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17-残された手札は多くない

 俺たちは人でごった返す目抜き通りを進んだ。陽が昇り、朝焼けに照らされた道はまるで血の海だ。エラルドからの脱出者だけではない、近隣の村からも人がこちらに来ているのだろう。どこもかしこも、ギリギリのところで保っている。


「話を聞く限りでは、王国の各地でダークやマーブルが現れているようだな」

「それだけでも手いっぱいだってのに、あの化け物どもまで来るなんて……」


 レニアが不安げに顔を伏せ、俺の手をギュッと握って来た。俺はそれに答えるように握り返す。この子を不安にさせるものをすべてぶっ飛ばしてやる。


「どうにか対策を立てないとな。このままじゃ全部終わっちまうぜ」

「ドラコ殿も対策を立てているだろう。まずは合流しなければ、な」


 俺たちは歩を進め、王城へと向かった。王城の入り口はいままでにないくらい厳重に警備されており、そこの守衛とナーシェスさんが何やら話していた。


「あれ、ナーシェスさん。どうしたんですか、こんなところで?」


 守衛はギョッとした(不敬ですまないね)顔をしたが、ナーシェスさんはいつもと変わらぬ朗らかな笑みを浮かべて俺の方に振り返って来た。


「よっ、久留間くん。彼、前線に出てたらしいからさ。いろいろ聞いておいた」

「へぇ。しばらくこっちを離れてましたけど、いったい何があったのか……」

「ま、それに関しては移動しながら話すとしよう。兄上がもう待っているから」


 ナーシェスさんは守衛に挨拶してそこから歩き出した。ビシッと折り目正しく敬礼する騎士さんを後目に、俺たちは王城の中へと入って行く。


「また1人転移者が死んだそうだよ。宮野木(みやのぎ)天音(あまね)さん、知ってる?」

「ええ、俺の友達でした。そうか、あの子も死んじまったのか……」


 俺はため息を吐いて視線を足下に落とした。宮野木さんは大人しくてあまり目立たないタイプで、それほど俺も話した覚えはない。それでも、見知った顔が死ぬというのは耐え難い。俺はやはり、そう言うのが許せない性質なのだ。


(見知らぬ相手なら、どれだけでも殺せるって言うのにな)


 自分の都合のよさに呆れてしまいそうになる。相手のことを知らなければ、俺はどれだけでも残酷になれる。けれどもラウルさん……ラグラトスのように、深い交流をしてしまった相手を殺すとなると途端に躊躇してしまう。いまの状態で多良木やハルを殺せと言われたら、俺はきっと出来ないだろう。大事な友達だから。

 敵の転移者にも、神にもダークにも、異形にだって遠慮してやるつもりはない。だがもし、目の前に俺たちを裏切って出て行った織田くんがいたのならば……俺は本当に、あいつを殺すことが出来るだろうか? あのまま続けられたか?


 分からない。答えも出ない。

 そのまま俺たちは目的地へと辿り着いた。


「お待たせいたしました、兄上。ちょっと道が渋滞していたものでしてね……」


 ナーシェスさんは芝居がかった口調で軽口を叩いた。部屋の中にいたのはドラコさん、オルクスさん、それからハルに多良木。更にもう2人の見知った顔。


「無事帰ってきたようで、安心したよ。よく帰って来てくれた」

「お前はまだ会ったことがなかったな。紹介しよう、彼らも転移者たちだ。

 須藤(すとう)雪影(ゆきかげ)と須藤涼夏(りょうか)の兄妹だ」


 オルクスさんに紹介されると、2人の転移者は深々と礼をした。


「須藤兄妹か。生き残っていた転移者ってのは、キミたちのことか」

「久留間くん。キミが生きているって聞いて、会いたいと思っていたよ」


 名前の通り雪のように白い肌をした長身の男、須藤雪影はゆっくりと俺の方に歩み寄ると、手を差し伸べて来た。きっちりと五分に分けられた肩までかかる長髪、見ようによっては女性に見えないこともない。御多分に漏れず友達というわけではなかったが、こちらの世界では何となくシンパシーを感じてしまうから不思議だ。


「こちらこそ。生きていてくれたってだけで、俺には嬉しいぜ」


 須藤くんの手を取った。すると、握った掌から冷たい感触が昇って来た。このまま掴んでいると凍ってしまいそうだ。須藤くんは慌てて手を離した。


「っと……すまんすまん。加護のせいでな、握ってるものが冷たくなるんだ」


 須藤くんは恥ずかし気にはにかんだ。いままで制御できない加護を見たことはなかったが、須藤くんの力は自動的に発動しているか、あるいは抑えきれないものであるようだ。どんな力を持っているのか、冷気に関係しているのは明らかだが気になる。その後ろに隠れるように涼夏さんが近付いて来て、頭を下げて来た。


「お久しぶりです、久留間さん。また会えて嬉しいです」


 フルフレームの大きな眼鏡をかけた少女、須藤涼夏は感情を感じさせない冷たい口調で言った。正直これで嬉しいと思っているとはまったく思えなかった。まあ、須藤兄妹どっちも社交辞令なんだろうけど。どうだっていいが。


「いま、この場にいる人間がエラルド領に在籍するほぼすべての転移者だ。

 シャドウハンターくんは来ていないようだがな。それでも誤差のようなものさ。

 つまり対転移者、そして新に現れた異形天使に対する防衛の要はこれだけだ。

 それを踏まえて……」


 ドラコさんは一瞬目を伏せた。俺は周りを見渡す。ハルを、多良木を、須藤くんを、涼夏さんを。そしてこの国を守るために集まった人々のことを。


(絶対に守り抜く。どれだけ不利な状況だろうとも、それだけは……)


 それだけが俺がここで生きている理由なのだから。この命に掛けても王国を、そしてこの世界を守って見せる。ここにいないあの人たちのために俺は誓う。


「今後のことを話し合おうではないか。この世界を守り抜くために、な」


 ドラコさんが言った。俺たちは頷き、そして会議は始まった。


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