17-再戦、巨人とヒーローと
……その翌日、西方開拓者連合が動き出した。王都に近い村――俺たちが奪還に向かい失敗し、その後取り戻したあの村――に奇襲を仕掛けて来たのだそうだ。守備隊は壊走し、村は開拓者連合によって支配された。彼らはそれを足掛かりにして、王国への本格的な侵攻を仕掛けて来るつもりなのだという。
更に、ダークが北から、マーブルが南から確認された。まるでタイミングを示し合わせたかのように、化け物と人間が王国を滅ぼすために動き出したのだ。あの不気味な天使の動きが見えないことを、幸いというべきか。それとも。
いずれにしろ、事態は動き出した。
王国の興亡を決める1日が始まる。
西方開拓者連合の兵士たちは雪山で騎士たちを待ち構えた。騎士たちは爆裂魔法で雪を崩し、開拓者たちは風の魔法でそれを拡散させた。雪に乗じて重装備の騎士たちが斜面を駆け降り、それを屈強な労働者上がりの兵士が待ち構える。怒号と銅鑼、太鼓の音が鳴り響き、大気を震わせる。俺も同じように震えていた。
「まだ出るなよ。キミは戦闘態相手の切り札なんだから、さ」
「分かってる。とはいえ、向こうは転移者7人。不利は否めねえな……」
向こうの転移者が死んだという話は聞かない。死んでいるとすればエラルドに侵攻してきた連中だけだろう。草薙、禰屋、島田、鹿立、古屋、滝本。それから消去法で言えば町田祈里と言ったところか? まだ敵の数は多い。
「俺たちの仕事は重要だ。でも、気を張り過ぎないで行こう。久留間くん」
緊張しているように見えたのだろう、須藤くんは俺の肩をポンと叩いた。俺の後ろには涼夏、そしてハルがいる。多良木は本営で2人の護衛をしている。橡の能力は多人数戦闘に向いている、そのため前線に配置されておりここにはいない。
「分かってる。転移者を足止めして、騎士隊が敵の本隊を押さえる時間を稼ぐ。
戦闘態の力が圧倒的なものであるとはいえ、一度に戦える人数は限られてる」
「そうさ。俺たちの仕事は足止め、それほど難しいことをするわけじゃない」
とはいうものの、本当に足止めだけをしていればいいのだろうか? 戦力は王国側の方が充実しているとはいえ、敵は防衛の準備を完全に整えて待ち構えている。昔どこかで、防衛側に対して攻撃側は3倍の兵力を用意しなければならないと言っていた気がした。そこまでの戦力があるとは思えない。それとも……?
そんなことを考えていると、崖の下で雪煙が上がった。見ると、そこには巨大な金属塊めいたものが丸まっていた。本陣から文字通り跳んで来たのだろう。奴の名は鹿立博満、俺が幾度も戦いながら、未だに仕留めきれない凄腕だ。
「んじゃ、表を引っかき回すのは俺がやって来るわ。後詰めは頼んだぜ」
「え、ちょっと待ってくれ! 戦闘態は一対一をやらないのが原則……」
「大丈夫だ、須田。こいつはやる。思いっきりやって来い、武彦」
ハルとしては前線を思い切り引っかき回してくれた方がいいのだろう。俺は苦笑しながらも、崖から飛び降りる。須田君の悲鳴が聞こえた気がした。
「ケリをつけようじゃねえか、鹿立。レッツ・プレイ……変身!」
ファンタズムROMをセット、変身し岩肌を蹴った。俺の体は水平に打ち出され、雪の斜面目掛けて飛んで行った。ゴロゴロと斜面を転がりながら着地、鹿立目掛けて突進を仕掛ける。騎士を押し潰すために腕を振り上げた鹿立の脇腹目掛けて槍めいたサイドキックを打ち込む。さすがのウェイト、吹き飛びはしないようだ。
「……やはり来たか、久留間。大方こいつらを先に進ませるためだろう?」
「さすが、分かってるじゃないか。お前にこれ以上いいカッコはさせねえ」
反動で着地し、ファイティングポーズを取る。と、俺の背後に光り輝く獣が出現。牙を剥き虚空に向かって噛みついた。舌打ちが聞こえ、何かが現れた。現れたカメレオンめいた化け物は光の獣の顎を持ち、真っ二つに引き裂いた。
「奇襲失敗かよ! 勘がいい、運がいい、やるなぁお前らはァッ!」
「これだけ派手にやったんだ。奇襲くらいかけて来ないと寂しいぜ」
村側の稜線がキラリと光る。俺は頭部を守るために籠手を掲げた。遠隔攻撃能力だ。この期に及んでもまだ生きていたとはさすがに驚きだ。恐らく奴もすでに戦闘態を取っているのだろう、比べ物にならないほど強い衝撃に吹き飛ばされる。
「久留間くん! 待っていてくれ、すぐにそちらに向かうからッ!」
須田くんが俺を助けるべく降りて来ようとしている。参ったな、俺を助けに来たんじゃ困るんだ。そう思っていると、ハルがフォローを入れてくれた。
「待て。あの2、3人は武彦に押さえて貰おう。そうした方が楽だからな」
「同感だ。相手はただでさえ対応に手間取る戦闘態、数が減ると厄介だ」
「いや、それを行ったらたった1人で3人を相手にするなんて無理だろう!」
崖の上でまだ言い合っている。行くなら早くしてくれないかなぁ、こいつらを足止めするだけでもしんどいって言うのに。古屋は幻影を発動し、いくつもの分身を作り出す。どうやら他人を増やすことは出来ないようだが、厄介なことに変わりはない。俺は数体の古屋を捌くため、防戦一方にならざるを得なくなる。
「あいつのことを知ってるのはこいつらの方だ。行きましょう、兄さん」
「しかし……たった1人、仲間を置いて行くわけにはいかないだろう!」
ああ、なんて真っ直ぐな人なんだ。
ありがたいけどちょっと鬱陶しい。
「一発支援してから行けば、お前も納得してくれるか? それなら、行くぞ」
ハルは魔法陣を生成、何らかの攻撃を行おうとした。その隣に涼夏も並ぶ。
「なら私も一発だけ。巻き込まれないように、注意だけはしておいて」
その距離、常人なら聞こえないんだよなぁ。俺は聞こえるけど。ハルは魔法陣からいくつもの火炎弾を撃ち出し、涼夏は自身の周囲にキラキラと輝く氷の刃を生成。がけ下にいる俺たち目掛けて一気に撃ち下ろして来た。
火炎弾と氷の刃が地面に突き刺さり、爆炎と雪煙を巻き上げた。俺はそれを紙一重で回避し、ボタンを押し込んだ。『フリーダム・ストライク!』の電子音声が鳴り響き、右足にファズマが集中する。古屋の弱点はこの間と変わっていない、一撃を受ければ幻影が解除されてしまうのだ。それを絶え間のない連続攻撃でカバーしようとしていたらしいが、仲間との連携でどうにかされてしまう程度のものだ。
俺は左足で雪原を蹴り、古屋の首を刈り取らんと回し蹴りを放った。足は吸い込まれるようにして古屋に叩き込まれ、その体を砲弾めいた速度で打ち出した。ほとんど廃墟になっていた住居に古屋は激突、それを粉砕しながら更に跳んだ。何度もバウンドする古屋の体が光に包まれ、戦闘態が解除された。死んではいない。
「次は手前だ、鹿立。そろそろ決着をつけたいと思っていたところなんだ」
俺は人差し指を鹿立に向けた。
装甲の熱い鹿立は攻撃を簡単にやり過ごす。
「……出来るものならやってみろ! 俺は、負けない!」
巨人と人間。見るだけで結果が分かるような戦いが、いま始まった。