み込まれ、気付いた時には俺の蹴り足はドラコさんの方に向かって伸びていた。
「……!? っぶねえ、ドラコさん避けてくれ!」
幸い、ドラコさんは俺の接近を察知して反射的に身を屈めた。おかげで彼の頭を俺の蹴りが吹っ飛ばすようなことはなくなった。雪煙を噴き上げながら俺は着地、再び成沢の方を向いた。全体的に線の細い戦闘態だ。
「テレポート能力の応用だな。呪物なしでも短距離移動が可能になった」
「例えそれが自分でなくても、ということか……」
成沢を油断なく睨む。と、背後の化け物が足を振り上げた。あんな物に押し潰されれば、いかにファンタズムと言えど無事では済まないだろう。
「ドラコさん、化け物の相手を願います。俺はこっちだ」
「心得た。気をつけたまえ、相手は常軌を逸しているからね」
そりゃこっちのセリフだ。苦笑し、俺は横に跳んだ。