16-再戦、エロアイオス
先制の手裏剣を投げつつ後方跳躍、エロアイオスと距離を取る。あの不可解な減衰フィールドを持つ敵に対して接近戦を仕掛けるのは自殺行為だ。エロアイオスは右手を突き出し、迫り来る手裏剣に向ける。手裏剣はゼラチンの中を進む弾丸の如く徐々に減速し、エロアイオスに到達する寸前で地面に落ち、消えた。
続けて手裏剣を投げ続ける。今度は威力ではなく手数重視、空間を埋め尽くすほど大量の手裏剣を投げつつ付ける。エロアイオスはそれを無視して前進を続ける。先ほどよりも威力が低く、更に狙いは粗雑。意図的に外しているものすらあるのだから当然だが、エロアイオスは手裏剣による攻撃を脅威と見なしていない。
「抵抗は無意味です。あなたは死ぬ、何故ならば――」
勝ち誇るように言うエロアイオスの側頭部で爆発が起こった。何が起こったのか分かっていないのだろう、言葉を失い呆然とそれを彼は見ていた。
「どうして抵抗は無意味なんだ? 教えてくれなきゃ分からねえだろうが!」
敢えて外した手裏剣が鋭角カーブを描き、エロアイオスの死角から彼を襲ったのだ。先の一撃で分かったことがある。まず、エロアイオスの力は全方位に展開している。これはカーブ手裏剣のスピードが徐々に減衰していったことからも分かる。直撃を与えていれば倒せたかもしれない、だがエロアイオスにそれは不可能だ。
そして、手をかざした方向に対しては減衰の威力が大きくなるということ。今回よりも強い力で放った攻撃があっさりと止められたことからもそれは明らかだ。ただし、それを使うには足を止めていなければいけないのかもしれない。
「お前が何者だろうが、俺はお前を倒す。意味がねえとは言わせねえ!」
「いいえ、無意味です。あなたの行動も、あなたの意志も、何もかも無意味。
世界はすべて無へと還って行く。それが遅いか早いか、ただそれだけの差。
あなたの存在は無意味」
「グダグダ抜かしてるんじゃねえ! 関係ねえって言ってるだろうが!」
大量の手裏剣を放ち、エロアイオスの視界を塞ぐ。舌打ちが聞こえ、減衰フィールドが手裏剣を受け止める。俺は弾幕の影に隠れてサイドに跳び、全身のバネを使い跳ね、蹴りを放った。エロアイオスは腕でそれを受け止める、減衰の威力が俺の力とスピードを削って行く。それでもエロアイオスは自ら後方に跳んだ。
(衝撃を逃がしている。通用してねえワケじゃなさそうだな……)
常に動き続け、死角を取り続けなければ。目に見えない糸に絡め取られているような不快感を覚えながらも、俺は身を低くして這うように移動を続けた。エロアイオスの能力は強力だが、攻撃的なものではない。潰されはしない。
懐に潜り込み、跳ね上がるようにしてアッパー気味の一撃を放つ。エロアイオスは腕を打ち下ろして受け止める。だが接触の瞬間、俺は手の甲からファズマの刃を打ち出した。以前西村を殺した時、蹴り足から手裏剣を出し首を刎ねたことがある。あれの応用だ、手裏剣は四肢のどこからでも出すことが出来る。
刃は防御をすり抜け、エロアイオスの眼球部分に炸裂した。威力減衰のせいで頭を吹き飛ばすことは出来なかったが、痛みに呻きエロアイオスは数歩後退する。俺はその隙に背後に回り、膝裏を斜め上方から思い切り踏みつけた。強制的膝立ち姿勢になったエロアイオスを押さえ込み、首に腕を絡ませ思い切り締め上げる。
「グムーッ……!? き、さま! 何をする、この、このッ……!」
「動きを止めることが出来るんだろう!? だったら止めて見せろ!」
力を込めて締め上げる。ゼロ距離で、しかも俺の体の中で完結しているエネルギーを止めることは出来ないようだ。すべてを止められるなら俺の心臓を止めてそれで終わりのはず。それが出来ないのであれば、勝機はある。
だが後方から殺気。舌打ちし、拘束を解いて横に跳ぶ。背後からエンジェルハロを回転させながら天使が迫って来たのだ。あのまま捕まえていたら真っ二つに両断されていただろう。エロアイオスは刃の勢いを減衰させて難を逃れる。
「お前はいったい何者なんだ? 人間なのか、それとも……」
距離を取り、仕切り直したのを期に俺は疑問に思っていたことを聞いてみることにした。あの女性、ラウルさんの妻から変質したこれは何なのだろうか?
「人? 私が? 耐え難き侮辱だな。私は人ではない、人の上を行くもの。
偉大なる虚無の神の眷属。世界を0へと還すこと、それが命あるもの贖罪」
後半は何を言っているのか分からないが、ともかくこいつは人ではないということか。虚無の神、それがこいつらを操り、この世界を侵略しようとしている親玉、というわけだ。だが、いったい何のために? 何を考えている?
「虚無の神、ね。この世界をどうするつもりだ。お前たちのものにでも?」
「滅ぼす。すべての生命を、すべての無生物を滅ぼし虚無へと回帰させる」
つまり、戦い滅ぼすこと自体が目的であり、手段だというわけか。そんなことを本気で考えているのならば、対話の余地などないように思える。
「生命は存在自体が害悪。
それがあること自体、母なる世界の生命力を喪失させることに他ならないのだ。
我々はあらゆる生命を滅ぼし、最後に自らを消滅させるために戦っている。
抵抗は無意味、そして不遜。世界にとって正しいのは我々だ」
世界とは大上段に構えて来たものだ。
闘志が湧いて来る。
「全世界を滅ぼそうって言うんなら、それはもう俺だけの問題じゃねえ……
ラナ=グレンに住まう人々も、地球に生きる人々も、俺たちが絶対に守る!」
「愚かなり、生命。ならば一片の慈悲もなくお前たちを――」
瞬間、天使の卵型の体に亀裂が入った。そして、エロアイオスの頭部に銃弾が撃ち込まれた。まだ死んでいない、だが事態を理解出来ていない目だ。俺は駆け出し、走り来る黒い影と並び立った。そして、同時にエロアイオスの胸に蹴りを叩き込んだ。今までで一番大きな衝撃がエロアイオスを襲い、吹き飛ばした。
「ナイス、さすがは相棒だ。助かったぜ」
「誰が相棒だ、誰が。こいつを潰さなければ終わらん、それだけだ」
まったく素直じゃない相棒だ。
エロアイオスは空中で体勢を立て直す。
「天使を制圧して来ましたか。あなたたちのことを侮っていたようですね」
エロアイオスは両手を広げた。光の粒子が彼の手から放出され、その両隣に4体の天使が現れた。あいつがいる限りいくらでも出て来るというわけか。俺たちは再び構えを取った、その時。
眩い光が天に瞬いた。
目を向けると、仰ぐほど巨大な光り輝く十字架がそこに現れていた。
「あれは……!? いや、それに、あの場所はまさか……!」
避難民たちが移動している街道に、それは現れた。
何なんだ、あれは。
「ボサっとしているな、久留間! ここは任せろ、向こうに行けェッ!」
一瞬の逡巡。エロアイオスは健在、天使の残りは3体とこちらに現れた4体。俺1人が欠ければ重大な戦力ダウンになるのは間違いない。それでも。
「……分かった! ここのことは頼んだぜ、シャドウハンター! みんな!」
守らなければいけないのは、戦う力を持たない人々だ。あの様子ではタートルたちもただでは済んでいないだろう、誰かが助けに行かなければならない。
足が弾け飛ぶほど速く走った。
どこもかしこも、死で溢れているようだった。