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女神様には何も貰えなかったけど、自前のチートで頑張ります  作者: 小夏雅彦
第九章:天より来たる滅びの使徒
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15-天より来たる破滅の使者

 闇の中を進んで行くと唐突に視界が開け、崩落した城壁が見えた。


「ひでえ状態だな。これじゃあ生存者なんていなかっただろ」

「ああ、いなかったな。少なくとも俺の視界に入る限りは、な」


 ため息を吐き俺は崩落した瓦礫を踏み越え、敷地内に入った。ファンタズムは既に解除している、周辺にダークの気配を感じないからだ。人っ子一人、怪物どころか動物や虫でさえも存在しないように思えた。生命の気配がない。


「お前さんらのところは結構マシだったみたいだな。他のところはコレか」

「ロクに防衛戦力もないようなところじゃ、逃げ出すので精一杯……」


 完全に崩れた城を見渡しているうちに、俺は少し奇妙な点に気付いた。城塞は砕かれ、尖塔はほとんど折られているというのに、一本だけ完全な姿を保っているものがあったのだ。この景色の中にあっては、それは逆に浮いていた。


(あれ、あの塔……いつか見たことがあるような。いったい何だっけ……)


 そう、俺はノースティングを訪れた際にあれを見ている。いつのことだったか、そう。ラウルさんと話して何気なしに顔を上げた時だ。あの時俺はこの尖塔と、そしてそこにいた奇妙な人物のことを確かに見ていたのだ。


「……どうしたんだ、久留間。顔色が悪いぜ、大丈夫か?」

「……ッ! だ、大丈夫。問題ねえって、ちょっとあそこ調べてみようぜ」


 頬に冷たいものが伝っていくのを感じた。あの時の名状し難い感覚を、どう言葉にして表せばいいのか分からない。あの時窓から見えた影、その狂気……

 塔を登ろうとして、俺たちは途方に暮れた。なぜなら円筒の下部には入り口が付いていないのだ。これでどうやって見張り台を使おうというのか。


「中は空洞だ。面倒臭ェ、一発ぶち抜いておしまいだぜ! オラァッ!」


 バイソンは特に何も考えず壁をぶん殴った。煉瓦が砕け、人ひとりがやっと通れるほどの狭い穴が開いた。同時に、凄まじい臭気が俺たちに襲い掛かって来た。バイソンでさえ思わず顔をしかめてしまうほど強烈な臭気だった。


「これは……元から臭いものが何か、腐ったような臭いがするな……」

「まさか、ホントに人が住んでるのか? じゃなけりゃ、こんな……」


 内部は非常に湿っぽく、壁の隅から強い臭いを発する液体が伝ってきている。あからさまに上から落ちて来ているのだ。螺旋階段が上層に向かって続いて行く、俺とバイソンは頷き合い、覚悟を決めて尖塔を昇って行った。

 下からではあまり良く分からなかったが、この棟は上層に行くにつれて末広がりになっているようだ。階段の間隔は徐々に長くなり、息苦しさも段々と無くなって行く。だがこの、鼻を抉るような臭いだけはどうしてもなくならなかった。


「……! マジ、か。本当に、こんなところで……!」


 上層に足を踏み入れた瞬間、俺は言葉を失った。

 そこには人がいた。


 性別はよく分からない。垢と汚物で汚れきった肌、虫の這い回る衣服とすら呼べないような襤褸布、真っ白になった汚らしい髪。そんなものが体育座りをして縮こまっているのだから、判断しろという方が無理だ。俺は全身を襲う怖気に何とか耐えながら一歩を踏み出した。柔らかくも不快な感触が一歩ごとに伝わって来る。


「……あなたは、だぁれなのかしら?」


 ひどくかすれた声だった。ビクリと身を震わせ、俺は思わず一歩下がる。襤褸布を纏った影はよろよろと立ち上がった。かろうじで女と判別出来る。


「あなたは、何者なんですか? どうして、あなたはこんなところに……」


 そう問いかけた瞬間、女はビクリと痙攣するように震えた。これ以上何が起こると言うんだ。女はふらふらと揺れたかと思うと、俺の方に顔を向けた。ワカメのように縮れた髪の向こう側から、血走った目が俺を睨む。思わず身構えてしまい、そして結果的にはそれが俺を救った。


 次の瞬間には女が目の(・・・・・・・・・・)前にいた(・・・・)


 呻き声を上げる暇すらもなく、女は腕を乱暴に振り払った。両腕で受け止めるが、圧力に負けてふっ飛ばされる。オイオイ、この女のどこに年頃の男を吹っ飛ばすほどの力があるってんだ? そんなことを考えながら背後の壁に激突。脆くなった壁は俺の体重と勢いを受け止め切れず、砕ける。俺は地面に落下した。

 空中でくるりと回転し、ギリギリのところで体勢を立て直す。2本の足で着地し衝撃を殺すために何度か後方に転がった。見上げると、俺が開けた穴からバイソンも放り出されていた。彼女も見事な動作で着地する。


「痩せた引きこもりの腕力じゃねえ……! あいつ、いったい何者だ!」


 俺が返答を帰す前に、女もまた穴から落ちて来た。体重を感じさせぬ軽やかな着地。そもそも生身の人間であるはずならあの高さから落ちて無事でいられるはずがない。あの女、確実に何か良くないものを持っている。


「ああ、よかった。波長が合った(・・・・・・)


 聞こえて来たのは女の声ではない。ハスキーでやや官能的な男の声だ。見た目と中身が一致していないような違和感がある。何なんだ、こいつはいったい。


「お前、何者だ? どうしてあの塔の上にいた……!?」

「ん? ああ、我にそれを聞いているのか? それなら、何とも……」


 女の全身から力が抜ける。そして次の瞬間、全力で駆け出した。


「不遜だな、人の子よ。我を何と心得る――!」


 腕を振り払う。あのバカ力が来る、だが真正面からそんなことをしたのが命取りだ。俺は屈み込み攻撃を避け、女の懐に潜り込んだ。そして股下に腕を差し込み、掬い上げるようにして後方に投げた。反撃を受けるとは夢にも思っていなかったのか、女はあっさりと吹っ飛んだ。そして受け身すら取れずに地面を滑る。


「手前が誰か聞いてんだよ。耳詰まってんのか、手前は」


 女はぎこちない動作で立ち上がり、首を180度後方に向(・・・・・・・・・・)けて俺を見た(・・・・・・)。あまりにおぞましい姿、バイソンですらも言葉を失った。


「不遜だ。我は怒った。故に名乗ろうではない(・・・・・・・・・・)()


 女の肉体が異形に変わる。ダークでも、マーブルでも、戦闘態(ウォーフォーム)でもない。

 まったく新しい異形へと女は変わった。


「我が名はエロアイオス。すべてを否定する者也」


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