16-さよならを言おう、在りし日のあなたに
ラグラトスが黒い球体へと変わり、俺に突っ込んで来る。両腕をクロスさせそれを受け止める。ダンプカーの突進めいた凄まじい勢い、俺は轍を作りながら押された。しかも黒い靄は俺の装甲を徐々に削り取って来る、長期戦は不利だ。
「諦めなさい! キミはこの世界にどんな未練があると!?」
ラグラトスは元の姿へと戻り、拳を繰り出して来た。手甲でそれを受け止める、先ほどのような力はない。装甲を削られたところに攻撃を受けたので響きはするが、それだけだ。完全崩壊の恐怖を抱きながら戦うよりずっといい。
「必死じゃねえですか、ラウルさん。大方さっきのは長続きしないんでしょ?
だから俺を精神的に追い詰める方を選んだ……けどそうはいかねえんだよ!」
後方に下がり2撃目を流し、反動をつけて攻撃に転じる。ラグラトスは防御しようとするが間に合わず、顔面に一撃を喰らう。長い髪の毛に覆われ、感情を一切見せないその頭部は結構硬い。あるいは髪が緩衝材の役目を果たしているのか?
距離を取らせてあの攻撃を行わせるわけにはいかない。ラグラトスは戦闘経験がそれほど多くないはずだ、ならば押して行くのが正解!
「邪魔をするな、久留間くん! 私はこの世界を滅ぼさねばならん!」
「アンタの自殺に付き合っちゃいられないんだ、俺たちはなァーッ!」
激しいラッシュを繰り出す。ラグラトスは防御に専念し、なかなか攻撃に移れない。俺の考えは正解だったようだ。相手が疲労するまで押し切れば……
そう思い、軽い一撃を繰り出した。しかし、ラグラトスは俺の攻撃に反応し、手首を掴んだ。そして捻り上げる。関節を折られかけ、俺の体は半ば反射的に重心を傾けた。結果として、俺は転倒することになる。力任せの攻撃じゃない。
「私が素人だと思っているようだが……これでもかつては貴族だったのだ」
「武芸百般、拙いながらもお手の物ってか……!?」
生身のラグラトスであればここまで上手くは使えなかっただろう。だが増強された身体能力と反射神経とがこれだけのことを可能とした。
転倒した俺に追撃を食わらせることなく、ラグラトスは距離を取った。黒い靄が体から溢れ出し、漆黒の球体を形作る。アスパイトスのそれよりも弱々しい。どちらかと言えば八木沢が作ったものに似ているような気がする。
「天使の語るところによれば、私は失敗作に過ぎないそうだ」
ラグラトスが腕を振ると4つの球体が俺に向かって飛んでくる。俺はROMをシーフに変更し、迫り来る球体をファズマシューターで撃ち抜いた。球体は炸裂し、衝撃を撒き散らす。生身の人間ならばあれに煽られただけで重篤なダメージを受けるだろう。撃ち漏らすわけにはいかない、俺は尚もトリガーを引いた。
「この世界は強固な結界で守られている。陽光の神が作り出した結界によって。
それを突破するには宵闇の神のようにバックドアを突くのが一番簡単らしい。
だが天使の持つ力は強力過ぎるために陽光の神は簡単に検知することが出来る。
脆弱な人間をこちらの世界に送るのとは違う。だから次の手段を考えたんだ。
それが人への憑依だ」
ラグラトスは続けて球電を放つ。4つは周囲に向けて、もう4つは俺に向けて。俺を外した球は周りの人間を狙っている。俺が撃ち落とすのを前提としている、ってわけか。そして周りの人間を守っていては間に合わない。ナメてくれる。俺が撃ち落とさないとでも思っているのか? 俺は4つの球体を撃ち抜いた。
「極小さな種のようなものをこちらの世界の人間に植え付け、育てるんだよ。
これならば強引に結界を突破する必要がないから、格段に見つかり辛くなる。
こちらの世界で育った天使は人の体と意識を乗っ取り、自由に動かせる。
だが私はそうならなかった」
俺に迫る球電の内2つは撃ち抜けたが、最後の2つはダメだった。顔面と腹部にそれぞれ的中し、俺を吹き飛ばした。空中で強引に体を捻り着地、激痛に耐えながらもなんとか意識を保つ。ラグラトスは次なる攻撃を既に準備していた。
「滅びを望みながら滅ぶことが出来なかった。真情けない存在だよ、私は」
「さっきからベラベラ喋ってるのは何のためだ? 俺にそれを教える意味は?」
ラグラトスは虚を突かれたように、一瞬動きを止めた。
「……さあ、何でだろうね。知ってほしいからかな、私たちのもたらす滅びを」
「どうだろうな。けど、俺には罪悪感を抱いているようにも見えるぜ」
「面白い解釈だ、久留間くん。そうか……私は滅びを望み切れないんだな」
ラウルさんは苦笑し球電を投げた。さっきと同じ攻撃、だが2度同じ攻撃を喰らうほど間抜けではない。話している間に増設アダプタを取り出し、クレリックとマジシャンをセット。シーフROMと交換し、ボタンを押した。耳に痛いギターハウリングが流れ出し、ジョブ:リッチが顕現した。ボタンを押し込み、地を蹴る。
『フィールド・プロテクション!』の機械音声が流れ出す。俺は杖を地面に押し付け、防御フィールドを展開した。防御能力に特化したクレリックとファズマ操作能力に特化したマジシャン、2つが合わされば倍以上の強度のフィールドを生成することが出来る。球電はフィールドの表面で炸裂し、その姿を失った。
「終わりにしようぜ、ラグラトス。これがあんたの望んでいたものだ」
防御フィールド越しに俺はつぶやいた。ボタンを押し込む、『マジック・ストライク!』の機械音声。杖の先端にファズマが収束。俺は巨大な魔法陣を眼前に描いた。そしてフィールドが崩壊するのと同時にそれを撃ち出した。
ラグラトスはそれを避けることさえせず受け止めた。ファズマの矢はラグラトスの下半身を完全に飲み込み、消滅させた。上半身、それも肩から上だけになったラグラトスは支えを失い、地面に体を投げ出した。俺はそれにゆっくり近づく。
「見事だ、人間。お前の力が私を倒したのだ。誇るがいい、お前の力を……
そして震えるがいい、お前は素の強さゆえに滅びることさえも出来ないのだ。
後悔するがいい」
「悪いけど、俺は後悔なんてしない。アンタを乗り越えて、そして生き抜く」
俺は杖を振り上げ、残ったラグラトスの頭に向けて振り下ろした。最後に彼は、ふっと笑った気がした。重いロッドがラグラトスの頭部を粉砕し、全身を爆発四散せしめた。俺は変身を解除し、呆然と辺りを見回した。死、死、死。
「……集めよう、生きている人を。行こう、王都へ。それだけが……」
それだけが、俺たちが生き延びる唯一の道なのだから。