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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第九章:天より来たる滅びの使徒
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16-人は生きて死ぬまでに何を残すことが出来るのか

 エラルド領脱出のための準備が始まった。例え王都への移動が成されなかったとしても、バルオラに住民を残しておくわけにはいかない。天使の軍勢が現れてからでは遅い、彼らを背負って戦うことなど到底出来はしないのだから。

 ナーシェスさんは方々との調整を行い、見事王都疎開への道筋を立てた。アルフさんは教会の人間と協力し、住民たちの避難計画を立てている。俺とレオールさん、そしてディメンジア残存組は使える連中を探し出し調練を施した。


「いいか、敵は強大だ! ビビれば死ぬ、だがビビらなきゃ生き延びられる!」

「今回の敵に着いては事前に通達していた通りだ。総員、心して掛かるように」


 レオールさんが兵士たちに檄を飛ばし、タートルが具体的な戦術プランを指示する。タートルは食客の身であるが、レオールさんが説得して兵士たちを納得させた。ここに集まっているのはエラルド領、そして教会から選別された選りすぐりの兵士たち。この段に至っては、もはや教皇の命令など関係なかった。


「高レベルの前線が敵の攻撃を受け止め、その間に低レベルが弓で狙撃する。

 基本的な戦術はそういうもんだが、補足することはあるか? タートル殿?」

「敵の戦闘能力は極めて高い。一対一で戦闘を行えば確実に敗北するだろう。

 高レベル者であっても同じことだ。慢心せず、多対一でかかること。以上」


 タートルの簡潔なセリフは兵士たちに危機感を植え付けるには十分だった。そのほか事細かな補足事項を伝達し、具体的な訓練が始まった。前衛組が仮想敵である俺たちに挑みかかり、隙を作り、それを見逃さず弓兵が攻撃を行う。正直、こんな訓練にどれだけの意味があるのかは分からない。だが、やるしかないだろう。

 調練は熾烈を極めた。と、言うよりも俺が少し本気になり過ぎたというのがあるが。天使の戦闘能力をできる限り再現しようとして、ファンタズムの能力を十全に使ってしまったのだ。当然、並の兵士たちでは触れることすら出来なくなる。


「……なあ、久留間。何というか、もうちょっと手心をかけても……」

「痛くなければ覚えない。それに、天使の力はこんなものじゃありませんよ。

 手加減した俺にも勝てないようじゃ、天使に勝つのは夢のまた夢ってことっす」


 レオールさんは呆れたように、あるいは感心したようにため息を吐いた。そうだ、ガチでやり合わなければ彼らのためにも、俺のためにもならない。


 もちろん、そんなことを続けていれば兵士も俺も息が詰まるのだが。


「……午前中の修練はこれで終わりだ! 各自、休憩を取れ! 分かったな!」


 レオールさんが叫ぶのを聞いて、俺はようやくそれだけの時間が経ったのだと理解した。気付けば俺は汗だくになり、兵士たちはもっと疲弊している。


「……久留間武彦。お前、戦いの前に兵士たちをダメにする気か?」

「……昔っからこういうの苦手なんだよ。悪いけど、午後俺はパスだ」

「そうするといいわ。仲間に仲間潰されちゃあ、たまんないわよ」


 散々な言われようだが、言われても仕方がない。俺は手ぬぐいで汗を拭きとり、とぼとぼとその場から逃げるように出て行った。さて、そうなるとやることがない。斥候はシャドウハンターがやってくれているし……


「……荷物の集計でも手伝うか。うん、そうしようか」


 こういう時役立たずだって分かっていたはずなのに、動かないではいられなかった。結果として俺は方々で『もうここはいいから別のところに行ってくれ。っていうか帰れ』というありがたいお言葉を頂くことになった。どこもかしこも追い出されてしまっては、片隅で膝を抱えて震えているくらいしかないではないか。


「……はぁー……こう言っちゃなんだけど、現実感がまるでねえよな……」


 空を見つめ、流れていく雲を見てもどこにも昨日までとの違いを見つけることは出来ない。世界は相変わらず平和だ、ただし俺たちの周辺はどんどん物騒になっていく。まるで俺が災いを引き寄せているような気分になってしまう。


「……どうしたんですか、久留間さん? そんなところで?」


 久しく聞いていなかった声なので、それが誰なのかを思い出すのに少しだけ時間がかかった。思い出してから、俺は声の主であるラウルさんに振り向いた。


「いえ、この世の儚さについてちょっと考えていたんですよ」

「はぁ……? それにしても、逃げた先でこんなことになってしまうなんて」


 そう言ってラウルさんは俺の隣に腰かけた。

 何だかんだで暇なのかな?


 ……聞くべきか、聞かないべきか、少し迷った。

 しかし、聞くことにした。


「ラウルさん、聞きたいことがあるんです。

 ノースティングの塔に幽閉されていた、あの女の人はいったい何者なのか。

 もしかして、あの人はラウルさんの……」

「ええ、私の妻です。イシュカといいます」


 あっさりとラウルさんは認めた。ほんの少しも表情を変化させず。そのフラットな態度に、声を掛けた俺自身でさえも驚き、そして戦慄してしまうほどだった。


「何で、あなたの妻が……塔に幽閉されるようなことに? いや、あれじゃあ」

「まるで封印のようだったでしょう? それだけ、父が恐れたということです」


 どうして、どうして彼はこんな話を表情一つ変えないで出来るのだ?


「彼女はいい人でしたが、気が触れてしまいましてね。

 露見を恐れた父が彼女を塔の中に押し込め、封印を施してしまった。

 僅かばかりの食料を与えておいて、ね……」


 寂しそうだった。

 いや、本当にそうなのか?

 分からない、まったく。


「生きていることは救いになると思いますか? あの人はずっと生きていた。

 生きていることさえも認められない状態で、彼女はずっと生きていたんだ。

 生きていれば幸せだと言う人はいるけれど、僕はあれが幸せだとは思えない。

 どうでしょう、久留間さん?」

「……分かりません。もしかしたら、死こそが救いだったのかもしれない……」


 エロアイオスとなる前の彼女の姿を思い出す。

 ああはなりたくない。


「……下らないことを言ってしまいましたね。すみません、忘れてください」


 ラウルさんは寂しげに立ち上がり、去って行こうとした。


 何かを言わなければ、でも何を?

 あの人の心を慰めるだけの力を、俺は持っているのだろうか?


「……例え死が救いだったとしても、あの人は生きている証を残した!」

「……!」

「それだけが、きっと、それだけが救いなんじゃあないでしょうか!?」


 ラウルさんは一瞬振り返り、いつもと同じ優しげな微笑みを浮かべて去って行った。どれだけの意味があったのかは分からない、それでも……


「……いろんな人が遺してくれたものが、ここにある。負けられねえ……!」


 それは、俺自身へと投げかけた言葉だったのかもしれない。

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