02-裏切りの村
村はバルオラに比べれば牧歌的な、悪く言えば栄えていない村だった。恐らくは住民の手製と思しき不揃いな木で組み立てられた家、吹けば吹っ飛ぶような納屋。道も舗装されておらず、轍でデコボコしている。落ちかけた日が村を炎めいて照らした。
「ありがとな、兄さん。あいつらには困っていたんだ、いきなり襲われて」
「いえいえ、俺にとっても無関係な話じゃないですし。いいんですよ」
ディメンジアが敗北後こちらに拠点を移した、それはいい。ならばなぜ、村を襲うような真似をしているのか? 俺があいつらをコテンパンに打ちのめしてしまったせいで、こちらの世界で大っぴらに活動出来るだけの力を失ってしまっただけかもしれないが。
「そうだ、兄さん。後で祝杯を上げるんだ、あいつらがいなくなったからな。
よければアンタも来ないか? どうせいまからじゃ帰れやしないだろう?」
太った見張りの男が言った。どこかこちらを探るような色があったが、言っていることはもっともだ。了承の意を伝えると、男はほっとしたように息を吐いた。
「それじゃあ、俺は準備があるから。中西さん、後は頼んだよ」
そう言って見張りの2人は走り出した。んなに急がなくてもいいのになあ。俺と中西さんは、今日のために用意してくれた場所へと向かって行った。
彼女が案内してくれたのはごく小さな平屋だ。板葺きの屋根にはところどころ腐ったような跡が見受けられる。雨が降った時は大変そうだな、と思いつつ俺は扉を潜った。中には老夫妻が舞っており、にこやかに俺のことを出迎えてくれた。
「どうも、中西さんに、あなたがこの村を救ってくれたという?」
「ええ、まあ。
取り敢えずて傷は負わせたんで大っぴらに活動することはないでしょうね。
また明日森に入って、あいつらを追い掛けなきゃならんでしょうが」
それを聞いて老夫妻は安心したような、していないような、複雑な顔をした。何だろう、さっきからあまり歓迎されていないような気がする。が、最低限俺の荷物を置かせてはくれるようだ。ようやく文字通り肩の荷が下りた気分になる。
「村の者が歓迎の宴を開くそうです。行ってやってください、久留間さん」
「ええ、そうします。中西さん、それじゃあ行こうか」
「ちょっと私は準備するものがあるので遅れます。お先に行っていてください」
と、言われては仕方がない。俺はひとり村を歩き、宴が開かれるという集会場に向かった。周囲の様子を観察してみる、鄙びた村であり、明かりすらも灯っていない。王都に行った時はランプが設置されており、薄暗い程度だったか、ここは完全な闇だ。
集会場には10人ばかりの人がすでに入っており、机のセッティングや食べ物、飲み物を用意している。決して楽に用意することは出来ないであろう量のものが。
「オッ! 主役がお出ましになられたぞ、みんな! 歓迎しろッ」
俺の接近に気付いた村人の一人が声をかけて来た。万雷の拍手と歓声とが俺を出迎えた。何度かやられていることだが、こそばゆくて仕方がないから止めて欲しい。彼らはこの会の主賓たる俺を、真ん中あたりにある大きなテーブルに案内した。
「おかげさんで助かった!」「ありがとう!」「あんたはこの村の英雄だ!」
席に着いた俺の前に、木製のカップが差し出された。並々と赤黒いワインが注がれている。俺未成年なんですけど……しかし、子供にワインてことはこの辺りは水の質が悪いのだろうか? 飲用に適していないとか、そういうことなのだろうか?
「村の救いを祝って……乾杯!」
村人が高々とカップを上げるので、俺もそれに倣う。仕方がない、付き合いだ。一口だけ飲もう、と口元に運んだ時に違和感を覚えた。続けて集会場を見回す、人々の様子を観察する。楽しんでいるようでありながら、その実俺を観察している。恐怖、不安、憔悴。様々なものがないまぜになった瞳が俺に注がれる。俺はカップを置いた。
「おっ、おい。どうしたんだい?
気に入らねえってんなら、もっといいものがあるが」
「いや、そういうことじゃねえんだけどさ。確認しておきたいんだよ、一応。
始める前に言っておくが、降りる気はないんだな?」
静寂。
あれほど騒がしかった室内が一瞬にして静まり返った。
そして怒号。
やっぱこのために真ん中に移されたんだよな。テーブルの縁を掴んでひっくり返し、前方にいた連中を牽制。すぐ横にいた男がカップを振り払う、それを屈んでかわし、胸ぐらとズボンのベルトを掴んで投げた。男は空を舞い、対岸にいた男たちにぶつかる。悲鳴が上がり、転倒する者が続出。さてさて、どうしたもんかなこれは。
ワインには何らかの薬、睡眠薬か何かが入っていたのだろう。臭いに違和感があった、大量のアルコールでそれを誤魔化したのだろう。酔わせて何をするつもりだったのかは知らないが、ロクなことではないだろう。倒したテーブルの縁を蹴って跳躍、掴もうと伸びて来た腕をかわし、入り口を塞いでいた男を蹴る。一目散に脱出だ。
「ハァーッ、どういうことになるんだ?
どういうことに……ウォッ!」
集会場から脱出した俺の脳天目掛けて鍬が飛んで来た。後ろに倒れ込みそれを避け、ゴロゴロと転がり上空から落ちて来たフォークを回避。ふざけんな、土じゃねえんだぞ!
「ッハッハッハ!
勘のいい奴め、俺のサイコキネシスを避けるとはな……!」
農耕器具のラッシュが途切れた隙を見計らい、俺は膝立ちになった。背後から俺に影が覆い被さる、危機を感じ横っ飛び。地面を揺るがす衝撃を感じそちらを見ると、青銅色の巨人がそこにいた。デッサン人形めいたメリハリのない体つき、恐らくは全身を金属質の鎧で覆っているのだろう。重量が地面にめり込むほどの破壊力を与える。
「っていうか、お前田村か! 田村敦夫か!」
いくつもの農機具が痩身の男、田村の周りを旋回する。青銅の巨人は俺のことを空洞の目で睨み、何か動きを取ろうとすればすぐに反応しようという構えを取る。
「そういうお前は久留間くんじゃないか。お前もこっちに来てたんだな」
あいつが田村だということは、あっちは西村京二か? 彼らは野球部でバッテリーを組んでおり、中学生大会では全国レベルの成績を持っていたという。さすがに高1で大会に出場するほどの傑物ではないが、来年の出場は確実だと言われていた。礼儀正しいスポーツマンがこんなことをするとは。
「いきなり襲い掛かって来るなんて、何を考えてるんだ?
なあ、それ置けよ」
「悪ィけど、結構勘がいいみたいだからな。
速攻でまず……黙らせてやる!」
西村が緩慢に動き出す。田村が鋭いフォークを飛ばしてくる。転がりながらファンタズムROMを取り出し、変身しようとした。その時、巨大な炸裂音。西村の頭部が何かにぶつかり揺らぐ。田村は飛来物をシャベルで受け止めた。
ボムッ、と軽い音がして周囲に煙が立ち込めた。あれはシャドウハンター7つ道具の一つ、スモークボム。片膝立ちになりながら周囲の気配を伺うと、立木の影から黒い影が飛び出して来た。シャドウハンターは両手を上げ、害意がないと伝える。
「着いて来い、久留間武彦。こんなところで死にたくはないだろう?」
「そりゃそうだ。アンタについてきゃ、取り敢えず殺されることはないんだろう?」
「次元帝国の名に誓って、そのような不当な扱いはしないと誓おう。着いて来い!」
シャドウハンターは立ち上がり、跳んだ。いくつもの農機具が振り下ろされる中を、俺たちは必死になって進んだ。シャドウハンターは獣めいた反射神経と迷いのない足取りでそれを全弾回避。俺もそれに遅れないように進んで行く。
30分以上走り続けただろうか。近くにある山の麓、更にその岩陰に隠れた洞窟の中にシャドウハンターは俺を案内した。風が通っている、どこかに抜け道があるのだろう。追っ手を振り切り、安全を確保した時、シャドウハンターは片膝を突いた。息も荒い。
「おい、どうしたんだよ? どこか調子が悪いのか?」
「……あんなことをしておいて、よくそんなことが言えたものだな」
おっと済まねえ、俺のせいか。
辺りを見回してみると意外にも人がいた。
「ここにいるのは転移者の暴威から逃れ、身を隠している者たちだ」
シャドウハンターは大きめの岩に背中を預けて言った。
「先ほどはいきなり襲い掛かってすまなかったな。あいつらの仲間と思った」
「転移者の暴威って言ってたな。どういうことなんだよ、それは?」
「それについては私が説明いたしましょう。旅のお方」
暗闇の中から老人が現れる。薄汚れた衣服、伸び切って痛みの目立つ髪と髭。とてつもなく臭う、長い間彼が逃れ続けて来たのだと何よりも雄弁に表現していた。
「……1年前。あの日から、すべてが変わってしまったのです」
それは、俺のクラスメイトがこの世界に来たのとほぼ同時期だった。