17-野心を抱くにしろ状況を考えろ
会議は終わり、解散の流れとなった。他のメンツはまだまだ話すことがあるようだったが、俺の方は先に上がらせてもらうことにした。エラルドからの脱出でかなり疲れたし、長いこと寝ていない。思考が段々と鈍くなっていくのを感じていたのだ。ドラコさんに部屋を宛がってもらい、俺は一先ずそこで休むことにした。
廊下を歩きながら階下を見る。王城の近くにある庭園にも避難民のテントが設置されていた。市街地に入りきらない人々を収容しているということだったが、どれも薄汚れ、傷ついたものばかり。やはり長くは保たないのだろう。
(ダークとマーブルの跋扈、西方動乱、天使の出現によって状況は変わった。
これまで我々は多少余裕を持って対応することが出来ていたのだが……
具体的には食料品が足りなくなってくるだろう。保って数カ月というところだ)
そうドラコさんは言っていた。それでも西方よりは余裕はあるものの、増殖する化け物を相手に包囲殲滅戦を繰り返されてはいずれ限界は来るだろう。それに、流民たちを養うようにこの街のインフラは出来ていない。上下水道、ゴミの始末、衛生環境の低下による病気の蔓延。様々な懸念事項が現れている。すぐにこれを解決せねばなるまい。
(しかし、何から手をつけていいものか。付けられるものも限られている)
陽光と宵闇の神がこの世界のどこにいるかも分からないし、異形天使がどこから現れるのかも分からない。俺たちには分からないことだらけだ。対応を行うことさえも出来ないほどに。一先ず、差し迫った脅威である西方開拓連合に対して決戦を行う、ということで話は固まっている。だが漁夫の利を狙われないとも限らない。
(それに、天使は人間に寄生しているって言った。つまり……)
神でさえ探知出来ないものを、人間に出来るわけがない。一応この件はドラコさんに伝えておいたが、上層部で止まることとなった。人間の中に化け物候補がいるとなれば混乱が起こることは必定。思えば、ラグラトスはこのために俺たちにその事実を伝えたのかもしれない。狡猾なことだ、どちらにしろ疑念は晴れない。
「やあ久留間くん。こっちに来たのいつ?
歓迎したのになぁ、分かってれば」
いけ好かない男の声が横合いから投げかけられた。無視しようと思ったが、向こうから近付いて来るのならば仕方がない。俺はいやいやながらもそちらの方を向き、心の内側をありありと表面に出した。しかしそいつは気にしない。
「エラルドでも大変だったみたいだねぇ、何人も死んだんでしょう?」
「……それを言ったらこっちでもだろ。転移者がまた2人死んだらしいな」
「らしいね。僕も直接見たわけじゃないから分かんないけど、さ」
橡は悪戯っぽい笑みを浮かべながら俺に並んで歩き出した。俺が言えた義理じゃないが、人の死に対する対応が軽い気がする。こいつはいつもそうだ。
「俺は疲れてるんだ、休ませてくれ。与太話聞かせたいなら別のにしてくれ」
「もう誰も聞いてくれなくてさぁ。キミくらいだよ、僕の話聞いてくれるのは」
「自業自得だろうが、それだと。ったく、付き合ってられねえとはこのことだ」
ため息を吐くが、しかしいつの間にか橡のペースに飲み込まれて会話をしてしまっていることに気付く。こいつには詐欺師の才能があるな。
「どこもかしこもしっちゃかめっちゃかになっちゃってるよね、これはさぁ。
ダークやマーブルと言った怪物に始まり、西方の覇者がこちらに攻めて来た。
姫君は祖国を裏切り理想に付き、姫を守る騎士はすべてを捨て付いて行った。
更にはこの世界を無に帰そう、なんて物騒な天使が現れて来て……
っはっはっは。楽しくなって来たな、これは」
「……オイ、橡。手前、本当に楽しいとでも思っていやがるのか?」
いい加減にイライラして来て、俺は橡のことを睨み付けた。彼はニヤリと笑い、それを真正面から受け止めた。そこには何の感情も浮かんでいなかった。
「ああ、楽しいね。キミだって正直なところは、そうなんじゃないのか?」
「理解出来ないな。人の命も自分の命も掛かってる。遊びじゃねえんだぞ」
「遊びじゃ誰も評価してくれないからね。だからこそ、血沸き肉躍るのさ」
橡は振り返り、俺にはよく分からない表情で微笑んだ。
「こっちの世界に来て、初めは腹が立った。けど悪くないと思って来たんだ。
この世界を救って、英雄として骨を埋めるのも悪くないんじゃないかと思う。
向こうの世界じゃ、個人はどう頑張ったってもう英雄にはなれないんだ。
だけど、こっちならなれるよ」
「英雄なんてものになってどうするつもりだ? 何かいいことあるのか?」
「さあ? でも自分の人生に満足することは出来ると思う。充実した体験さ」
橡が言っていることも、感じていることも、考えていることも少しも理解出来ない。英雄だのなんだの、そんなことを言ってこいつは殺しを楽しんでいるだけではないのか? それこそ人のことは言えないが、拒絶することくらい出来る。
「そんなこと考えながらやってたら死んじまうぞ。やめとけ、やめとけ」
「ふぅん? キミはそんなことを少しも考えないで戦っているとでも?」
「俺がやるべきことはそれじゃない。ただそれだけだよ、橡」
偽らざる気持ちを吐露すると、橡はつまらなそうに鼻を一つ鳴らした。
「キミは僕が思っていたよりも、つまらない人間だったみたいだね」
そうして俺に興味を失ったかのように、足早に歩き出した。何を考えているのかは分からない。だけど、あいつだって俺が守るべき人の一人なのだ。
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